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インタビュー 加藤登紀子

戦争中に産み落とされた私だからこそ平和のために歌っていきたい

「ガチ!」BOUT. 194

 

加藤登紀子

 

数多くのヒット曲を世に送り出し、来年歌手生活50周年を迎える歌手の加藤登紀子さん。1987年に全米ツアーで訪れて以来、何度もニューヨークでのコンサートを成功させている。国際環境親善大使として自然環境保全活動などを行う一方、東日本大震災後には、精力的に被災地を周り、トークやライブなどを通して支援を行っている。そんな加藤さんが、来年1月12日、東日本大震災支援活動プロジェクト「Learn From 3.11」主催のイベントに参加するため、再びニューヨークを訪れる。(聞き手・高橋克明)

 

1月、NYのイベントに参加

加藤さんはもう何度もアメリカでコンサートされてらっしゃいますよね。

加藤 最初に全米ツアーした時は(19)87年なのね。1カ月前に「来ない?」って言われて行ったわけ(笑)。ロスとサンフランシスコとボストンとニューヨークかな。その時が初めてのニューヨークだったから、すごく思い出深くて。

最初のツアーで4都市も回られたんですね。

加藤 ロスの時はね、真夏だったのに、会場が停電になったり。サンフランシスコでは空港のカフェでお茶飲んでたら、飛行機に先に行かれちゃったり。チェックインしたんだから、飛行機って待ってくれると思ってたのね(笑)。ボストンに行った時はシカゴ経由の飛行機で、シカゴの空港の大きさにものすごく興奮したのよ! だから、それ以降シカゴで(のコンサートに)呼ばれても、私の(シカゴに対する)イメージは空港なんですね。

全米で一番大きい空港ですもんね。ニューヨークのイメージはどうでしょう。

加藤 (ニューヨーク)アスレチッククラブでのディナーショーだったんですよ。アスレチッククラブ、知ってる?

もちろんです。

加藤 あそこのウエーターたちがカッコよくてさー。コンサートの間中、こう、ぴゅって真っ赤な(テーブル)ナプキンを腕にかけて、ずらっと整列して私の歌を聞いてるのよ。

ステージ上から見えてたんですね。

加藤 もちろん! ディナーショーだから。(お客さんだけでなく)ウエーターの人たちまで、あんなに一生懸命聞いてくれてるって思って、彼らをターゲットに歌おうって(笑)。とにかく初めてニューヨークで歌ってるってことにすごくドキドキしながらライブをやったわけよ。(にっこり)

ほぼ四半世紀前にニューヨークでのライブを成功されてるわけですよね。

加藤 その時にJASSI(日米ソーシャルサービス)の(日系2世の)みどり島之内レデラーさんという方に、1年後のカーネギーホールでチャリティーコンサートをしてほしいってお願いされたの。彼女自身、戦争中にロスで収容所に入って、東部へ逃げてきたっていうすごく苦労されてきた人で、東部にいる日系アメリカ人はみんなすごく孤独だっていうことでJASSIを作った人なの。そんな彼女が1年後のカーネギーをおさえたからっていうので、びっくりしちゃって。(笑)

それまでカーネギーホールを意識されたことはなかったんですか。

加藤 私自身、カーネギーホールで歌うことを自分の夢にしたことはなかったんですよ。でも、みどりさんがおさえたっていうから、じゃあ、もう、全身全霊でカーネギーを成功させようと。せっかくだからアメリカで苦労してきた日系人のためにいろんな企業に協賛いただいて、たくさんのドネーションが集まったのね。それがきっかけで2年後の90年にもカーネギーホールで再度コンサートをしたんですよ。

最初、「ちょっと来ない?」から始まった全米ツアーがここまでのつながりをもって展開していきました。

1213-gachi-tokiko2015_4加藤 そう。そこからずっと、何回もコンサートをしましたし、ロスではレコーディングもしましたし、アメリカのミュージシャンとセッションもしてきました。2001年の10月にもニューヨークでライブをする予定が入ってたんですよ。それがああいうこと(米同時多発テロ)があって、中止になって、で、翌年の4月にコンサートしたんですね。その時のことが今もありありと全部の瞬間を覚えてる。最後はもう、みんなで抱き合って泣いちゃうみたいな、そういうライブでした。それから11年の(東日本大)震災の後は国連合唱団の人たちとのセッションで国連でのコンサートにも呼んでいただきました。

そのコンサートには僕も取材に伺わせていただきました。

加藤 その時はね、震災後に作った「今どこにいますか」って曲を歌いました。後は「アメイジング・グレイス」を国連合唱団の人たちと“大きな祈りを共にしよう”ってことで歌ったんです。9・11のテロの後。東北の大震災の後。世界中の人が心配してる、大きな問題に突き当たってる時に、私はいつもアメリカで、それらのことに対して向き合おうとしている人たちと出会ってきました。それはずっと心に今も残ってます。

加藤さんのライフワークとして、「平和のために歌う」という活動はいつごろから意識されていたのでしょう。

加藤 私は(旧)満州(現中国東北部)で戦争中に生まれたんですね。中国が(改革・)開放政策に変わって、戦後初めて招待された日本人の歌手として、生まれ故郷(ハルビン)の音楽祭に(19)81年に行きました。いろんな思いがありました。戦争というものの中で産み落とされた私ですから、やっぱり、平和のために歌っていきたい。平和だったからこそ、私はその時、生まれ故郷に戻ってコンサートができたわけですから。

