インタビュー 片岡鶴太郎

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お笑いも、役者も、絵も、ヨーガも、尊敬する人を見て、モノマネから入ります

「ガチ!」BOUT. 257

 

俳優、ものまねタレント、歌手、画家、書家、ボクサーと、多彩な顔をもち、常に日本の芸能界の第一線で活躍する片岡鶴太郎さん。そして2017年には、インド政府よりヨガマスター、ヨガインストラクターの称号を授与され、第1回ヨガ親善大使に任命された。芸能界デビューから40年以上、マルチな才能がさらに進化を続けている鶴太郎さんに、お話を伺った。 (聞き手・高橋克明)

第1回ヨガ親善大使に任命

 

鶴太郎さんは、芸人、俳優、アーティスト、ボクサー、そしてヨーギー(ヨガマスター)と、さまざまな顔をお持ちです。あらゆる業種を究める、究めたいという欲求はどこからくるのでしょう。

鶴太郎 まさか、こんなふうにいくつものことが重なっていくなんて、思ってもみなかったですね。子供のころの最大の夢は、やっぱり芸人、コメディアンになるってことだけだったので、もうそれしか考えてなかったですよ。物心ついた時から芸人になろうと思って、小学校6年生の卒業文集にもそう書きました。芸人になるのが僕の夢だって。それで高校卒業後、片岡鶴八師匠のところに弟子入りしました。

まず芸人として大成功されました。

鶴太郎 時代的に幸運だったかもしれないですね。「(オレたち)ひょうきん族」をきっかけに、テレビのバラエティー番組が変わっていったわけですよ。そこからいくつか(自分の)番組を持たせてもらって。

僕たちの世代には「ひょうきん族」は特別な番組でした。

鶴太郎 私は、子供のころから渥美清さんにも憧れていましたから、コメディアンと同時に、シリアスな芝居や喜劇もできる俳優を目指したいと思ったんですね。

芸人さんから、本物の俳優さんになったのは、渥美さん以降、鶴太郎さんだけかもしれないですね。

鶴太郎 最初は大変でしたよ。まずコメディアンな(感じの)体形から変えなきゃいけない。きちっと俳優としての肉体を持たなきゃいけないわけですから。そのためには、精神から1回リセットする必要があったんですね。

そこでボクシングを始めるわけですね。

鶴太郎 子供のころからボクシングも大好きでしたから。いずれやりたいと思ってはいたんですけど、芸人として忙しい生活の中、なかなか難しくて。その時、32歳だったんですね。(その当時は)33歳がプロライセンスのリミットだったんですよ。

1年しかありませんね。

鶴太郎 だから、その1年で取ろうと。その時、バラエティー番組で共演していた元世界チャンピオンの渡嘉敷(勝男)さんに指導してもらったんですね。肉体改造は、チャック・ウィルソンさん。彼らがちょうどその時の番組でレギュラーにおられた。誰にも言わずに、トカちゃんとチャックだけには「実はプロボクサーのライセンスを取りたいんだけど」と。「本気なんで指導してください」とお願いして。その日から2人に(番組が始まる)1時間、2時間前に、楽屋に入ってもらって、秘密特訓をしてもらってね。そこから本格的にジムに通い出しました。

そして1年で、本当にプロボクシングのライセンスを取っちゃいます。僕たちが番組で大笑いさせてもらっている同じ時間に、裏で猛特訓されてらっしゃったんですね。

鶴太郎 そうそう(笑)。僕のボクシングのトレーニングは、モノマネから入ってますからね。ボクシングのスタイルや形は、僕の大好きな世界チャンピオンの真似(まね)から入っていくんで、そんなに正反対のことではないんです。特に僕はサウスポーなので。具志堅(用高)さんやあのマービン・ハグラー!

その階級の80年代は、もう黄金時代ですね。

鶴太郎 その中でも僕は“マーベラス”。あのマービン・ハグラーが大好きでね。サウスポーだったし、あのファイトスタイルを相当真似しましたね。やっぱり真似から入って学んだという経緯があります。それはボクシングだけじゃなく、根底には何をするにしても、モノマネから来ています。お笑いも、役者も、絵も、ヨーガも、尊敬する人を見て、スケッチして、そういうアプローチの仕方だと思いますね。

 

常に求めているのは、魂が歓喜している状態。それ以外のことはしたくない

 

マルチタレントさんは 大勢いらっしゃいますが、鶴太郎さんのように、ボクシングをするならプロライセンスまで取得する、俳優なら日本アカデミー賞まで受賞する、芸術家としてもオフィシャルな賞を受賞して、ヨーガをするなら、インストラクターのライセンスまで取得する。全て匠(たくみ)の域まで到達される。その原動力は何なのでしょう。

鶴太郎 これはですね、僕がもう意識的に考えてそうしようとしているわけではないんです。何か、最初は心の中にシード(種)がポッと出てくるんですね。絵を描いてみたいなぁとか、次はヨーガだなぁって。そのシードは僕の意識の中から出るわけじゃなく、天から降りてくる感じなんです。根源的に自分はこの世界を知りたがっているなぁ、欲しているなぁと。だから、そこには何かがあるんだろうと必ず着手することにしているんですね。するとやっぱりそこにはギフトがあるんですね。プレゼントが。そうなると確信に変わります。これは間違いない。大丈夫だって思えるんです。そこまで行けば、もう神様は祝福してくれている、味方してくれているって確信しちゃうわけですよね。

