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インタビュー 中村勘三郎

特別でない、面白ければいい

「ガチ!」BOUT. 8.9.10

 

 

3年振りとなるニューヨーク公演のため来米した歌舞伎俳優、中村勘三郎さん。上演2日前、リンカーンセンターの楽屋で息子の勘太郎さん、七之助さんと共にインタビューに答えてくれた。(聞き手・高橋克明)

 

ニューヨークで歌舞伎の新天地を開く

いよいよ明後日(7月16日・月)の公開と迫りました。今のご心境はいかがでしょう ?

勘三郎 3年前ここ(ニューヨーク)で中村座を建ててやらせて頂いた時はどうなるか全くわからなかったわけじゃないですか。一言で『(ニューヨークに)歌舞伎を持っていく』っつったって普通はいわゆる古典のね、一個一個の狂言なんですね。今回のような通し狂言ってなかなかないんですよ。でも前回はおかげさまで、かなり喜んで頂いたので今回に繋がったわけですけど。喜んで頂いただけに今回逆にどうなるか、緊張ですね。

勘太郎 僕は今回初めて参加させてもらいますが率直に楽しみです。『法界坊』は平成中村座を東京で建てた時に初めて演(や)った芝居ですのでそれをニューヨークのお客様がどう観てどう感じていただくか、期待が高まっています。

七之助 僕は緊張感と楽しみな気持ち両方が入り混ざっている感じですね。

初日の『連獅子』は海外で3人揃って演られる初めての記念すべき演目という事ですが。

勘三郎 あのねぇ、私と父との初めての海外公演の演目も『連獅子』だったんです。今からだから32年前かな、20歳の時ですから。ビーコンシアターで。メトロポリタンオペラハウスはその後だから。古い小屋ですよね、ビーコン、今でもあるでしょ。そのときロバート・デ・ニーロも観に来てくれてね。だから父との思い出もある分、ニューヨークって特別な街なんです。今度は一日だけですけれども私が親獅子になって、ね。

 

3年前の公演は大盛況でした。

勘三郎 今回は『法界坊』という非常にアナーキーな芝居なんですよね。もぉ~、ブラックユーモアだらけというか。それをどういう風にこちらの人がとってくれるのかが鍵ですねえ。(主人公の)法界坊というのは基本的に友達がいないんですよ。悪い奴だから(笑)。一人でいつもぶつぶつしゃべってる。シェークスピアにしても独白が多いでしょう。

その独白を英語で演ってみようって思ったんです。いわゆる言葉のキャッチボールじゃなく心の声だけを英語でやってみる。それが歌舞伎じゃないっていう人がいたら、またそれはそれだしさ。でも、どうなるか楽しみですね。

声の出し方とか違いはありませんか。日本語と英語と話すのでは…。

勘三郎 (いきなり日本語と英語で見得を切って実際に見せてくれる)同じでしょ?(笑)。やってみると全然違わないんですよ。普通の歌舞伎に対する概念みたいな物だけでなく、そうじゃないものもあるんだよっていう、今回はそれを見せたいと思ってるんです。それと江戸時代からある歌舞伎ですが、“世話物”って言って、本当(の意味では)、外国にはまだ持っていってないんですよ。だからこの『法界坊』を持って来たというのはある意味、大冒険。全く違う物をあえて持ってきたっていうのは俺の挑戦なんだよ。

寝言も英語で出るほどかなり勉強されたとか。

勘三郎 よく出たねえ(笑)。大変でしたよ。もぉ、まあへたくそですけれど一生懸命しゃべってればわかってくれるような気がするんでね。

お父様が英語で挑戦されるのを横でご覧になっていかがでしたか?

