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ニューヨークのイマを知る情報サイト

インタビュー 吉田兄弟

点で終わりたくない米国ライブバンドを引き連れて演奏を

「ガチ!」BOUT.23

 

 

アメリカデビューから早5年。世界へ向けて発信し続けた津軽三味線の集大成となるアルバム「BEST OF YOSHIDA BROTHERS」を引っ提げ、北米・カナダツアー(9都市12公演)を行った吉田兄弟。5月28日のニューヨークでのコンサート前に、今までの活動を振 り返るとともに、今後の展望について話を聞いた。(聞き手・高橋克明)

 

北米・カナダツアー(9都市12公演)
5月28日・NYで5回目敢行

2003年のアメリカデビューから5年。今年が一番公演数の多い米国ツアーとなりますが、手応えは。

吉田良一郎(以下・良) 正直な話、本当にいい意味でこの国で演奏することに慣れてきたので、僕的には今回のツアーがベストです。これまでは日本とのギャップを感じつつ、演奏トラブルとかもあったんですけど。今回は、身体も時差も含めて、いい形でツアーに取り組んでいるかなあ、と。気持ちよく演奏させてもらっています。

なぜアメリカでのコンサートを続けているのですか。

 やっぱり津軽三味線の、日本の楽器の素晴らしさを、世界のみなさんに聴いてほしいと言うのがその第一歩ですよね。CDでは伝わらないこともあるので、ツアーで生の音を聴いてほしい。僕たちはCDより演奏だと思ってるので。

喜多朗さんのように海外で賞を獲った日本人を目指す所がありますか。

 そうですね。喜多朗さんとお会いしたときにグラミー賞の話が出まして、「次は君たちだよ」みたいなことを言われましたね。「続いてよ」と言われて、がんばらなきゃな、と(笑)。グラミー賞は、正直やっぱり欲しいですよね。アメリカで何らかの形で自分の名前を残したいっていうか。世界に発信したい。世界中の人に「三味線がグラミー賞獲った」と。

クラシックな津軽の曲からファンキーな演奏などさまざまな試みをされていますが。

吉田健一(以下・健) 実はアメリカでは、僕たちがやりたいことはほんの少ししか出来てないんです。日本ではバンドを引き連れてやっているのでそういうふうにやりたいですね。

 正直まだまだなんです。曲も含めて、やりたい曲が出来てないんです。早くそれを少しでも海外で演奏してみたいというのはあります。日本のようにとまでは行かなくても、日本の半分くらいまでできれば嬉しいですよね。

今回パフォーマンスされる曲のセレクションはどのようなものですか。

 こっちの人はビートな感じの曲が好きなので、あまりクラシックにしないようにはしています。やはり、日本のいわゆる侘び・寂びをどこまで理解出来るかっていうのは非常に難しい所ですので。また今回はDJも入っていて、日本とは違いますね。

お客さんの反応も違いますか。

 そうですね。お客さんの層も結構違いますからね。こっちで任天堂WiiのCMで使われた「鼓動」とか、分かり易い曲だと反応ばっちりですね。

 (アメリカは)曲ごとの反応がすごく違いますね。好き嫌いがはっきりしてます。日本人は万遍なく拍手しますから。

アメリカの公演で何か気を遣っていることはありますか。

 クラシックの曲でも、気持ちをこめてしっかり弾いて、ばちっと合うと反応は違いますね。中途半端にすると合わないんですね。少しオーバーなくらいぐっといかないと。

今ツアー後の展開は。

 日本で自分らデビューして10周年なんです。それで、日本で大きなツアーが待っています。それとまた新しくロスでレコーディングをしたCDが日本で秋頃、アメリカでは年明けくらいに出る予定です。

ロスのレコーディングでは、スタッフ間できちんと分かり合うことができるのですか? 音の刻みとか力の入れ具合とか違うのでは。

 けっこう葛藤はありますよ(笑)でも、そういう新しい要素を求めているっていうのもあるんです。結局は自分たちのやりたいことをそのまま、言いたいことを形にする必要はないんですよ。それをあえて違う方向に持っていこうとする、その力が必要だったりするので。

お二人にとっての津軽三味線という存在と、ニューヨーク、アメリカという存在を表現してください。

 昔は津軽三味線を一楽器として見ていたんです。でも最近はちょっと違ってきて、自分を表現するのに一番適している、と思っています。吉田良一郎、吉田兄弟っていうのを示して行けるのは、この津軽三味線を通してだと思っています。もう言葉じゃないんです。演奏した方が絶対早いんです。そして日本の素晴らしさを世界中に知って欲しい。だから、こうやってアメリカの大都市で演奏できるっていうのは本当に幸せなことだと思います。津軽三味線無しには、僕はここにはいないです。

 ニューヨーク、ロスに限らず、はっきり言って州が違えば国も違うような場所じゃないですか。やっぱり、数をこなすことが凄く重要なんじゃないか、と。まず足を運ぶっていう事の重要性はすごい今感じてるんですよね。だから1年1年必ずここに来てっていうのはそういう意味があるんです。ニューヨーク、ロス、サンフランシスコのようにずっと続けてやっている場所が、少しずつ増えてくれればいいな、と。今回は新しい街としてシアトルや他の新しい町もいくつかやっているので、それが点で終わらないように。ちゃんと結べるようにしたいなとは、と思います。

◎インタビューを終えて

日本のアーティストが、アメリカでパフォーマンスをして世界に一歩踏み出す。ちょっと前までは、それだけでも凄いことだったような気が…。彼らはそれを5年間続け、LAでレコーディングし、CDまでも発表。アメリカでの活動を「点で終わり」にすることなく続けている。NYライブを終えて、「(良)一安心しました。毎年来ていますが、やはりここは緊張する土地ですね。でも、今回がいままでのNYライブの中で、一番盛り上がった気がしました」、「(健)「鼓動」が始まったとたんからお客さんから声が上がり、とても嬉しかったです。次回もまた新しいことにチャレンジし、お客さんを盛り上げたいと思っています(注「鼓動」はWiiのCM使用曲)」と、アメリカでの活動を続けて行くことを力強く語ってくれました。想い、行動し続けること。とてつもない大きな夢ってこういうふうに実現していくものなのかなと実感しました。来年もこの街で待ってます!

吉田良一郎、健一(よしだ りょういちろう㊨、けんいち㊧) 職業:三味線奏者

北海道・登別出身の兄・良一郎と弟・健一の三味線デュオ吉田兄弟は、ともに5歳より三味線を習い始める。幼い頃から頭角を現し始めた兄弟は、その独特の演奏スタイルとジャンルにこだわらない自由な発想で、現在のミュージックシーンに多大な影響を与えている。1999年のメジャーデビュー以来、三味線の伝統を守りながらも、常にオリジナリティを追求し続けている。2003年米国デビューを果たし、翌年MLB開幕戦ではオープニングセレモニーで演奏した。その後も米国のみならず、ソウル、スウェーデン、香港、スペインなどでも演奏を続けている。公式サイト:http://yoshida-brothers.jp(日本)

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2008年6月15日号掲載)


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