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最新インタビュー 綾部祐二

NYは味わったことのない感覚をくれる街

「ガチ!」BOUT. 256

 

綾部祐二
日本では“知らない人がいない”人気お笑いコンビ「ピース」の綾部祐二さん。昨年10月、突如渡米を発表。憧れの地ニューヨークに渡るというニュースが日本で話題となった。今秋10月、すでに移り住み、ニューヨーカーの仲間入りをした綾部さんに、渡米の理由、夢への展望、相方の又吉さんへの思いなどを語ってもらった。テレビも含め、渡米後初のロングインタビュー。 (聞き手・高橋克明)

NYに居を構え米国で本格始動

 

綾部さん! お待ちしておりました。

綾部 いやぁ、ホントですね(笑)。お待たせしました。

渡米を発表されてから、結果1年くらいかかりましたか。

綾部 発表が(昨年の)10月8日で、ビザを取得できたのが(今年の)10月8日。ピッタリまるまる1年ですね。でも、発表したのが(昨年の)10月ってだけで、渡米予定は当初から(今年の)6月だったんですよ。

実際には4カ月くらい延びただけで、周囲が騒ぐほど焦ってはなかったわけですね。

綾部 まぁ、まぁ、僕の中では想定通りというか。僕からしたら、世間がなんと言おうと…。一番最悪なのはビザが取れないことなので。これだけ言って「取れませんでした!」はシャレになんないので。(笑)

でも、それはそれで…。

綾部 うん、面白い(笑)。諸先輩方からは「このまま取れない方がオモロいやろ」って。「“スミマセン、また(吉本で)働かせてください”って会見やれや」って(笑)。そうなったら、歴史に残る会見になるだろうなぁとは思ってました。行くって発表した時点で、どう転んでも面白いだろうなぁって皆さまが言ってくれるので。役者さんやアーティストだとそうはいかないでしょうけど。

そう考えると(ビザを)取れたら、取れたで、残念だったというか。(笑)

綾部 もちろん取れるに越したことはないんですけど。いち芸人としては、複雑な葛藤があったのは事実ですね(笑)。もの凄(すご)くオイシイ会見を一つできなかったっていう。(番組の)ひな壇でもMCの方と「なんでオマエいるの?」って、100%フリがくるパターンだったなとは思います。

今田さんや、宮迫さんにイヂラレる姿が想像できます。(笑)

綾部 ……、やっぱ、取れなかった方が良かったのかな、オレ。

 

 

取れて良かったです!(笑)何度も聞かれた質問だと思いますが、渡米を決めた理由を教えてください。

綾部 もともと中学の社会科の授業中に先生が、教科書に載ってるタイムズスクエアの写真を「ここがニューヨークっていって、地球上で一番凄い場所」って言ったんです。「世界で一番」じゃなくて、「地球上で一番」って言ったんですよ。経済も文化も全てが地球上で一番ってどんだけ凄いんだと。多分時間にしてほんの30秒くらいだったと思うんですけど、茨城の田舎の中学生には妙に頭にこびりついて、帰宅して、真っ先に親に話したのを覚えてますね。「ニューヨークって凄いんだよ!」って。それ以来、自分(のお金)で行く最初の海外旅行はニューヨークにしようって決めてたんですよね。

そこから初めて来たのが2015年。

綾部 そうです。一昨年ですね。芸人になって、テレビにも出させてもらえるようにもなって、自分で行けるくらいのお金はもらえるようになって、休みも何とか頂けるようになって。それが2015年のお正月。…あのー、こちら(ニューヨーク)まで(情報が)届いているかどうか分からないのですが、実は僕は熟女好きで…。

はい、存じ上げております。(笑)

綾部 ある熟女の社長さんとお食事している時に「あなた、ニューヨーク行ったほうがいいわよ」っていきなり言われたんです。なんでですかって聞いたら、「ニューヨークは常に(自分を)トップギアに入れてないといけない街だから」って。その方は年に1回はニューヨークに行くそうなんですけど「(自分が)トップギアに入ってたら、すごく魅力的に見える街なの」って。だから試してるそうなんです。「(今回も)スゴく魅力的に見える。あ、まだ(自分は)トップギアに入ってるんだな」って確認できる。「友達が今回はグアムに行こうと思ってるって聞いたら、アタシからすれば、ギアを落としたんだなぁって思う」って。

