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ニューヨークのイマを知る情報サイト

インタビュー 川井郁子

バイオリンは自分の一部
感情を表現する最高の楽器

「ガチ!」BOUT.40

 

川井郁子

世界中の音楽家が憧れるクラシック音楽の殿堂、カーネギーホール・ザンケルホールで先月、コンサートを行ったバイオリニストの川井郁子さん。米国デビューとなる今回のコンサート。その前日に本番での演奏、ニューヨークでの思い出、今後の活動などについてお話を伺った。(聞き手・高橋克明)

 

NYでの初コンサートをカーネギーホールで開催

本番を明日に控えて、お時間を取っていただきありがとうございます。

川井 いいえ、とんでもないです。

1週間前にはもうこちら(ニューヨーク)に到着されていたと聞きましたが、ずっとリハーサルの毎日という感じですか。

川井 いいえ、そんな事も。遊んでたわけでもないんですけど(笑)。自己調整とかですね。時差を当日までに調整できていないと、(演奏中)人の手みたいになっちゃうんですよ。1週間でもぎりぎりな感じですねー。

いよいよ明日ですが、お気持ちはいかがですか。

川井 そうですね。気持ちが高まってる部分と、緊張でまだ硬い部分と両方ですね。普段のコンサートだと全然緊張とかしないんですが、今回は初めてのニューヨークという事もあるのかな、何ともいえない、そんな二つの気持ちが両立しています。

普段、日本でのコンサートは緊張しないんですか。

川井 しないんですよね、全く。普段と同じ、いつも通りの精神状態で(ステージに)上がれます。だから(緊張している)今回は久しぶりの感覚だなって。当日(舞台の上で)自分がどんな感じになるのか、楽しみでもあるんですけど。

それはやはりカーネギーホールが特別な場所だから、という事もあるのでしょうか。

川井 そうですね。カーネギーホールって世界のひのき舞台の象徴というか、そういう意味でバイオリンを始めた6歳からとは言いませんが(自分の中では)特別な場所でしたね。

クラシックには全く明るくないんですが、6歳からバイオリンを始められたというのは早いんですか、それとも遅いんでしょうか。

川井 早くはないと思います。どっちかっていうと遅いかもしれない。ピアノは4歳から母の勧めで始めてたんですね。で、バイオリンはラジオから流れてきた音楽と出合ってそこから自分でやりたいって。それが6歳の時だったんです。

6歳の時にラジオから流れてきたバイオリンの音が、きっかけっていうのはかっこいいですね。…6歳といえば僕はひょうきん族とドリフに夢中でした。

川井 笑・(無視して)その最初に出合った音がアイザックスターンのバイオリンの音だったので、カーネギーホールはアイザックスターンの場所でもありますし、そういった意味でも、今回(その舞台に立つの)は本当に何ともいえない気持ちなんですね。

素人の勝手なイメージなんですが、バイオリンって一番難しい楽器と思っちゃうんですけども。

川井 実際そうだと思います。(やり始めて)音が出るまで一番(長い)時間が必要な楽器じゃないかな。

今までやめよう、やめたいって思った事は一度もないんですか。

川井 私は1回もないんですね。何よりもやめるって思う事の方が怖いです。もう、自分の一部になっちゃってるから。それにバイオリンをやりたいって思ってから、実際に買ってもらうまで半年くらい粘ってやっと買ってもらったんです。だからバイオリンが手に入った時にすごく神々しいものに見えて、最初から夢中になれたんですね。バイオリンを弾いて音を聞くだけで寂しさとか慰められてきたから。

川井郁子バイオリンの魅力を言葉で言うとしたら、何でしょう。

川井 いっぱいありますけど、バイオリンの音って人の声に一番近いって言われているんですよ。ですから非常に感情を表現しやすい楽器なんですね。その上で、こう体に密着して演奏する。自分を表現するのにこれ以上の楽器はないと思いますね。どうしてもクラシックっていうイメージが強いんですが、歴史的に見てもタンゴやジプシー、あとカントリー・ウエスタンとかいろいろなジャンルで幅広く使われてきたし、同じ楽器でこうもいろいろな顔を持つっていうのは他にはないかなって思いますね。

なるほど。でも正直なところ、バイオリンはクラシックのイメージが強くてどうしても敷居が高いと思っちゃってしまうんですね。何か襟を正してちゃんと聴かなきゃいけないんだっていう…。

