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インタビュー 冴木杏奈

大切なのは聴いてもらいたい「想い」

「ガチ!」BOUT.36

 

今春、国際交流基金の助成金ツアーでワールドツアーを果たし、アルゼンチン、ブラ ジル、ロシア、フランス、中国、ハワイで大絶賛されているタンゴ 歌手の冴木杏奈さん。7月には、本場、ブエノスアイレスのラファルダ・タンゴフェスティバルでタンゴに貢献した20人に贈られる賞を日本人で初めて受賞し た。コンサートを行うため、NYを訪れた冴木さんに、最近の活動や、8度目となるNYでのコンサートについてお話を伺った。 インタビューは2年ぶり2回目。(聞き手・高橋克明)

 

9.11チャリティーの思い出の地でNY8度目1年ぶりのコンサート 

杏奈さん、ご無沙汰しております!

冴木 はい(にっこり)、2年ぶりくらいですね。お元気でしたか?

はい、なんとかやっています(笑)。今日はお時間を取っていただきありがとうございます。あのー、いきなりの質問なんですが、デビューされた当時から、ここまで“冴木杏奈”はビッグになるって思っていましたか?

冴木 (笑)。そうですね、昔から海外でコンサートをするっていうのは夢でしたから。

というか、杏奈さんは本場アルゼンチンでも国立タンゴアカデミーに正式に招待されたり、アジア人として初めて「タンゴに貢献した20人」にも選ばれたりしたわけですよね。それってデビューの時点で想像ついてたのかな、と。(写真はその時の記念トロフィー)

冴木 正直、(想像が)ついてはなかったですけど…。でも、これからですよね。素晴らしい賞をいただいたり、いろんな国で評価をしていただいたり、すごくありがたいなあとは思うんです。ただこれで満足、これで最高っていうのはやっぱりいつまでたってもないと思うんですね。

まだ先に最高点があるんじゃないか、と。

冴木 もちろん。例えばこの世界では、もう何十年も歌われてたり、演奏されてたりする人がたくさんいるわけですよ。わたしの尊敬するレオポルド・フェデリコさんっていうマエストロの方ですが、今年、彼はもう82歳になるのかな、いつも腰が痛い、腰が痛いって言ってますけど、ステージに立つと別人のようなんです。そんな方たちを見ると自分はまだまだだなあって…。ホントにまだまだ。もっと頑張りたいなって思えるんですよね。

そして、最高の賞をいただいたからこそという気持ちもあるのでしょうか。

冴木 そうですね。いただいた事はすごくありがたくて、とても、感謝ですよね。でも何て言うのかな、大切なのは(例えば賞という)形でなくて「想い」だと思うんです。自分の歌に対する、タンゴに対する、音楽に対する愛。もっと歌を愛して、もっとタンゴを愛して、その愛する音楽をお客さまに聴いてもらいたいという思い。やっぱり自分の音楽を心の底から愛してないと人には絶対伝わらないと思うんですね。キレイごとに聞こえるかもしれないけどわたしは本当にそう思ってるんです。

その気持ちが歌に伝わっているからこそ、観客も感動するというか…。

冴木 だから、もしわたしが天狗(てんぐ)になったら、きっと歌が変わっちゃうと思うんです。そうはなりたくない。経験を積んで得た自信とおごってしまう気持ちは絶対違うと思うから。

今までさまざまな国で舞台を踏んでこられた経験も杏奈さんの中では大きな自信になってるわけですね。

冴木 なってますね~(笑)。ブエノスアイレスなんかは何回コンサートしても、いまだにすごい街だなって思っちゃいますね。時間がないからっていきなりリハーサルなしで、はい本番です、みたいな(笑)。初めて組むバンドで、ですよ。

