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インタビュー 大島親方

乗り越えてこられたのは“家族”の存在があったから

「ガチ!」BOUT. 226

旭天鵬

 

モンゴル力士のパイオニアで「角界のレジェンド」と呼ばれる元関脇・旭天鵬の大島親方。昨年夏に引退し、5月の断髪式を前にニューヨークを訪れた。4月1日にレストラン「AZASU」で行われたイベントに参加し、集まったファンに大島部屋のちゃんこ鍋を振る舞った。イベントの合間に、これまでの軌跡や相撲への思いなどを伺った。 (聞き手・高橋克明)

 

まげ姿でNYに登場

ニューヨークは初めてとお聞きしました。

大島親方 初めてなんです。だから、こっちの人が「ちゃんこ」というものを、どこまで知っているのか、全く分からなかったし、どこまで受け入れてくれるのか、不安でしたね。

実際、試食イベントを終えられて、ニューヨーカーの反応はいかがでしたか。

大島親方 多分、いいんじゃないですか。ちゃんこに限らず、今、日本食ブームがきてるじゃないですか。そこに便乗してね(笑)。お相撲さん、こういうの食べて、体作りしてるんだぁ、って知ってもらえたらうれしいですね。

親方にとって、ちゃんこの魅力はなんでしょう。

大島親方 まぁ、これだけ具材が入ってるのって、家庭でもなかなか作れないんじゃないかな。野菜も含めて、豚とか、鶏とか、魚とか、いろんなものが入ってバランスもいいと思うんですよ。牛肉は入れないからヘルシーだし。それでも毎日食べると、こんな(体)になるみたいなね(笑)。僕はちゃんこを毎日、食べて育ったんで、僕の一部みたいなもんです、はい。

毎日。………飽きませんでし…。

大島親方 (かぶせて)飽きますよ! そりゃあ(笑)。20数年、毎日食べてるんだから。今の奥さんと当時、付き合ってた時、電話で「晩ご飯何がいい?」って聞かれたんですよ。なんでもいいよ、って答えたんですけど、帰ったら鍋だったんです。「なんで、鍋なんだよ!」って。(笑)

なんでもいいよ、って答えたから。(笑)

大島親方 その時にね、あー、部屋以外で鍋食いたくないんだなぁオレ、って気付きました。奥さんも怒って、それ以来二度と作ってくれなくなったけど(笑)。まぁ部屋で食べるのはもう仕方がないにしても、(みんなで)「ご飯行こう!」ってなって鍋を食べに行くことはないですよね。

なるほど。

大島親方 おいしいんだけどね。だから飽きないために、(ベースの)味(付け)が、5、6種類あるんですよ。しょうゆ、味噌、塩、ポン酢、キムチ…と、いろいろね。ニューヨーカーには、味噌(が合う)かなぁ。僕が個人的に好きなのは塩(味)。でも、寒い時はキムチ(味)とか食べたくなるしね。

結局、大好きじゃないですか。(笑)

大島親方 大好きなの。だけど嫌いなの。(笑)

ちなみにちゃんこ以外で親方の好きな食べ物は?

大島親方 僕はね、好きな食べ物っていうより、嫌いな食べ物がないんですよ。でも、まぁ、もともとモンゴルなので、どうしても、やっぱり肉が好きですね。

それではこちらの本場のステーキも。

大島親方 食べに行くでしょうね(笑)。これからね。日本でもおいしいステーキは食べられるけれど、本場のこっちと食べ比べしたいとは思います、はい。

旭天鵬初めてのニューヨークの街並みの印象はいかがですか。

大島親方 見事に疲れましたよ(笑)。今までテレビでしか見たことなかったし、でも、もっと大きい街の印象がありましたね。いまだに観光しきれてないんだけど。

親方は30代半ばで優勝したことや幕内史上1位の出場回数で「レジェンド」とも言われています。

大島親方 いやいや、全然そんなんじゃないですよ。

でも、当然、日本に来られた時は日本語は話せませんでしたよね。

大島親方 全然分からない。苦労しましたよ、やっぱり。でも、もう24年いるんでね。

普通にペラペラですよね。どうやって乗り越えられたのでしょう。

大島親方 最初は稽古で教えてもらっても、何を教えてもらってるのかが分からないし、怒られたとしても、なんで怒られてるかが分からない。ほめられても、どこをほめられてるのかが分からなかったしね。やっぱり言葉をしゃべれないってホームシックになりますよ。

そうですよね。

大島親方 だから実際に1回モンゴルに帰ったしね。半年で。で、また戻ってきた時には、やっぱり何をするにしても言葉が先だって分かったし、まぁ僕は学校とか行くより、実際の生活の中で覚えるタイプだったんだけど、(それでも日本語)学校行ったら丁寧に教えてくれるじゃない。でも、最初の覚えたての時は、先輩にも平気でタメ口でしゃべっちゃってました(笑)。1年くらいかな、視野が広がってきて、人に相談もできるようになって、気付いたら覚えてましたね。

1年で!

