インタビュー デヴィ・スカルノ(1)

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栄光と無念、そして悔恨の半生だった

「ガチ!」BOUT.89

 

 

インドネシアの故スカルノ元大統領夫人でタレントのデヴィ・スカルノ夫人。日本人でただ一人、外国の国家元首の妻となった夫人が、華麗かつ波乱に富んだ人生をつづった回想記を出版。自ら半生を語ったその内容はそのまま戦後の激動のアジア史実にリンクする。ニューヨークはパークアベニュー沿いのご自宅でお話を伺った。

 

回想録を日本で出版

今回、改めて回想記を出版されました。

デヴィ夫人 1976年に一度出している自伝の方は、生まれた時からスカルノ大統領に出会ってインドネシアに嫁いだ後、パリに亡命して大統領が亡くなるまでのことを書いているんですね。今回は、その後のことも含め、人生をまるごと。還暦を経て先日、古希を迎えたものですから、一つの人生の区切りとして振り返りたいと思ったんです。

歴史的事実を翻すような内容まで書かれてあります。このような形で発表されたことは今までありましたか。

デヴィ夫人 初めてですね。「勝てば官軍」という言葉通り歴史に残るのはいつも勝った方の解釈のみで、スカルノ大統領が汚名を着せられている部分があるんです。これは絶対に正さなければいけない。それはもう、私の義務だと思ってきたので。今となっては義務であり責任だと思っています。私が説明しなかったら誰もできないので。

波瀾(はらん)万丈な半生。出版されて今、思うところはありますか。

デヴィ夫人 本のサブタイトルに栄光、無念、悔恨とありますが、確かにきらびやかな栄光もありました。そして無念なこともたくさんありました。母と弟を亡くした事は本当に無念だったし、弟を自殺からなんとかして救えなかったか、それは本当に私が一生十字架を背負うくらい苦しんだ事ですね。偉業を成す時は必ず犠牲を伴うと思うんです。だから母と弟は私の犠牲になったと思っています。本当に栄光と無念と、そして悔恨の半生だったと今振り返って、思いますね。

亡き大統領に対する思いも本ではつづられていました。

デヴィ夫人 スカルノ大統領が亡くなれば私も一緒に死のうと思ってましたから。(娘の)カリーナが生まれて、娘のために後追いはしませんでしたが、スカルノ大統領もそういう遺書を書いてらっしゃるんですよ。2人が死ねば亡きがらは一つのお墓に埋めよ、と。大きな木の根元に大きな自然石を置いてほしい、私は永遠にデヴィと一緒にありたい、と。大統領は本当に国父だったんです。国民は彼を心から敬愛していましたから。

この本でデヴィさんが読者に伝えたかった事は何でしょう。

デヴィ夫人 私ね、人間って恵まれすぎてちゃいけないと思うんです。物質的に恵まれると人間堕落するだけなんですよ。私はね、戦争と貧しさの経験があることを天に感謝してるの。悲惨な戦争は私たちに生きる尊さと平和を願う心を強く根付かせてくれます。貧しさというのはイデオロギーやパワーの源となる天からのギフトだと思っているんです。今の日本の若い人たちってあまりにも物質的に恵まれてしまって生きるモチベーションを持てなくなってしまったと思うんですの。「デヴィ夫人ってラッキーね。今日はパリで明日はニューヨーク。世界中飛び回って、いつもすてきなドレスや高価な宝石を身に着けて社交界で楽しく遊んで暮らしてる」 そう思われること、私にとっては心外なんです。私は人の3倍努力して人の3分の1の睡眠でここまできましたよ、と。私ね、テレビ局で若いタレントさんに会うじゃないですか。(年齢を)聞いてみたら、もう30(歳)って。は? 信じられない。私は19(歳)でインドネシアに渡って25(歳)で政変に遭いました。パリに亡命したのは27(歳)で、大統領を亡くしたのが30(歳)でした。もぉう、私ね、信じられないんです、今の若い人たちって。でも私だけじゃないと思うんですよ。その時代の日本人はみんなしっかりしてましたよ。もう顔が違いますもん。ですから靖国神社に日本の中高生は全員修学旅行で行った方がいいですね。17、18(歳)の子供たちが(戦地に)飛び立つ前の母上、父上と書いた手紙が(展示されて)あるんですよ。今の日本人はあんな手紙書けないでしょ。というか、読めもしないと思うの。特に日本の政治家は腑(ふ)抜け、腰抜けばっかり。誇りも威厳も持っていない。1回、ものすごく貧乏になって、そこから立ち上がったあの当時の意欲を持たない限り日本は立ち上がれないんじゃないでしょうかね。

この回顧録が一つの区切りだとおっしゃいましたが、今後の目標を教えてください。

デヴィ夫人 動物愛護ですね。毎年40万匹の犬猫が殺傷処分にあっている。ツキノワグマも何十頭。おなかをすかせて里に下りてくるクマを日本では銃殺するんですよ。そんなことしてたら今にいなくなっちゃいますよ。地球上ではイノシシも人間もみんな共存してその存在の価値があって生きているわけです。人間だけが勝手に自然破壊している。日本は自然に対して、動物に対しての法律が足りなさすぎると思いますね。

最後に。70歳でその若さの秘けつをお聞きしたいのですが。

デヴィ夫人 やっぱり“緊張感”だと思いますね。目標は105歳まで生きることだったんですが、最近は100歳でもまぁいいかなって。やっぱり1世紀を我が目で見届けたいですし、自分の敵が全員死んで何も言えないようになるまで生きます(笑)。死神が来たならばもう、ハイヒールで蹴っ飛ばすつもりですね。(笑)

ニューヨークのご自宅のリビングで愛犬とともに(いずれもPhoto by J. Shibata)

ラトナ サリ デヴィ・スカルノ 職業:元大統領夫人、タレント
昭和15年、東京麻布に生まれ。19歳でインドネシアのスカルノ大統領に見初められ妻となるが、クーデターにより大統領は失脚。混乱の中をパリに亡命、社交界で「東洋の真珠」とうたわれる。政変の時期を通じて約40年間を海外で暮らす。ニューヨークでは国連環境計画の特別顧問として活躍。独特なキャラクターとしてテレビなどで活躍している。公式ブログ:ameblo.jp/dewisukarno/

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2010年12月11日号掲載)

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