ええーー。

冴木 他の国ではありえない(笑)。でもあそこの国ではありえちゃうんですよ。だからって、スイマセン、できませんとは言えないですよね。きっとアルゼンチンの人たちはそうやって歌ってきた人たちがたくさんいたんだろうなぁって思うと日本の常識とかを持ってきても意味ないんですよ。それを乗り越えてかなきゃいけない。そのうえで最高のパフォーマンスを見せなきゃいけない。そういう意味では鍛えられましたね。ある意味強くなれた気がします。何でも来いっていう度胸がついたかな。(笑)

……。すごいな、ブエノスアイレス。

冴木 他にはね、

他にも(笑)

冴木 他にも(笑)。違う日にはリハーサルが(ちゃんと)あって、ほっとしてたら、途中で音がなくなっちゃたり。

本番中にですか。

冴木 本番中に。

(笑)どうされたんですか。

冴木 歌わなきゃしょうがないですよね。自分を信じて、歌うしかない。

はー。でもリハーサルがなくなったり、バックミュージックが途中でなくなったりしても、それでも歌いあげるのはやはりタンゴ歌手としての杏奈さんのプライド…といったら安っぽく聞こえるかもしれませんが。

冴木 プライドもなにも全部どっか行っちゃって、ああ、やるしかないんだなって感じです(笑)。すぐそこに何千人のお客さまが待ってるわけですから。表現する側の責任といっていいかもしれない。

2年前のインタビューをさせていただいた時にも感じたんですけど、舞台の上を拝見させていただいた時と、こうやってお話をされている杏奈さんと全く違う感じなんですよね。

冴木 あははは、そうかもしれないですね。

今、こうやって話されている杏奈さんはとても気さくで優しい空気で、でも一度舞台に立つとすごいオーラというか迫力があって。すべてのエンターテイナーの方はそうでしょうけど特に杏奈さんにはそのギャップを感じます。

冴木 意識はしてないんです。してないんですけど、実は私はすごく緊張するタイプなんですね。20年舞台を踏んでもそれは変わらなくて、本番前はもう大変なんです。

前回のインタビュー時にも緊張して大変っておっしゃってましたけど、その後ステージを拝見させていただいたら、うそばっかりって思ってたんです。

冴木(ステージをご覧になった)みなさん、そんな感じで信じてもらえないんですよ(笑)。でも舞台袖に出てくるその時までは深呼吸、深呼吸って。で、舞台に立った瞬間何かのスイッチが入るのかな。もう逃げ場のない、逃げる事の出来ない何かがそこにはありますね。なんていうか、こう自分であって自分じゃない、その歌を表現して伝えるためだけの人間になれるんだと思います。

どちらが本当の杏奈さんですか。

冴木 どっちも。

(テーブルに置かれたブロンズ像を指差して)こんなのもらっても緊張はするんですね。

冴木 どんなのいただいても(笑)。大きいステージであっても小さいステージであっても。今回のラファルダっていうアルゼンチンのフェスティバルでは6000人埋まったのかな。その時の止まない拍手はうおーって感じで、やっぱり感動モノでした。だけども、もしお客さんが10人だとしても私の歌に対する気持ちは変わらないし、歌に対する気持ちが変わらないという事は緊張するってことも変わらないと思うんですよね。

なるほど。あの、世界を飛び回ってらっしゃいますが、体調管理に関して日ごろから気をつけられている事はありますか。

冴木 やっぱり乾燥が一番怖いですね。だからいつも携帯用の小さな加湿器を持ち歩いたり、黒豆とカリンのハチミツ漬けを持ち歩いたり。環境の変化は喉(のど)にきますから。あと、睡眠は大きいですね。取れるときは8時間取ります。取れない時も多いですけどね。この仕事だとどうしても夜中までステージがあったり。だから寝るときはしっかり寝るように。それと体形維持のためにどんなに遅く帰ってもストレッチをしてから寝る、という事。やっぱりステージに立つ人間として最低限の努力は日々していかないと。大変ですけどきれいなドレスをいくつになっても着られるようにしておきたいんですね。

