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インタビュー 吉田兄弟(3)

世界が求めてくれるのなら、打って出ない手はない

 BOUT. 219

 

吉田兄弟

 

ニューヨークのジャパン・ソサエティーで9月9日に行われた日本食レストラン「MIFUNE New York」のプレオープン記念イベントに、ゲストとして招かれた吉田兄弟。津軽三味線の迫力ある演奏で会場のニューヨーカーを魅了した。ニューヨークでのライブは3年ぶりという彼らに、ライブ翌日、話を伺った。
(聞き手・高橋克明)

 

NY「MIFUNE New York」記念イベントでライブ

昨日のライブは大盛況でした。一夜経って今のお気持ちはいかがでしょう。

吉田健一(以下、健一) 一昨日(ニューヨークに)到着したので、ちょっと(時差が)きてる状態で。(笑)

吉田良一郎(以下、良一郎) ちょうど演奏中くらいが一番ヤバかったですね。(笑)

健一 でも(ニューヨークは)3年ぶりだけど、やっぱりここはお客さんがキャッチボールしてくれますね。盛り上げ上手っていうか。

良一郎 演奏中、「あ、ニューヨークだな」って思いました。いろいろな国で今までやってきましたけど、他のどことも違いますよね。なんて言うのかな、世界のエンターテインメントの中心にいる人たちの反応は独特で、こう、こっちのテンションがグッと上がるような拍手や声援をもらえますよね。

ニューヨーカーはみんな本当にお二人を待ってましたから。

健一 (ライブ後の)レセプションで、かなりの数で「以前の(ニューヨーク)ライブも来ましたー」ってお客さんが話し掛けてきてくれて。CDを持参してくれる方もいたり、次、いつやるのかってすごく聞いていただきましたね。

良一郎 本当にありがたいなぁって今回は特に思わされました。

健一 これから世界で日本という国の文化が認められていくというか、さらにこれから深く広く浸透していくんだろうなって確認できましたね。今年、実は海外(公演)多いんですよ。先日はミラノでやったり、台北、スイス、北京、来週からはバルセロナにも行きます。このタイミングで、アメリカで、単独という形でライブをやれたのは非常に大きな事だったと思います。

津軽三味線という日本独特の文化が世界でも需要が広がっていると感じますか。

吉田健一

吉田健一

健一 感じますね。明らかに肌で感じます。今回、文化庁の文化交流使に任命していただいて、昨日もスタッフとその話になったんですけれど、やっぱりワールドツアーをちゃんと企画したいねって。今までのように日本国内でアルバムを出すだけでなく、頭ではもう、世界を意識している。そういう時期に来てるのかなって。(東日本大)震災以降、ライブ活動はやってなかったんですけれど、その期間は次に進むための4年間だった気がします。次の一歩のためにいろいろと探ってきた4年だったんだなぁって。

良一郎 本当に「今やらずして、いつやるか」って気持ちですね。ここから需要が減ることは間違いなくないので。

健一 あとは日本の楽器の力みたいなものを、三味線以外で理解できるようになってきたことも大きいですね。この4年で横のつながりができて「洋」ではない、「和」の真髄の部分を知ることができた。それだけでもこの4年は意味があったと思いますね。

日本での公演も海外での公演も気持ちの上で違いはもうないですか。

健一 あえて全く同じ気持ちで同じテンションで勝負しないと意味がないですね。そうしないと日本の心、というか津軽三味線の本質が伝わらないと思うんですよ。

良一郎 もちろんお客さんの反応によって、演奏を変えることはあります。それが自然なキャッチボールなので。それに(こっちに)向いてないお客さんをどう向かせるか、それを一番経験させてもらったのが、ここニューヨークですしね。(笑)

健一 (昔、無名時代に)ボーダーズ(注:米国の有名書店チェーン)でよく演奏させてもらったしね。(笑)

ボーダーズでやられてたんですか!?

健一 かなり鍛えられました(笑)。アメリカ人のスタッフの対応も冷たくて、周りにはお客もいなくて、本しかない(笑)。(書店って)全部、音が吸収されちゃうんですよ。しかも横にカフェがあるからエスプレッソマシンの「ゴォォォォォ」って音が入るし。

良一郎 最初は「誰だよ、おまえたち」ってアメリカ人の反応が、演奏が終わると「何飲む? ビール飲むか?」って劇的に対応が良くなるのが快感で(笑)。最初冷たいスタッフを演奏することで変えてやりました。

今となってはいい思い出ですね。

健一 いまだにニューヨークに来て、タクシーで通るたび「ここだったなぁ」って思い出します。(笑)

良一郎 サンフランシスコでもロサンゼルスでもなく、一番鍛えてもらったのはニューヨークで間違いないです。(笑)

健一 だからこそ、ここをね、拠点にして世界に打って出たいな、と。

今日を除き、過去3回インタビューさせていただきました。僕が言うのはおこがましいですが、以前と明らかにお二人の意識が違うようにお見受けします。今までは「日本文化を背負う」とか「三味線を世界に魅せる」というような言葉を嫌っていたような気がします。

吉田良一郎

吉田良一郎

良一郎 最近は「背負ってきてる」んじゃないかなって。 そう感じるようになっちゃいましたね。今までは「日本文化を背負う気がありますか」って聞かれても「ない、ない、ないです」って答えてました。でも、デビューして15年。いまだにこうやって世界中に招待していただいて、ここまでくると、もう、僕たちが伝えなきゃいけないんだなって。