そのギフトを具体的に説明すると何でしょう。

鶴太郎 例えば、ヨーガを毎日やろうと決める。そうするとやっぱりいい先生との出会いもあるんです。そこからまたいろいろと教えていただく。新しいことを知ること自体が歓喜になってくるんですね。だから、毎日、毎日やる。毎日やることによって進化していくわけですね。シードに水をやって、丁寧に語り掛け、信じていくとだんだん芽を出してきて、茎を出して、花が咲く。それを感じることが、もう歓喜ですよね。もう、この宇宙で自分一人しか感じられない魂の喜びって言うんでしょうかね。結局、私の人生で何を頼りにしているかといったら、魂の歓喜なんですね。常に魂が歓喜している状態。それを求めて、それ以外は何もしないんです。

ということは、鶴太郎さんにとっては芸事も、お芝居も、絵画も、書も、ヨーガも、ある意味一つのミッションに集約されるというか…。

鶴太郎 そうです。それら全てが重なって、今も継続している状態です。モノマネも、ボクシングも、絵も、途切れているわけではなくて、結局は全部が一つの大河として自分の幹になっていると思いますね。

現在はヨーギー(ヨガマスター)として。

鶴太郎 当然、やりたいこと、やれることと年齢は関係あると思うんですね。20代、30代の時にヨーガをやりたいなんて全く思ってなかった。それが還暦に近づく57歳のころに瞑想(めいそう)をやってみたいなって思ったんですね。還暦だからどうのこうのって意識は全くなかったんですよ。ただ、私の尊敬する方々が、みんな瞑想をやっているんですね。ブッダも、空海もそうですし、ビートルズ、クリント・イーストウッド、スティーブ・ジョブズ。みんなやっているんですよ。じゃあ、一体、瞑想って何なんだ、どういうものなんだってね。

そこで、またシードが芽生えたわけですね。

鶴太郎 そうです。シードが出てきたら、意識は「どっかにいい先生いないかな」ってなる。そうなると、またふっと降りてくるんですよ。やっぱりものすごくいい先生と出会えるんですね。これは魂が求めているんだな、やれば神様が祝福してくれるだろう、そう思えるんですね。今朝も午前1時起きでそこから5時までしっかりヨーガをやりました。呼吸法からポーズから、浄化法、そして最後は瞑想。そうすると、もう4時間経っているわけですよね。この1時から5時までの4時間が僕にとっては大事な大事な時間なわけです。一日でいちばん静寂な時間ですから。宇宙の原理の中で一緒に共有できる尊い時間ですから。毎朝することの喜びと、感謝で満たされる時間なんですね。

そんなお話の中で、当初用意していた質問が、鶴太郎さんから見て、今の日本の芸能界はどう映りますか、というベタな質問なのですが…。(笑)

鶴太郎 いえいえ、芸能界ですか。いやぁ、若い才能にあふれているなぁと思いますよ。お笑いに関しても、若手の人たちのセンスとか、言葉のチョイスとか、やっぱりすごいな、面白いなって尊敬しますね。歌い手さんでも、落語家の方でも、当然、僕にはできないことをやってらっしゃる方たちだしね。すごさしか感じないですね。

それでは、鶴太郎さんの今後のゴールについてお尋ねしていいですか。

鶴太郎 僕のテーマはやっぱり魂の歓喜、なんですね。常に魂が歓喜している状態でいること。魂がやりたいな、と思ったものがあれば、すぐに着手する。これから何を(自分が)言い出すか分からないものですから、それに向かって、すぐ着手ができる準備だけはしておこうと。それだけですね。

ということは、もし「ニューヨークで個展を開催する」とか、「世界の中心地でヨーガの教室を開く」というシードが芽生えたら、その時は…。

鶴太郎 もちろんですよ。そこには絶対いい出会いがあるはずですから。ニューヨークにはなんらかの形で行くことになるかも分からないなぁなんてことは以前から思っていましたからね。

それでは最後にニューヨークで頑張る日本人に何かメッセージをいただけますか。

鶴太郎 今、必死で頑張っている方が多い街だと思います。その中で、ニューヨークでなければならなかった人たち、当初のほんとにピュアな、自分が目指してる夢を、いまだにきちっと持っていますか?と、もう一度心に問いただしてみてください。そして、それに向かって行ってください。それ以外のことで、時間を使っちゃダメですよ。頑張ってください、ってことですね。(にっこり)

 

★ インタビューの舞台裏 → https://ameblo.jp/matenrounikki/entry-12336491595.html

 

 

片岡鶴太郎(かたおか・つるたろう)
職業:俳優・画家

1954年生まれ、東京都出身。幼少のころより役者になることを夢見て、学校ではものまねのうまい人気者として親しまれた。高校卒業後、片岡鶴八師匠に弟子入り。3年後には声帯模写で独り立ちし、テレビのバラエティー番組を足掛かりにして広く大衆の人気者となり、88年にはボクシングのライセンスを取得。95年、東京で初の個展を開催。現在は役者としてドラマ・映画・演劇などさまざまなメディアでも大活躍。89年、映画『異人たちとの夏』(大林宣彦監督)で第12回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞。キネマ旬報助演男優賞、ブルーリボン助演男優賞など、受賞多数。2014年は齢四十から始めた画業が20周年を迎えるとともに、自身の還暦が重なる記念すべき年となる。15年3月、書の芥川賞と言われる「第十回手島右卿賞」を受賞した。公式サイト:kataoka-tsurutaro.com

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2018年1月1日号掲載)

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