どの業界に限らず一流と言われている方はみなさん陰での努力がすごいですよね。この連載を始めてあらためてそう感じました。

冴木 日本でも若い子たちの間では「頑張る」とか「努力」って言葉が格好悪いなんて言われたりしてますけど、でも人間って努力したり頑張ったりするからいいんじゃないかなって思うんです。アルゼンチンの70代、80代のミュージシャンたちを見てたら、こういうふうに年を取っていきたいなって勇気をもらえるんですよ。いま、出来る事を精一杯やって、明日に繋げたいなって思えるんですね。

世界中でコンサートをされている杏奈さんですがニューヨークは今回で通算8回目となります。ニューヨークのお客さんはどうですか。

冴木 いいですね、とっても。反応が温かいのでとっても熱の入ったコンサートになりやすいです。やっぱり、ここは海外のコンサートを最初にした土地ですから。ここに来るといつも原点に戻ってきたなって感じがします。(ショービジネス界では)アメリカが一番厳しくって特にニューヨークはお客さんが面白くないと途中で帰っちゃうとか聞いてたので最初はどうしよう、どうしようって怖かった思い出がありますね。おかげさまですっごく盛り上がっていただいて、次はいつ来ますかってお声をかけていただいたのでよかったなーって。

今回のステージの見どころというか、お客さんにはどういったところを感じて欲しい、聴いて欲しいですか。

冴木 そうですね、全部かな。見て、聴いて、すべて五感で感じ取って帰っていただけたら、言う事ないです。楽しんでもらえたらそれだけでわたしは幸せだなって思います。

最後に読者に向けてメッセージをお願いします。

冴木 はい。今回はテロの時以来の会場ですから、そういった意味ではすごく思い入れの深い場所に、そこにまた新しい形で戻ってこれる事にとてもうれしい気持ちでいっぱいです。みなさまに愛する歌をお届けしたいなと思っています。

最後の最後の質問です。もし生まれ変わってもこの職業を選ばれますか。

冴木 もちろん! 歌ってる人間になりたいですね。うん、そうなっていたいです。

◎インタビューを終えて

インタビュー翌日、全く違う場所で全くのプライベートにばったりとまたお会いしました。「なんていう運命的な! やっぱり僕と杏奈さんは赤い糸的なもの で…」と言うと「はい、そうですね」とさらっとかわされました。さすが大人の対応(笑)。冴木杏奈さんに限っては、もう会場に足を運んでいただくのが一番 いいかと思われます。一度舞台を拝見させていただいただけですっかり大フアンになってしまった僕はタンゴファンのみならずすべての音楽ファンに強くオスス メします。

冴木杏奈(さえき あんな)

職業:タンゴ歌手

北海道旭川市出身。1987年「ミスさっぽろ」をきっかけに、タンゴ歌手としてデビュー。実力を認められ、アルゼンチンでのレコーディング、数々のメディア露出、日本ではアルゼンチン屈指のバンドとともにタンゴツアーに参加、女優、司会などでも活躍ラテンブームの火付け役としてオルケスタデルソルのソロボーカリストとしても活躍後、現在はタンゴ界のトップアーティストとして、日本はもとよりアメリカ、ヨーロッパでもコンサート活動中。99年5月ニューヨークのライブハウスS.O.B.sにて、初の海外ライブを行う。以後、パリ、ロサンジェルス、ロンドン、ハワイでのコンサートを開催、成功させる。今年2月ブエノスアイレスでの国際交流基金助成ツアーを皮切りに、ベルリン、モスクワ、パリを回り、4月には中国、ハワイでのコンサートを行った。ニューヨークでのコンサートは9回目となる。

■メモ アルゼンチン南部のコルドバ州にある保養地ラ・ファルダで毎年開催される「ラファルダ・タンゴフェスティバル」。ことしは7月18~20日にカルロス・ガルデル講堂で開催された。25周年の記念のイベントとしてタンゴに貢献した功績をたたえ20人に、写真のトロフィーを贈呈。冴木さんは、日本人として初めての受賞者となった

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2008年10月18日号掲載)


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