81年の中国でのコンサートが全ての始まりだったんですね。

加藤 その前年にね、ジョン・レノンが亡くなったの。ジョンと(オノ・)ヨーコさんはベトナム戦争を含めて、アメリカの戦争に対して戦ってきた。そこにすごい共感を寄せて、私、オノ・ヨーコさんに手紙を書いたことがあったんです。日本が平和であるためには、アメリカが戦争しない国にならないといけない。これからも手を携えて、平和のために共に歩みたいっていう内容を。その後、奇跡かと思ったんですけど、電話をいただいて、(ニューヨーク州)ロングアイランドで会いました。私は、60年代の学生運動のリーダーだった人と、彼が刑務所にいる時に結婚したんですけど、「あなたは、獄中にいる人と結婚したんでしょ」って、よく知ってくださってて。初対面からとても深い話になりました。「世の中を変えるための壁を壊すことはとても大変。あなたのご主人も壁を壊すために頑張ったんでしょう。でも、私たちはそれができない、絶望を何度も味わっている。だからこそ、みんなが心の中に持っている窓を開けていきましょう。ジョンはそれを歌の力でしようとしたの」って。その時にも、私も歌で平和を実現していきたいって思いました。素晴らしい出会いだったと思います。

それでは来年1月の北米コンサートはどんなコンサートにされたいでしょう。

加藤 来年は戦後70年という年にあたります。私の大きな仕事の一つは、広島で平和国際音楽祭を開くことなんですね。5月に、たくさんのアーティストに呼び掛けて、広島(市民)球場でコンサートをやることになってます。そういう年を迎えようとしてる、最初のライブが今回のシカゴとニューヨークなんですね。

節目の年ですね。

加藤 私は戦争の中で産み落とされて平和の時代に生き延びさせてもらった一人の歌手として、日本とアメリカの関係、日中韓の関係と非常に複雑な関係の時代になってきている中で、歌でメッセージを伝えられたらいいなと思います。それぞれの曲にそれぞれの物語が秘められている。だから、伝えたいことがいっぱいあるライブになると思います。(笑)

加藤さんご自身も楽しみですね。最後に在米の読者にメッセージをお願いします。

加藤 そうですね。どんな時も素晴らしく生きましょうねって、ことですかね。いろんな事情でアメリカで暮らすことを選んだ人たちに、日本人であること、家族を守っていくこと、平和に生きるということ、そういうことを次のコンサートでお伝えしたいなって思います。

加藤登紀子(かとう・ときこ) 職業:歌手
1943年生まれ、ハルビン出身。東京大学在学中の65年に「日本アマチュアシャンソンコンクール」で優勝。70年にリリースしたシングル「知床旅情/西武門哀歌」が大ヒットを記録する。「ひとり寝の子守唄」「百万本のバラ」など数多くのヒット曲を世に送り出す。コンサートを成功させ、92年にはパリのラ・シガール劇場でのコンサートが認められ、フランス政府より文化勲章「シュバリエ」が贈られた。宮崎駿監督の映画「紅の豚」(92年)では主題歌と声優を担当。近年では「FUJI ROCK FESTIVAL」などの野外音楽フェスに出演するなど、長きにわたって活躍し続けている。今年10月14日にデビュー50周年記念DVD「加藤登紀子の半世紀|その胸の火を絶やさずに|」を発売した。公式サイト:www.tokiko.com

◇ ◇ ◇

来月12日『「語らいの集い」in New York』
加藤さん招きトーク&ライブ演奏など
「Learn From 3.11」主催

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東日本大震災をきっかけに精力的な活動を続けている支援活動プロジェクト「Learn From 3.11」は2015年1月12日に歌手の加藤登紀子さんを招いて、『「語らいの集い」in New York』を開催する。当日は加藤さんによるトーク&ライブ演奏に加え、加藤さんを囲んだパネルディスカッション、参加者とのQ&Aに続き、協賛の「喜多屋」酒造の地酒などの試飲をしながらの交流会などが行われる。また同会はチャリティーイベントになっており、参加費は会場費などの諸経費に充てられる。
本紙12月13日号で、加藤登紀子さんのインタビュー記事を掲載予定。
前売り券希望者は下記のメールアドレスに件名「参加希望」と明記の上、イベント前日(1月11日)までに予約。司会は前田真理さん。協賛:喜多屋、伊藤園。後援:Mar Creation,inc。
◇ ◇ ◇
■第1部:加藤登紀子さんによるトーク&ライブ(歌、ギター演奏)
■第2部:登紀子さんを囲んで、パネラー、参加者とのQ&A。パネラーは、桐畑美香さん(Clinical Social Worker /Psychotherapist)、テムラック歩美さん(2003年イラク戦争勃発を機に、全米最大の草の根平和団体「Peace Action」のメンバーとなり、核兵器廃絶、平和活動に取り組む)、キヨコ・ホルバートさん(プロ写真家・ウエディングプランナー(キロスタジオ経営)、Learn From 3.11発起人)
■第3部:交流会(伊藤園からお茶の提供と、酒造「喜多屋」の地酒の試飲会が行われる。加藤登紀子さんの50周年記念のCD、DVDの販売やサイン会も行われる予定)
◇ ◇ ◇
■概要【日時】2015年1月12日(月)午後7時~9時半(開場:午後6時半)
【会場】Scandinavia House – Vitor Borge Hall【場所】58 Park Ave Lower Level(bet 37 & 38 st), NYC
【参加費】前売り25ドル、当日30ドル、※先着160人(会場で現金支払い)
【申し込み・問い合わせ】917-855-3707、learnfrom311@yahoo.co.jp(キヨコ・ホルバート)
【ウェブ】www.facebook.com/LearnFrom3.11

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2014年12月13日号掲載)


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