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インタビュー 渡辺直美

誰もアタシのこと知らない環境でどこまでできるか試したかったんです

「ガチ!」BOUT. 175 

 

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レギュラー出演していた人気長寿番組「笑っていいとも!」(フジテレビ系)が終了したことをきっかけに、さらなる芸人としての成長を見据え、5月中旬、単身渡米したお笑いタレントの渡辺直美さん。エンターテインメントを勉強するために滞在したニューヨークでの3カ月間。芸能界にデビューして8年、日本のテレビ業界の第一線で活躍してきた渡辺さんが、この街で何を見て、何を感じたのか。3カ月間の留学を終え、帰国直前の渡辺さんにお話を伺った。 (聞き手・高橋克明)

 

NY留学3カ月間を振り返る

帰国を3日後に控えた今、この3カ月間の滞在を振り返ると、早かったでしょうか。それとも長かったでしょうか。

渡辺 早かったですねー。あ、どっちかな。実は途中で「帰りてえなぁ」と思った時期もあったんですよ。6月の後半くらいかな。英語学校もマンツーマンだから、新しい友達もできないし、何人かいる友達もみんな既婚者で、気軽に誘えなくて。一時期、学校と家の往復だけで、ずっと引きこもってる時があったんですね。

少し前に日本であれだけ忙しい生活をしていた渡辺さんが。

渡辺 それが、もう完全にニート(笑)。日本にいた時はマネージャーさんが全部時間の管理をしてくれて、その中で自分の自由な時間を使ってたんですけど、今回ゼロから自分で計画しなきゃいけないってなった時、初めて自分が時間の使い方がヘタクソだったんだなって気が付きましたねー。どうしていいか分からないというか、無駄な時間を過ごした時があって、その時は「まだ、あと2カ月もあるのか」って(笑)。でも、そのあたりから新しい友達もできたりとかして、自分のやりたいことも明確にどんどん見えてきて、今は「え!!? もう帰るの!?」みたいな。

見えてきたきっかけは何だったんでしょう。

渡辺 あの…実はアタシ、ミュージカル1回も観に行ってないんですよ。3カ月いて。

エンターテインメントの勉強をしにニューヨークに来たにもかかわらず。(笑)

渡辺 そうなんです(笑)。ホントに申し訳ないと思ってるんですけど、だけど、ミュージカルってやっぱ、団体芸だと思うんです。もちろん、それも絶対観に行かなきゃいけないんだけど、それよりも、ドラァグクイーンとか一人で舞台に立ってるような変わった劇場にはいっぱい行ったんですね。例えば、ブロンクスのストリップ劇場に行ったりとか。なんていうんだろう、現地だけでやってるようなショーにはすっごい行きましたね。そういう所の方が刺激を受けるというか。普段、経験できないことの方が魅力的で、そっちの方ばっかり行ってました。

観光客だらけのブロードウェイより、そういったアングラなショーの方が貴重かもしれないですね。

渡辺 そうなんですよ。言い訳じゃなくて、例えば、有名なダンス教室にも1回行ってみたんですけど、「でも、ここお金払えば誰でも受けられる授業なんだよなぁ」って思っちゃって。40人くらいが全て同じ振り付けを学んでるのって、日本のダンス教室に行くのと変わらないじゃないですか。誰でも経験できることをアタシは経験しなくていいなって思ったんです。だったら、例えばビヨンセのバックダンサーやってた人が二日だけ個人レッスン開きますって聞いたら、そっちに行かせてください、みたいな。

なるほど。この街でそういった経験をしていくと楽しくなってきますよね。

渡辺 すっごい貴重でしたね。人生の考え方もだいぶ変わりました。アタシってなんて世間知らずで、何にも知らない人だったんだろうって思い知らされました。結局、生まれてからずっと、日本人しかいない環境で暮らしてきたわけじゃないですか。なので、最初は“外国人酔い”みたいになったんですよ。どこ見ても日本人がいない、言葉が通じない人たちばかりが歩いてる!って。家も見つかってない状態でこっちに来たから、最初は本当に怖かったですね。

住む所が決定しないまま渡米されたんですか。

渡辺 (日本で)探してたんですけど、見つかってないまま(渡米の)日程は決まってるので、とりあえず来て、1週間ホテルで過ごしたんですね。で、ごはんを食べるのにも、どこにごはん屋さんがあるか、というか(どの店が)ごはん屋さんかが分からない。で、英語も「YES」と「NO」しか分からない状態で来てるので、レストランにはまず入れないわけで。結局、ホテルにこもって丸一日何も食べない日もありましたねー。

どうりでげっそりされていると…。

渡辺 はい(スンナリ)。で、おなか空いてるし、時差ボケも残ってるから朝5時くらいに目が覚めちゃうんですよ。「どうしよう、おなか空いたな…」って窓の外見たら、向かいにデリがあったんですね。「この時間に開いてるあそこは何屋さんなんだろう」って。

デリが24時間営業って最初は分からないですよね。

渡辺 今だったらデリって分かるんですけど、当時は「あそこのお店にはパンとか売ってるかな」って(笑)。「よし、昼になったら行ってみよう」って誓って、もう1回寝たんです。そしたら!なんと!そのデリが夢に出てきて!

