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ニューヨークのイマを知る情報サイト

インタビュー フジコ・ヘミング(1)

ピアノは魔法 絵画は音色

「ガチ!」BOUT.59

 

 

国際的に活躍するピアニスト、フジコ・へミングさんがきたる18日リンカーンセンターでリサイタルを敢行する。実に8年ぶりとなるNY公演を前 に、フジコさんにEメールでインタビュー。激動の人生を送ってきた「生ける伝説」フジコさんにとって、ピアノとは、そして音楽とは。(聞き手・高橋克明)

 

8日リンカーンセンターでピアノリサイタル NYでの演奏と人生への思い

今回のニューヨーク公演に向けて、今の率直なお気持ちを聞かせてください。

フジコ この2、3日パリが東京の夏のように暑く何も手につかなかったので、ニューヨークはこんなでないことを願っています。暑いと頭がスムースになりませんから。

7月のロサンゼルス公演を終えて、感想はいかがでしょうか。

フジコ 私のコンサートでソロの場合、小さめのホールで行った方が効果がずっとあるので1万人集まる大ホールなどで行うコンサートは今後控えたいと思っています。先日のロサンゼルス公演は手ごろの大きさのホールで良かったと思っています。

実に8年ぶりとなるニューヨークでの演奏です。初めてのリンカーンセンター(アリス・タリー・ホール)公演ということですが、同ホールへの思い入れは何かおありになりますか。

フジコ ニューヨークはカーネギーホールで2年前に演奏しています。リンカーンセンターは全く知らないので|。メトロポリタンには行った事あるのですが|。良いホールだとよいと思っています。

今年設立された「フジコ・レーベル」は、どういった経緯で立ち上げられたのですか。

フジコ 今の時代いろんな演奏家が自分のレーベルを立ち上げているようですが、今まで私の周りで10年間いろいろやってくださった人々のやり方に大きな不満があったからです。彼らのほとんどがビジネス、お金をもうける事のみに重きを置いているようでした。

今後の「フジコ・レーベル」の活動を教えてください。

フジコ フジコ・レーベルの社長さんは私ではないので、私はもっぱら体調に気をつけて日々の練習を欠かさないで前進(腕前の)するだけです。

フジコさんに関して書かれているあらゆる書籍には、必ずお母さまの存在が出てきます。ピアニストとしても、やはり大きな存在なのでしょうか。

フジコ 母は私を有名なピアニストにしようなどとあまり思ってませんでした。ただ、母が私に教えてくれたのがきっかけですから、もちろん母に感謝しています。

音を奏でる上で重要な“耳”に障害を持っても、ピアノに向き合ってこられました。フジコさんにそこまでさせる“ピアノ”とは、いったい何ですか。

フジコ ピアノは音楽を鳴らす器ですし、私は人の会話をはっきり聞き取るのが人並み以下ですが、自分が弾くピアノの音はすぐ下から来るので聞こえは十分なので、私にとってはピアノは魔法のようなもの。たくさんの見捨てられた動物も、見捨てられたどこかの貧しい国の子どもたちも、苦しんでいるよい人たちを助ける事ができました。精神的に、また経済的にです。

移住、無国籍状態を経験されるなど、激動の人生を歩まれているフジコさんですが、フジコさんにとっての“故郷”とはどこになるのでしょうか。

フジコ 私は生まれつき“うわき”者なのでしょうか。故郷はたくさんある気持ちがします。

フジコさんといえば絵を描かれることでも有名ですが、音楽との共通点はあるのでしょうか。

フジコ もちろん、人の云う音色とはその事でせう。早い話ですが、(クロード・)ドビュッシーは(葛飾)北斎の“海”を見てあの素晴らしい交響詩“海”(ラ・メール)を作曲しています。音色を気にしない演奏家はあくびものでせう。

抽象的な質問ですが、フジコさんのゴールはどこにあるのでしょうか。

フジコ この世で私のゴールはないでせう。この世でやっている事はすべて“浮世離れ”からほど遠いもの。私は、私たちは神の国にいつか入って完全にこの世のものでないものを手掛ける事になると思います。

ニューヨークという街のイメージについて、どういった印象をお持ちですか。

フジコ ブロードウェイを見るのが好きで、すぐそのことで頭がいっぱい。

最後に、読者(ニューヨーク市内とその近郊在住の日系人)にメッセージをいただけますでしょうか。

フジコ 私はアメリカ人がドイツ人よりフランス人よりどこの国の人々より好きです。あなた方はですから日系人といえども幸せな方々だと思います。人生の荒波はどこの国にいても同じですが、神の言葉に従って正しく強く生きてください。

Ingrid Fuzjko Hemming(イングリッド・フジコ・ヘミング) 職業:ピアニスト

日本人ピアニストの母と、スウェーデン人建築家の父のもと、ベルリンで生まれ、幼少の頃日本へ。母の手ほどきでピアノを始め、レオニード・クロイツァーに師事。17歳でコンサートデビューを果たし、東京音楽学校を経て、NHK毎日コンクールで入賞。28歳でベルリンへ留学。バーンスタインに認められリサイタルのチャンスを得るが、風邪による高熱で聴力を失う。失意の中、スウェーデンへ移住した後ドイツへ。その後聴力は40%ほど回復。1995年、帰国。日本で大ブレイクし、デビューアルバムは200万枚を売り上げる。ゴールデンディスク大賞を4度受賞。日本国内を始め、世界各地で積極的に公演している。昨年、アメリカデビューを果たす。9月15日にはニュー・アルバム“Fuzjko”がリリースされる。
公式サイト:http://fuzjko.net/

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2009年9月5日号掲載)


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