なるほど。

綾部 「あなたは常にギアをトップに入れている感じがするから、行くべきよ」って言われて、やっぱそうなんだなぁって。

実際に来られた際はいかがでしたか。

綾部 もうね…なんていうんだろう…。味わったことがない感覚。うれしいし、楽しいし、悲しいし、ムカつくし。…もうね(この感情って)どのジャンルなの?って。(当時)37年間生きてきて味わったことのない感情でした。なーんなんだろなって。極端に言えば、ここにいる朝起きてから夜寝るまでの一日が、日本の20日間くらいに匹敵するんじゃないかってくらいの濃度というか。「精神と時の部屋」っていうか。

ドラゴンボールの、一度入ると短期間でパワーアップするという。

綾部 そう! まさにそれでした。聞こえるもの、嗅ぐもの、全てが日本の5割増しくらいの感動になってるんですよね。「あ、ヤベえな、この街」「ここで勝負してえな」って。本当にその感覚だけで来たって感じです。

想像以上だった、と。

綾部 はるかに想像を超えてくれましたね。それまでにお仕事で、タイ、韓国、バリ、香港、パリ、グルジア(現・ジョージア)、イスタンブール、コートジボワール、と結構行かせていただいたんですけど、こんな風に感じた場所はなかったですね。それぞれの土地でそれぞれの感動はありましたけど、ここまでの感覚に陥る街はなかった。

 

綾部祐二

 

今回は旅行と違って、ビザを取得して本格的に移り住むことになります。気持ち的にも変化はありますか。

綾部 僕はもうとにかく英語ができないんで、こっちで仕事するには英語ができないと話になんないなぁってことですね。この1年間、時間はあったんですけど、オレ、何にもやんなかったんで。アホな話なんですけど、やっときゃ良かったなとは思うんですけど、テンション的に勉強する気にはなれなかったですねぇ。だって(勉強どおりの)「How are you ?」って言っても「I’m fine, thank you」って答えてるヤツなんていないじゃないですか。

「Good」のひと言ですよね。

綾部 ずっとこっちにいるわけですから、実践で覚えていこうって思ってます。カリカリ机に座っての受験勉強感覚だと、オレ、無理ですもん。もともと勉強なんて大っ嫌いですからね。5キロ(体重)落とすのも、100キロ走るのも全然苦じゃないんですけど、勉強だけが、もう苦手で。なので、楽しんでスポーツ感覚で頭に入れていきたいって思ってます。

実際、その方が早道かもしれませんね。

綾部 今回も一昨日までいたラスベガスで、周囲のスタッフはみんなアメリカ人なわけですよ。最初はいちいち通訳して、撮影監督と話さなきゃいけなくて、それが歯がゆくて。でも2日目から、わけ分かんないなりに自分から「Hi !」って直接話し掛けにいくと、それなりに通じちゃうんですよ。いや、通じてないかもしんない。でも「Are you tired ?」って聞かれて「No tired, I am having fun !」とか返したら、それくらいのレベルの英語でも、結局はコミュニケーションとれちゃうというか。最終日には照明さんだろうが、誰だろうが「Hey ! Yuji !」って話し掛けてくれるようになって。

日本人以外の外国人はそんな感じで語学を覚えていく人の方が多いかもしれませんね。

綾部 ヤンキースタジアムに田中将大投手の試合観に行った時は、周りの客が「おまえ日本人だろ、勝ってよかったな!」って話し掛けてきてくれて、(里田)まいちゃん(田中選手の奥さん)は知り合いなので、面識はなかったのですが、思わず「YES ! He is my friend !」って言ってしまいました。

それは…多分、ただのファンって思われてるかも。(笑)

綾部 昨日だってキャナル(・ストリート)の「ジョーズ・シャンハイ」に小籠包食べに行ったんですけど、イタリア人のカップルと中国人の老夫婦と相席になって、箸の使い方教えているうちに、最終的にはみんなで写真撮ってましたもん。(笑)

ニューヨークならでは、ですね。語学習得も楽しんでやれそうですね。

綾部 この(街の)ノリはオレは好きですね。もちろん、仕事レベルには全然達してないですよ。それは分かってるんです。もし、今の状態で英語さえできれば1億倍楽しいだろうなぁとも思うし。