川井 うーん、でも私たちからすると、それは残念だなーと思いますね。お客さまがこう構えて緊張されると、こっちもなかなか心が開いていかない部分もあるので、もっとこう気楽に普段の気持ちのまんま来てくれるとうれしいなって思います。特に私のステージはよりタンゴに近い情熱的な音色とかクラシックとは少し違うオリエンタルな世界観が持ち味だったりするので。

じゃあ、明日は気楽に伺っていいわけですね。

川井 もちろんですよぉ。(笑)

ジーンズで行っても。

川井 もちろん、もちろん。(笑)

では、明日のコンサートの見どころを教えてください。

川井 皆さんの気持ちの中にある情熱的な場所の扉をノックするように、そんな音楽になるといいなと思います。これまでになかった、アジアのにおいのする新しいバイオリンを感じていただけたらと思いますね。アジアのバイオリニストが弾くと、こんな新しい世界もあるんだっていうのを感じてもらいたいです。特に今年は「源氏物語」ができて、1000年を迎えるんですね。源氏物語をモチーフにした曲をそれと一緒にビジュアルでも楽しんでもらえるステージにしています。

頻繁にニューヨークには来られるとお聞きしましたが、

川井 すごく好きなんです、ニューヨーク。あらゆる物が存在している街だと思うんですよ。そういうところは私の音楽にも通じるなって。この街にいると自分の中にあるアジアの部分、日本の部分を逆に強く感じたりします。今回のコンサートもここだからこそ「表現したいな」って思いが強くなるのかもしれない。

読者にメッセージをお願いします。

川井 やっぱりニューヨークって上を目指すとか、何かをゲットするとかそういうイメージが世界で一番強い街であるとも思うんです。(在ニューヨークの)日本の方もエネルギーのある人が多いと思うので、明日のコンサートは、私もそのエネルギーにあやかりたいですね。(笑)

最後に川井さんがされている、マザーハンド基金についてお聞かせ下さい。

川井 立ち上げてまだ2年くらいなのですが、難民キャンプに参加させてもらったり、チャリティーコンサートを毎年開いたりしています。今回のコンサートの収益金も、すべてアフリカの難民の子供たちに行く事になっているので、そういった意味でも意義の深いコンサートですね。

チャリティーに関しては昔から考えられていたのでしょうか。

川井 いやいや、娘を出産してから、すべての意識がまるで変わってしまって、それまではバイオリンは自分を表現するためだけに与えられたという意味を持っていたんですが、それに加えて、もっと別の使命もあったんじゃないかって考えるようになったんですね。音楽を通して世界の恵まれない子供たちの力になりたいなと、実際に自分から働きかけるようになりました。

川井さんにとって出産はすごく大きな事だったんですね。

川井 そうですね。今まで生きてきた中で何にも比較にならないくらい大きな出来事でした。

川井郁子

◎インタビューを終えて お会いした時ももちろんきれいな方だなとは思いましたが、幻想的な衣装をまとった演奏中の彼 女はこの世のものとは思えない、見とれるほどの妖艶(ようえん)さでした。途中、照明が二度にわたり、大音響で割れるというハプニングもありましたが、幼 少のころから生活の一部だったというバイオリニストとしての彼女のプライドは割れた電球ごときでは微動だにせず、そのまま演奏しきって喝采(かっさい)を 浴びていました。ご本人がおっしゃっていたようにシンプルにとっても楽しめたコンサートでした。ただ川井さん、やっぱりジーンズは僕ぐらいでした。(泣)

 

川井郁子(かわい いくこ) 職業:バイオリニスト・作曲家
香川県生まれ。東京芸術大学卒業。同大学院修了。大阪芸術大学(芸術学部)教授。バイオリンのソリストとして、国内外のオーケストラと多数共演。作曲家としても才能を発揮し、テレビやCMなど映像音楽の作曲も手掛ける。独自の音楽世界や表現世界を持ち、舞踊劇・音楽劇への出演や、オリジナルステージ「Duende」のシリーズ化など、活躍の幅を広げている。また「川井郁子 Mother Hand 基金」の設立や、日本UNHCR協会評議員を務めるなど、社会奉仕活動にも積極的に参加している。公式サイト:www.ikukokawai.com

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2008年11月8日号掲載)


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