大島親方 部屋にもルールがあったんですよ。モンゴル語しゃべったら罰金とかね。一言3000円(笑)。部屋には6人いたんですけど、すぐに7、8万円貯(た)まって(笑)。それでみんなで飯食ったりとか。あとはカラオケで覚えましたね。結局、恥ずかしがらずにしゃべるっていうのが一番の秘けつかな。間違ったら恥ずかしいじゃないですか。でも、それでも構わず、しゃべる。それが一番だね。

言葉や習慣の違いも乗り越えてこられた理由は何でしょう。

大島親方 んー……どうだろうね…。やっぱり家族の存在じゃないですか。僕は長男だったんで、日本に来る時も大々的に送り出されたんですよ。ヒーローみたいな感じでモンゴルから送り出された。そこから簡単に「嫌です」って帰るわけいかないじゃん。相撲を取るたび、毎回毎回、向こう(の新聞)で取り上げられたりもしてたしね。あとは歳の近い仲間もいてくれたし。歳が近い分、周りのみんなに負けたくないって気持ちもあったから。

現役時代、一番思い出に残っているエピソードは何でしょう。

大島親方 そりゃいっぱいありますよ、長くやってれば。でも一番って言われたら、やっぱり優勝した時じゃないかな。優勝ってなかなかできないし、その中で37歳8カ月っていう年齢で優勝できたんで。

やっぱり、優勝した瞬間は忘れられないですね。

大島親方 それは、もう。前の日寝れなかったしね。みんな電話してきて「頑張れ! 頑張れ!」って。寝たいのに(笑)。あの優勝トロフィー(賜杯)を持って帰りたいって思うと、さらに眠れなくなって。だからウイスキー飲んで、ベロベロになって寝たんです。

優勝決定戦の前夜ですか!?

大島親方 今考えたら結構無茶だよね(笑)。でも逆にオレには良かったんですよ。おかげで翌日、いい相撲が取れた。でも、そのことを普通に優勝インタビューで言っちゃったんで、みんなに笑われた。(笑)

日本に帰国されると、いよいよ断髪式が待ってます。今はどういったお気持ちですか。

大島親方 いや、もう、早く切りたいと思ってる。着物の時はいいけど、この格好(スーツ)だと違和感あるでしょ。

いや、カッコいいです。

大島親方 うそだよー(笑)。20数年ちょんまげだったんで、もうそろそろいいかな。

でも、断髪式の当日には、感慨深くなりますよね。

大島親方 もちろん一大イベントですからね。本当に最後のイベントですから。今までも昇進したとか、結婚したとか、いろいろなイベントが(相撲取りとして)あったけど、これが最後のイベントなので、なんとか無事に終わらせたいですね。

はい。

大島親方 たださ、髪形に悩むよね。

あ。切った後の。

大島親方 そう。この2カ月間、いろいろとどうするか考えてて。それが楽しみでもあるんだけど。

それでは今後の親方の夢はなんでしょう。
旭天鵬

大島親方 まぁ、せっかく今まで相撲と絡んできた人生だったんで、最後までこのまま行きたいと思うし、自分の部屋を持ちたいですよね、いつかはね。自分が相撲取りを育ててみたいっていうのはあります。自分が入ってきた時のことを思い出して、自分が経験したことを、新しい力士たちに教えてあげたいね。

最後にニューヨークで頑張っている日本人にメッセージをお願いします。

大島親方 アドバイスなんてエラそうなことは言えないけど、自分が優勝した時って、相撲をやって20年経(た)ってからだったんですよ。だから、何事もコツコツやってればいいことがあるんだなぁって思いました。コツコツやっていい結果が出た時、自分は相撲を辞めないで良かったなって。あの優勝のおかげで、いろんな人に名前を知ってもらえたんですよ。だから、そこからまた3年ぐらい相撲取れたし。僕の中で大きな出来事でしたね。それまでは何度も辞めようって。もう何回も思いました。だいたい相撲取りって三十三、四(歳)で辞めるから。それを引き止めてくれたのが家族だったり、奥さんだったり。で、結果的にあの優勝まで行けた。やっぱりコツコツやれば絶対いいことあるなと思いますね。何事も諦めずにコツコツ続けてほしいです。

 

★インタビューの舞台裏★ → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12151398087.html

 

大島勝(おおしま・まさる)(しこ名:旭天鵬=きょくてんほう)
職業:相撲親方
1974年生まれ。モンゴル国ウランバートル市出身。現役時代の体格は身長191センチ、体重161キロ。最高位は関脇。92年に大島部屋へ入門。大相撲史上初のモンゴル出身力士の1人。2003年7月場所で西関脇に昇進。14年に史上2人目となる通算出場1800回を記録。翌年3月場所で史上最高年齢40歳8カ月10日を記録。同年7月場所で現役引退を発表し大島親方を襲名。友綱部屋所属。断髪式は5月29日に東京の両国国技館で行われる。戦歴927勝944敗22休(140場所)、幕内最高優勝1回、三賞7回、敢闘賞7回、金星2個。史上最年長三賞受賞記録を56年ぶりに更新。昭和以降では史上初となる40歳代での三賞受賞ならびに幕内での2桁勝利を記録している。角界のレジェンドと呼ばれる。趣味はゴルフ。

(2016年4月16日号掲載)


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