お話ししているうちに綾部さんがニューヨークに来たかったというのはスゴく分かる気がします。

綾部 結局…茨城の田舎出身だったんで、シティへの憧れがハンパないんすよ。多分…シティでどれだけ粋がるかっていうのが自分の人生のテーマなんですよねー。で、そこで、アキレス腱(けん)ちぎれるくらいに背伸びする。それが僕のポリシーなんです。で、次は「世界の中心、ニューヨーク、特にマンハッタンに住んでます」って粋がりたいんですよね。

いいですね。住まわれてまだ間もないのに、街自体の感覚をどうやってつかまれたのでしょう。

綾部 とにかく街の動きや、人の動きを見るのが好きですね。エリアごとに住んでいる人たちの雰囲気が違うのもまた面白かったり。2015年の初めて来た3日目に、俺はもうシティバイクを年間契約で借りて(笑)。みんなにアホだって言われたんですけど、1アベニューか12アベニューまで全部、走ったんですよ。横(ストリート)は59丁目から、バッテリーパークまで。いち(1 Ave)、に(2 Ave)、さん(3 Ave)でアベニューを戻って。12(Ave)まで。一日じゃないですよ、滞在期間の間の何日かで。そうやって土地勘は身体で覚えましたね。そうすると2回目にはもう地形が頭に入ってるんです。地下鉄はもう完璧ですね。

ちなみにお気に入りのスポットはありますか。

綾部 僕は、もう、ティファニーの本店ですよね。自分の一番のパワースポットです。もう、しょっちゅう行ってます。旅行で来た時は、一日に2回行ったこともあります。で店内に入って、深呼吸する。あとは、セントラルパークもパワースポットですね。あ! あとは、ロックフェラー(・センター)のルーフトップ(バー)。あそこは僕の最高の至福のひとときです。酒、飲めないからいつもコーラ飲むんですけど。いつもですけど(ウエイターに)「Coke ?」って二度見される。(笑)

 

この街で茨城の田舎者がアキレス腱ちぎれるくらい背伸びしたい

 

綾部祐二

 

すでにこれ以上ないほどニューヨークを満喫されてますね。この質問も何度もされてきたと思うのですが、改めて綾部さんのこの国でのゴールを教えていただけますか。

綾部 最終的な大きなゴールは、やはり1回でいいから、レッドカーペットを歩く。それです。

ジャンルは問わず?

綾部 そうです。アカデミー賞とか、トニー賞とか、そんなんじゃなくてもいいいです。なんらかの形で。

ただ、こちらはレッドカーペットの文化、というか、割と新店舗のオープニングなんかでも、著名人を呼んで、短めのカーペットを敷きますよね。で、各国のメディアが自国に戻ってPRする。

綾部 もちろん、そういうのではなくて。それではないですね。あくまでLA(ロサンゼルス)のチャイニーズ・シアターなり、あそこのレッドカーペットが目標なので。あと、家族とか友人とか(末端の)関係者とかそういうのでもないです。ちゃんとした役をもらって歩きたいです。うーん…なんて説明したらいいんだろう。自分の中では明確な“それ”はあるんですよ。これが最終的な目標の出方だっていうのが。そのために、今、(LAではなく)ニューヨークでやること、またどういう風にLAで映画に出演していくかっていうプランもあります。

具体的な現実性を持ったプランを持っている、と。

綾部 10年先までイメージは持ってます。それって、でも、一緒なんですよね。茨城から出てきて芸人になる時と。日本の芸能界とハリウッドとはレベルが違うって言う人もいましたけど、でも、確率で言うと、どっちがってことですよね。

茨城の工場員から、日本のゴールデンタイムに出演する芸人になるほうが確率は低いかもしれないですね。

綾部 あくまで、確率で言うと、ですけど。1回でもいいから、ハリウッド映画に出て、1回でもいいからレッドカーペットを歩くっていう方が可能性は高いんじゃないかなって思ってます。少なくとも今の僕は芸人として18年やってきた蓄積はあるわけだし。で、アメリカに来て10日目でリンゴ・スターと会った。別にそれでスターになれるわけじゃないですけれど、でも、オレ、茨城から東京出て10日目で何やってたかって言ったら、バイトも決まってないですよ。