健一 結局、アメリカのツアーをこの10年くらいのスパンで、誰か日本の打楽器アーティストで継続的にやれている人がいるかというと、いない。単発的にやった人間はいると思うんですけど、継続してきている人は僕たち以外、いない。だとすると、今は、もう僕たちが「背負う」べきなんじゃないかなって逆に思いますね。「もう、やるしかないでしょう」って気持ちは強くなってますね。

良一郎 われわれは「入り口」なので、「入り口」から入ってもらって、日本を知ってもらう。例えば歌舞伎もそうだと思いますけれど、小さな会場だと歌舞伎は無理じゃないですか。

健一 僕たちは小さなライブハウスから、三味線一つ持って行けばできる。もちろん大きな箱でもできる。いつも僕は「たかが津軽三味線、されど津軽三味線」だと思ってやっている。「じゃあ、やりましょうよ」ってところからでも演奏できるんです。

良一郎 例えば、今ここで1時間半のライブやってください、って言われても三味線さえあれば、すぐ行ける。どこでもできるってつまりはそういうことだと思うんです。

確かに歌舞伎では無理ですね。

健一 それってすごく意味があると思うんです。バンドのバックでもできるし、和楽器編成でそろえて大きな箱でもできる。

良一郎 もう、ライフワークというか生活そのものになってますね。物心ついた時からすでに竿(さお)持ってたので(笑)。サッカーやってたりいろいろスポーツしてた時期もありましたけど、その時に、じゃあ三味線は手元になかったかっていうと、あったのは間違いないんですね。

この先のお二人のゴールはまさに世界に出て日本を広める、ってことに尽きますね。

健一 まずはそのためにも海外における拠点を作りたいですよね。もう点で終わる時代ではないので。じゃあ線になったものを後輩たちにつなげるためにも、どれだけ太くできるのか。なので、背負ってるっていう意味では何を音にしたいかで、すごく変わってくるんじゃないかなって。メッセージとして、音で伝えたい何かによってお客さんの中に残るものって全然変わってくると思うんですよ。僕たちは「日本」を(お客の心に)残したい。日本の音を津軽三味線の音を来てくれたお客さん一人一人にどうやって残していけるのか。そこの課題はこれからも変わらないですね。そのためにも海外に安定した拠点を作りたいですね。

良一郎 最近いちばん面白かった仕事が漫画の「NARUTO―ナルト―」とのコラボレーションだったんです。テーマソングを僕たちがやらせてもらって。今まで津軽三味線がコミックとのコラボってなかったと思うんですよ。そういった意味でも今までと求められているところが変わってきている。伝統楽器でありながら、コラボレーションを求められてる。世界の「NARUTO」じゃないですか。世界に向けて一緒に勝負できるんですよ。こんな感じで世界に向けてアプローチの仕方自体が変わってきてるので、本当に津軽三味線は今、面白い位置にいるんじゃないかなと思います。世界がオリエンタルなものを求めてきてくれてるのなら、世界に出ない手はないですよね。

最後にニューヨークに住んでいる日本人読者にメッセージをいただけますでしょうか。

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健一 Come Back Soon! (笑)。すぐ戻ってくるよってことを言いたいです。あとは今までの僕たちとは違う進行形の吉田兄弟を必ず皆さんにお見せしますってことですね。

良一郎 この刺激的な街にはスグにでも戻ってきたいし、戻ってこなきゃいけないって今回感じました。結局、いつも言ってることになっちゃうんですけど、これからも僕たちの演奏で「和」の素晴らしさを伝えていきたいと思います。そんな僕たちの役割を感じることができた(今回の)ニューヨークだったので。

でも、さすがにボーダーズでは、もうやらないですよね。(笑)

健一 いやいやいや、チャンスがあればやりますよ!(笑)

良一郎 どこでだって、ボーダーズだって、やります!(笑)

 

★インタビューの舞台裏★ → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12076260600.html

 

吉田兄弟/良一郎(りょういちろう=兄=写真左)、健一(けんいち=弟) 職業:三味線奏者
北海道登別市出身。ともに5歳より三味線を習い始め、1990年より津軽三味線奏者・初代佐々木孝に師事。津軽三味線の全国大会で頭角を現し、99年アルバム「いぶき」でメジャーデビュー。邦楽界では異例のヒットを記録し、以降、現在まで13枚のアルバムほかをリリース。2003年Domo Recordsから全米デビューを果たし、以来米国・欧州・アジア・オセアニアなど、世界各国での活動や、さまざまなアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。近年、個々の活動の幅も広げ、日本の伝統芸能の枠を超え、ワールドワイドに活躍できるアーティストとして期待されている。
【ウェブ】yoshida-brothers.jp/【Facebook】www.facebook.com/YoshidaBrothers

●CD情報

「PRANA NARUTO―ナルト―展メインテーマ」
「PRANA NARUTO―ナルト―展メインテーマ」
「週刊少年ジャンプ」で1999年に連載が始まり、国内外で絶大な支持を集めてきた『NARUTO―ナルト―』初の展覧会のCM音楽を吉田兄弟が担当。同アニメと同じく活動15周年を迎え、国内外で大活躍中の吉田兄弟制作の楽曲は完全オリジナル。今年4月29日にリリースされた。

 

「Horizon」昨年リリースしたアルバムで多くのタイアップ楽曲を収録。新たなステージへ向かう津軽三味線の今を伝える7曲を収録。楽曲は王道の和楽器アレンジから、ストリングス他多彩なアレンジで制作。

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2015年11月14日号掲載)


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