七之助 今回は(僕たちは)必要なかったので(笑)

勘太郎 今回成功となるかどうかまだわからないですが、歌舞伎を全部英語でやるのは面白いんじゃないかなと思います。その時は勉強します(笑)

今回は演出家の方が別にいらっしゃると聞きました。

勘三郎 串田監督という演劇ではもの凄い方ですから。歌舞伎という物は元来演出家をつけない物です。でも、もう一つ、いつもじと違う所から光を当てる、いつもじゃない所から串田さんの見つめる目を当てていく、それが非常に面白いですよね。僕たちからしても新鮮なんです。この間ね、セントラルパークでやってるロミオとジュリエットを観に行ったんですよ。びっくりしたのが先月、串田さんの演出で日本でやったような事をね、同じ事やってるんですよ。池を実際に創ったりそこにかけた橋が回ったり。世界中、面白い発想は歌舞伎であろうとシェークスピアであろうと同じようにやってるんだと。それは凄く嬉しい事ですよね。

歌舞伎というだけで背筋を伸ばして観に行かなければいけない、そんなイメージが確かに今までありました。何か崇高な物をみるような…。

勘三郎 江戸時代にそんな勉強して観に来る客なんて一人もいないもん(笑)! (今回の公演も)歌舞伎を特別な物としてとられるのが嫌だという僕の一連の動作なんです。特別ではないんだ、と。面白ければいいんだ、と。昔の民衆が熱狂した地べたの物なんだっていう気持ちを忘れたくないですね。先日の日本公演では椎名林檎さんの歌とエレキギターを入れたんですけど、もーう、賛美両論(笑)。良いって人と良くないって人と。「なんで歌舞伎なのにエレキギターなんだ」って(笑)。でも、いいじゃないかって、江戸時代にエレキがあったら使ってるっつうの! だからどうぞ、(今回の公演も)勉強しないで、“感じ”に来てください。

今回どういった所をニューヨークの観客に感じて頂きたいですか。

勘三郎 今、父が言ったように特別な物として構えるのではなく、その『法界坊』という世界に入って頂いて、いつも通りな感じで楽しんでほしいですね。

七之助 こっちの人って面白ければ映画館でもミュージカルでも声に出して笑うじゃないですか。歌舞伎だって静かにしなきゃいけないとかじゃなくて、笑っていいんですよ。笑ってもらうと役者もうれしいです。

勘三郎 前回はスパイダーマン(の格好をしたファン)が来てくれたんだよね。中村座の周りを敵だって。うれしかったね~。そうやって(競合が)認めてくれるのはアメリカならではですよね。つくづくあの時は皆さんよく観てくださったんだなと思いました。

最後に、やはり勘三郎さんでも舞台前は緊張されるものなのですか?

勘三郎 当っったり前ですよ!! そりゃあ、もう。英語でじゃべるんだよ。やんなきゃよかったって思うけどさ(笑)。でも、もう言っちゃった以上ね、やんなきゃしょうがないわけ。

時には実際に見得を切ってくれ、終始熱く語ってくれた勘三郎さん。第一人者となっても挑戦を忘れたことがないという。

中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう)
初代勘三郎は、1598年に生まれたとされている。大蔵流の狂言の芸を身につけたのち、歌舞伎に転じる。道外的な役どころの〈猿若〉の芸を得意とし、京から江戸に下り、1624年に中橋南地(現在の日本橋)に猿若(中村)座の櫓を上げた。これをもって江戸歌舞伎の発祥となった。現・中村勘三郎は、十八代目。その息子に勘太郎・七之助がいる。

■平成中村座NY公演「演目:法界坊 隅田川続俤(串田和美演出)」

浅草聖天に住む破戒僧の法界坊は、釣鐘建立の勧進をして回っているが、集めたお金で女道楽と飲み食いに明け暮れているような生臭坊主。ほれている永楽屋のお組を口説こうとするが相手にされない。お組は手代の要助と深い仲。法界坊は、要助とお組の仲を裂こうと悪巧みをするが、道具屋の甚三郎にやりこめられてしまう。お組を誘拐しようとするが、失敗。次に野分姫をものにしようとするが、これも失敗。姫を腹いせに殺してしまう。甚三郎は、要助とお組を都へ落ち延びさせ、法界坊を切り殺す。だが、亡霊となって執念深く甚三郎につきまとう。隅田川の渡し場で法界坊と野分姫の合体霊が現れ、要助とお組を悩ませる。観音像を向けると、合体霊は苦しみはじめ、本性を現す…。
期間:7/22(日)まで、会場:Avery Fisher Hall(リンカーンセンター)

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2007年7月14日掲載)


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