あははは。

綾部 芸人として全く売れてなくて40歳からハリウッドだったら、果てしなく遠いですけど、日本でデビューしてからの18年を踏まえるわけなので。

確かに一般の工場員に、僕も8カ月間インタビューを待たないです。(笑)

綾部 そういうことですよね。もちろん、簡単じゃないことは分かってますよ。だから、楽しい。ただ、ゼロからではないから。来て10日目で、ブリトニー(・スピアーズ)と会えたわけだから。そのあたりは一般の方より、芸人(仲間)の方が「おまえ、やっぱ、引き、持ってるね」って言ってくれますね。

 

綾部祐二

 

芸人仲間の話が出ましたが、ある意味、ニューヨークの先輩でもある(渡辺)直美さんからは何かアドバイスありましたか。

綾部 直美からはねー、ブライアントパークのあのレストランめちゃめちゃうまいですよ、とか。チーズケーキはあそこがおいしいですよ、とか。

食べ物の話ばっかり(笑)。相方の又吉(直樹)さんからも応援してもらったとか。

綾部 そうですね。最初に相談した時も快く「あー、そうなんやー」って。あいつが芥川賞を獲ってなかったら、今回のこれ(渡米)もなかったです。絶対に。あいつが受賞したから、もう、自分も何かやんなきゃいけないな、後戻りできないなって思ったわけなので。

いい刺激になったわけですね。

綾部 でも、それだけじゃないんです。あいつ、芥川賞とった時点で、二足のわらじを履いたと思うんです。小説家にもなったんです。あいつがなんと言おうと、芥川賞とった人間は小説家なんです、絶対に。ということは、サイアク、僕がいなくなっても、こいつはやっていけるんだろうな、と。

つまり、自分も、もう夢を追っていいんだな、と。

綾部 そうなんです。なので、あの受賞は僕にとってもうれしい。すごく感謝なんですね。

その時、迷いはなかったですか。少なくとも日本であれば「売れっ子タレント」としてキャリアは積んでいける。お金もたくさん入ってきます。それを全て投げ捨てるのに、勇気は必要だったと思うのですが。

綾部 いや…実は全く、そこは気にしなかったです。「レギュラー9本捨てて」、って言われたりもしたんですけど…逆に「そこなんだ!?」って思いました。本人は「そういえば、そうか」くらいで…。でも、ホント、そうなんです。カッコつけてるって言われるかもしれないですけど、全く考えてなかったですね。逆に、皆さんがそんなに言うから、後で「確かに!」って怖くなったくらいで。

(笑)

綾部 だって、オレが築いてる山なんてなんぼのもんじゃいですよ。例えばさんまさん、ダウンタウンさんとか諸先輩方だったら言われるとは思います。でも、オレごときでそんなに言ってくれるんですか?って感じです。「日本(の仕事)を捨てて行くのは怖くなかったんですか」っていう、その感覚自体がよく分かんなかったですね。

例えば、もし成果なく3年、5年過ぎた時に、日本の芸能界に帰る場所が…。

綾部 (さえぎって)あるわけないですよ、そんなの(笑)。あんな目まぐるしく動く世界で。僕だってそれくらい分かります。そんなこと考えてたら(アメリカに)出てきてないですよ。

綾部さんにとって、ニューヨークはそれだけの価値があって、あのまま日本の芸能界にい続けることの方が不自然だったんでしょうね。

 

綾部祐二

 

綾部 分かりやすく言うと、僕はジャパンちゃんという彼女がいたんですよ。で、別れて、ニューヨークさんという彼女を追いかける時、「ジャパンちゃんとヨリ戻せなくなったら、どうするんですか!?」って聞かれてるようなもんなんですよ。

分かりやすい例えです。(笑)

綾部 だったら、最初からニューヨークさんとはつき合おうと思わないです。

でも、綾部さんはまだニューヨークさんをオトせてない状態じゃないですか。オトせるかどうかすら分からない。

綾部 そう。オトせてない。でも、ジャパンちゃんと別れないと口説けないじゃないですか。ジャパンちゃんとつき合ってるままの状態で、ニューヨークさんに「好きです」って言えます?