よっぽどおなか空いてたんですね。(笑)

渡辺 入るとほっかほかの白いごはんが置いてあったんですよ!(興奮気味)

パンどころか。(笑)

渡辺 で、アタシ、英語しゃべれないけど、どうしても食べたいから、勇気を出して店員さんに話し掛けたんですね。そしたら、お母さんだったんですよ!(興奮気味)

は?

渡辺 アタシの!(興奮気味)アタシのお母さんが働いてたんです! そこで! で、お母さんと日本語で会話して買えたんですよ! 無事、白いごはんが!(興奮気味)

あの……渡辺さん、それ…夢の話ですよね…?

渡辺 夢の話です!(キッパリ)そこでパッと起きて、もしかしたら、あそこ、本当にごはん売ってるかもしれないと思って。

お告げかもしれない、と。(笑)

渡辺 それで、昼まで待てずに慌てて着替えて、そのまま行ったんですよ! そしたら、本当にほっかほかのごはんが売ってて!(興奮)

デリですから。(笑)

渡辺 アタシ、もう、本当に感動して…(涙目)

それ……何の話ですか。

渡辺 食べられなかったごはんが食べられた話です(笑)。それ以降、ホテルにいる間は毎日そこに通ったんです。でも、それがアタシの一つの成長というか、誰の力も借りずに自分の力で見つけ出した出来事で、そんなことが大感動だったんですね。

分かる気がします。

渡辺 それまではお買い物行ってもお金の払い方も分かんなくて。いくらですって言われても、財布をこうやって見せて、店員に(お金を)取ってもらう、みたいな。

ぼったくりし放題ですね…。

渡辺 そうなんですよ。結局、自分は日本にいる時にいろんな人に助けてもらって過ごしてきたんだなぁって気付かされました。何か分かんないことがあったら聞く人がいつもそばにいたし、マネージャーさんにコレやっといてくださいっていうのが当たり前の生活だったんです。で、ニューヨークに来て、自分一人しか頼れない環境で、もう一度自分を追い込んで、どこまで自分ができるのか、試してみたかったんですね。やっぱり人に甘えるだけの人生ってダメだなって。

芸風を磨くためだけでなく自分自身も変えたくて来た、と。

渡辺 でもね、結局、ニューヨークに来てもいろんな人に助けてもらったんです。家を探す時も友達の友達がすごく良くしてくれたり。最初の目標は自分一人でどこまでできるかってことだったんですけど、結果、やっぱりみんなに助けてもらった。心の中で甘えちゃいけないと思いながらも、やっぱり甘えちゃったり。その時にみんなに言われたのが「それは直美ちゃんの人望だから」って。

そう思います。

渡辺 「えっ? あっ? そうなの?」みたいな(笑)。「アタシって人望あるんだ?」みたいな(笑)。本当にこうやって助けてもらえる人って少ないし、それを受け入れなきゃいけないし、そういう自分を認めた方がいいよって言われたんですね。その時に、「あっ。そっか、そういうことか」って。今まで助けてもらっても、まずは感謝しなきゃいけなかったのに、「ダメだ、ダメだ、甘えちゃダメだ」ってそれに背を向けてたけど、そのご好意は素直に受け入れて、必ず結果を残そうって思い直すようになりました。

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もともとニューヨークに住むということを意識したのはいつぐらいからですか。

渡辺 2年くらい前ですかねー。何個かある夢の中に、やっぱり海外でも仕事したいっていうのも漠然とあったんですね。このまま(キャリア積ん)で、10年後、20年後、アタシは何をしてるんだろうって。芸人さんって皆さんそれぞれいろんなキャラクターを持って、それぞれの面白さで勝負してるんだけど、それって“経験”からくるものだと私は思っていて。皆さんアタシより年上で、経験豊富で、そんな人たちと勝負するには自分にしかできない経験をするしかないって思うようになって。

デビューしてスグに売れちゃった分、“経験”という貯金がそんなに蓄えられなかった、と。

渡辺 その場所がアタシにとってはニューヨークで。あとは素の自分が、どこまで通じるのか試してみたいっていうのはすごくありました。日本だったらやっぱりアタシのこと知ってくれてるお客さんが多くて、アタシを見たらそれだけで笑ってくれるし、渡辺直美って分かってるから笑ってくれる部分があったんですよ。でも、ニューヨークに来たら誰もアタシを知らないわけで、そんな中で「この子、面白いな」とか思わせたら、アタシは「本物だな」って。実力があるのかなって自分で感じられると思って。なので、いつかは行きたいと思ってましたね。

それが2年前。実行するにはあまりにも売れっ子のスケジュールでした。

渡辺 いろいろ仕事をさせていただいてたので、その時は様子見って感じだったんですけど、去年の10月くらいかな、「(笑って)いいとも!」が来年の春に終わるって聞いたんですよ。アタシは、もう芸人1年目から「いいとも!」に出させてもらってるし、「いいとも!」のおかげで芸能界を知ったくらいに思ってるんですね。あぁ、これはアタシの中でも一つの時代が終わるなって。節目なんだなって。「いいとも!」が終わるって聞いた瞬間にすぐにマネージャーに電話しました。「ごめん、来年の4月からニューヨーク行かせてもらっていい?」って。

絶頂期に3カ月とはいえ、テレビから姿を消すわけですから、マネージャーさんも慌てたのではないですか。
渡辺 マネージャーは応援してくれましたね。もちろんテレビ局の方にはご迷惑をお掛けするので、お話をしに行きました。いろんな番組に話した結果、皆さん「待ちます」って言ってくれたんですよ。3カ月待ちます、降板させませんって。

そこでも助けてもらったわけですね。

渡辺 愛されてるなって、その時にもあらためて思って(笑)。それに、演者さんで誰一人止める方はいなかったです。全員、賛成。全員、肯定的でした。「ほんまにおまえは偉いわ」って。自分が何か行動を起こすってことに「ええなー」って言ってくれました。

実際こちらに来られて、日米間のお笑いの違いも感じられたと思うのですが。

渡辺 うーん、アタシはまだ言葉がそこまで分からないので、コメディーハウス行っても、みんなが何で笑ってるか分からないくらいだから偉そうなことは言えないんですけど。だけど、学校の先生と1対1でしゃべる時に、やっぱり笑わせたいじゃないですか。で、日本と同じように「こんなことあったんだよ」ってなんとかしてカタコトの単語並べてエピソードトークするんですけど、その時感じたのは、ニューヨークの先生も日本のお客さんも笑うとこ一緒なんですよね。ボケも落としどころも全部一緒なんです。先生のウケるところを見て、「あっ、一緒なんだ」って。日米の笑いの感覚にそう違いはないなって思いました。

なるほど。

渡辺 ただそれが繊細すぎるか、おおまかか、だけであって。日本はすごく繊細だと思うんですよ。こっちは表現の仕方が派手なだけであって、笑う、笑ったとこは一緒だと思います。

「日本はすごくお笑いのレベルが高くて、アメリカはとってもベタでレベルが低い」。日本ではそう思われがちですよね。浅いアメリカンジョークをマネしたり。

渡辺 芸人さんの中でもいるんですよ。「アメリカ行っても勉強することないやろ、余裕で勝つやろう」って。

日本人がよく言う、分かりやすい、いわゆる「アメリカンジョーク」みたいなのしかないだろう、と。僕も日本で暮らしていた時はそう思ってました。(笑)

渡辺 (そうじゃないことは)こっちに来た人しか気付かないと思います。多分、日本にいる人は気付かないです。でも、アタシは、アメリカに行く前から“そんなことはないんだろうな”って思ってたんですよ。日本にいる時から、「サタデーナイトライブ」とか、いろんなコメディー映画観て、すごく面白いなって思ってたし。ただ、アタシがいくら芸人さんたちに、「ちょっとレベル高いすよアメリカ。日本とどっこいどっこいだと思いますよ」って言ったところで、アメリカかぶれの女がなんかほざいてますわって(笑)ってなっちゃうので。

なるほど(笑)。ズバリ、どちらがレベル高いですか。
渡辺 どうだろう…、その確認をするためにも来たってのもあるんですけど…。アタシはもう、どっこいどっこい。どっちも面白いと思いますね。さっきも言いましたけど、内容は変わらないと思うんです。ただ、日本は“ツッコミ”ありきの世界だと思うんです。ボケてツッコんでっていうのが日本のやり方ですよね。でもこっちはツッコミがそんなにないですよね。多分、それが一番の違いだと思うんです。