………はい。

綾部 最低だな!(笑)

ウソです。(笑)

綾部 でもニューヨークさんとおつき合いした後でも、ジャパンちゃんが「二股でもいいから♡」って言ってもらえたら(将来)日米、両方でオレは仕事できるんですよ。

なるほど。

綾部 ニューヨークさんを口説いてる時に「ジャパンちゃん、他の芸人に取られるかもしれないですよ、怖くないですか」って言われても、それはもうしょうがないですよ……。でも、確かに、みんな今になって「ジャパンちゃん、可愛いいよね〜」ってやたら言い出すから、逆に焦り出したっていう…。(笑)

それでも、綾部さんにはニューヨークさんの方がいい女だったってことですね。

綾部 それくらい魅了されたってことですね。2015年に会った時に、一目ぼれしちゃったんですよ。ニューヨークさんがキレイすぎて、翻弄されちゃってる。で、ニューヨークさんにフラレて、戻ったとしても、ジャパンちゃんに「何言ってるのアンタ? 何年もほったらかしにしておいて、待ってるわけないじゃない!」って言われちゃったとしたら、もしかしたら、また工場員として働いているかもしれません。

それだけの覚悟を持って、来られた、と。

綾部 そうですね。ただ、相方にだけは違う感覚かもしれないですね。相方は、恋愛とは違う。もう結婚なので。妻はニューヨークに単身赴任してる旦那をずっと待ってくれてると思います、はい。離婚ってピースの解散ってことですから、それはないです。離婚はないです。ニューヨークと日本で離れて暮らしていても、愛し合ってたら、離婚はないですね。それに「おまえが芥川賞で、オレがハリウッドスターになったら、凄いコンビじゃん!」って僕はそう思ってますね。

 

今後の「ピース 綾部祐二」を誰よりも自分が見てみたい

 

確かにスゴいコンビですね、それ。

綾部 結局、オレはすごい単純なんですよ。キャーキャー言われたいんです。ニューヨークでも、ロス(LA)でも、シカゴでも、シアトルでも、ミネソタでも、どこでもいい。ただ、レストランで食事してたら、「お前あの映画出てるYujiだよな」「いつも見てるよ」って言ってもらって「Hi ! Thank you. How are you ?」ってそう言いたいだけなんです。ほんとそれだけです。今、ありがたいことに日本だとある程度は、札幌に行っても、和歌山に行っても、石川に行っても、沖縄に行っても、宮崎に行っても「あ、ピースだよね」「あれ、綾部だよね」って言ってもらえるようになった。幸せもんだと思います。これを、アメリカで。どうなるか。その挑戦に来たっていうのが全てです。さっき言った、レストランでのやりとり。「Hi ! おまえYujiか? 見てるぞ」「サンキュー!」このやりとりを10年先か、20年先か、いつか実現させるって思いだけですね。

なるほど。最後にニューヨーク在住の日本人にメッセージをいただけますか。

綾部 僕は、一応、エンターテインメントという世界で生きているんですけど、実は、「ピース綾部祐二」っていう男の誰よりも1番のファンでいるんですね。誰よりも自分の人生を自分で楽しんで、自分で見てみたいって思ってます。皆さんもそんな感じで生きていただければ、だいぶ、人生楽しめるんじゃないかなって思うんですよ。それは音楽の世界かもしれないし、ビジネスの世界かもしれないし、人それぞれだと思うんですが、まずは、自分が自分のファンでなきゃいけないと思うんです。シェフが自分の料理を一番おいしいって思ってないと話になんないです。まずは自分の料理が一番おいしいんだって皆さん、思ってもらいたいです。綾部祐二を自分が好きになれないと、他の人が好きになってくれるわけがない。なので、皆さんも「ニューヨークで戦ってる自分」の1番のサポーターであり、ファンであってください。僕はそう思ってます。

綾部祐二

 

★ インタビューの舞台裏 → https://ameblo.jp/matenrounikki/entry-12328768538.html

 

綾部祐二(Yuji Ayabe)
職業:コメディアン、俳優
1977年生まれ。茨城県出身。日本ではコメディアンとして多くのレギュラー番組、俳優として多くの映画・ドラマに出演。2003年に又吉直樹とお笑いコンビ「ピース」を結成。17年に活動拠点を米国に移す。米国での活動として、Caesars Palace Hotel(Las Vegas)の日本向けプロモーションWeb CMに主役で出演。以後も、継続して多方面で活動中。趣味はファッション、バイク。

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2017年11月18・25日号発行)


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