表現の仕方が違う、と。

渡辺 例えば先生としゃべってても、ツッコんでほしくてボケたりするじゃないですか。でも先生は笑いながら受け入れちゃうんですよ。受け入れないでくれ、みたいな(笑)。例えば、アタシの名前をノミ、ノミ、って、全然覚えてくれなくて。「ナオミだよ。ナオミ・キャンベルのナオミ。似てるでしょ」って言うと、「確かに。君とキャンベルは同じくらい美しい」

あははは。

渡辺 ボケをボケで返す、みたいな。スゴく気持ち悪いんですよ(笑)。それは、結構アメリカの笑いかなって思いましたね。でも違いはそれくらいですね。

それでは残り3日間。まだ行ってなくて、心残りな場所はありますか。帰国までにここだけは行っておこうと思う場所は。

渡辺 でも、ベタな観光はまったくしてないんです。ここ(タイムズスクエア)もあんまり来てなくて。セントラルパークも、自由の女神も(行ってい)ないんです。

エンパイア・ステート・ビルは…。

渡辺 どれがエンパイア・ステート・ビルか分かんないですもん。

マディソン・スクエア・ガーデンは…。

渡辺 まじそ…。公園か何かですか?

じゃあ、ブルックリンブリッジから川を挟んでマンハッタンを眺めるのはどうでしょう。

渡辺 あ! それはちょっと見たいなって思いますけど…。

けど…。

渡辺 あの橋デッカいじゃないですか。歩くのがちょっとめんどくさい…。

じゃあ、フェリーに乗って自由の女神に行くとか。

渡辺 いやー、めんどくさいですねー。

でも、セントラルパークは行きましょう。僕たちがお連れします。

渡辺 ほんとですか?

あきらかにめんどくさそう(笑)。言わなきゃ良かった。

渡辺 だって、行ったら「これがセントラルパークですよっ!」って言いますよね。

もちろん言います。ドヤ顔で言いますね。

渡辺 そうすよね。そうなったら「もっと、早く来ればよかったぁー♡」とか言わなきゃいけないわけじゃないですか。

そうですね。もちろん言ってください。

渡辺 そうなったら、やっぱキツイっす。(笑)

結局、ニューヨークじゃなくても良かったんじゃないですかっ!

渡辺 あははは! 結局、そうかもしれない。(笑)

それでは最後に、在米の日本人読者にメッセージをいただけますでしょうか。

渡辺 異国の地で生活する大変さが身に染みて分かりました。アタシはたった3カ月ですけど、3カ月ですごくつらい時もあったので。なので、日本人の皆さん、手を取り合ってお互い助け合って頑張って生活してほしいなって思います。渡米前は英語を学ぶためにも「日本人同士でつるまない方がいいよー」って言われてたんですけど、でも、無理ですね。やっぱり同じ日本人同士で一緒に助け合っていかないと。甘えなきゃいけないところはしっかり甘えるべきだと思うし。皆さん頑張って素敵なアメリカンライフを過ごしてほしいなと思います。

今のお気持ちは、「もう少しいたいなぁニューヨーク」と「早く帰りてぇなぁ東京」と、どちらでしょう。

渡辺 うーん…。昨日までは、やっとエンジンがかかってきて、もっと勉強したいな、もっといろいろと感じたいなって思ってたんですけど。やっと一人でレストランも行けるようになったし(笑)。でも、今、こうやってインタビューで話してて、早く日本に帰りたいんだなアタシって思いました。早くみんなに伝えたい。早く自分を試したい。日本に帰って、どう変わったのか、その自分を見てみたくなりましたね。

 

★ インタビューの舞台裏 → ameblo.jp/matenrounikki/entry-11904584889.html

 

(写真撮影:鈴木貴浩)

 

渡辺直美(わたなべ・なおみ) 職業:タレント
1987年10月生まれ。茨城県石岡市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシーによるタレント養成所、NSC東京校の12期生として入学。同期とコンビを組んでいたが、2007年に方向性の違いから解散し、ピン芸人としてデビュー。今田耕司一押しのお笑い芸人として、人気番組「さんまのまんま」でビヨンセのモノマネを披露し、一気に話題を集める。08年には「笑っていいとも!」14代目いいとも青年隊として「いいとも少女隊」を結成し、さらなるブレークのきっかけに。現在は、芸人としての活躍の傍ら、ぽっちゃり女子向けファッション誌「la farfa(ラ・ファーファ)」のモデルを務め、ことし4月からファッションブランド「PUNYUS/プニュズ」も設立。映画・ドラマへの出演も積極的に行い、活動の幅を次々と広げている。
公式ブログ:blogs.yahoo.co.jp/watanabenaomi_blog
フェイスブック:www.facebook.com/watanabe.naomi703

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2014年8月9日号掲載)


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