辻井伸行

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目が見えなくても伝えたいことを伝えられるのが音楽

「ガチ!」BOUT.165

25歳のピアニスト、辻井伸行さん。生まれつき全盲というハンディを抱えて10歳でデビュー。17歳の時、ショパン・コンクールに挑戦し、参加者中最年少ながら批評家賞を受賞した。2009年にはヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人として初めて優勝するなど世界に通じるピアニスト として活躍する。1月25日には、カーネギーホールでコンサートを行い、演奏後5度のカーテンコールを受け、2度のアンコールに応えるなど、ニューヨークの音楽通を唸らせた。コンサート直前、カーネギーホールへの思い、ピアニストを目指したきっかけなど、お話を伺った。
(聞き手・高橋克明)

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カーネギーでコンサート

カーネギーホールコンサートが迫ってきました。今のお気持ちを聞かせてください。

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photo ©Yuji Hori

辻井 2011年にソロ・リサイタルで弾かせていただいて以来なのですが、今回はオルフェウス室内管弦楽団というオーケストラと一緒に演奏するということなので光栄に思っております。ただ、このオーケストラは指揮者がいないということで、その分みんなで一つの音楽を作り上げていかなければならないんですけれど。

素人の僕からすると、指揮者不在のオーケストラと音を合わせるというのは、不可能なことのように思えてしまいます。

辻井 今日を含めて3日間リハーサルがあったんですけれど、やはり音楽家同士通じる部分があるのか最初からうまくいきました。2日目、3日目と日が経つにつれてさらに信頼が深まってきて、良い音楽ができてきたと思います。とにかく素晴らしいオーケストラなので、 演奏していて楽しいんですよ。ソロで演奏するのもそれはそれで楽しいんですが、やっぱりみんなで一つの音楽を作るっていうのはワクワクしますね。本番がすごく楽しみです。

カーネギーホールという場所には特別な思い入れがあると聞きましたが。

辻井 もちろん特別な場所ですね。過去、著名な方ばかりがやってらっしゃるわけですから。12歳の時に小ホールで弾かせていただいたことがあったのですが、その時に、いつか大ホールでできたらいいな、なんて思っていました。カーネギーで演奏できること自体、これ からのステップアップにもつながると思っています。

ピアニストになろうとしたきっかけを教えてください。

辻井 小さいころから人前で弾くのは大好きだったんですね。5歳の時にサイパン旅行でショッピングセンターに 家族で買い物に行った時、そこから自動演奏のピアノの音が流れてきて。もう、どうしても弾きたくなって「弾きたい、弾きたい」ってだだをこねたら、係りの人が自動演奏を解除してくださって、そこで演奏することができたんですよ。演奏が終わったら、そこにいたお客さん、みんなが「ブラボー」って拍手してくれ たり、抱きしめてくれたり。その時に人前で演奏するってことは、こんなにうれしいことなんだなって。それがきっかけでそのころから将来、ピアニストになりたいと思っていました。

全盲というハンディキャップがあることによって、音に対する感覚は人と違っていると思われますか。盲目であることがご自身の音楽に影響されていると思われますか。

辻井 音楽には国境が関係ないように、障害も関係ないと思っています。障害があるから特別な音が出せるとか、 そういうふうに思ったことはなくて、一人のピアニストとして聴いていただきたいなって思っています。障害は関係なく伝えたいことを伝えられるのが音楽だと思っていますから。

今では国際的なピアニストですが、世界で演奏される場合、国によって観客の空気、反応は違いますか。

辻井 やっぱり全然違いますね。反応が違うと面白いし、新鮮です。ここはどういう反応が来るのかな、とか、今 日はどんな反応だろう、とか本当に楽しみです。小さいころから国際的に活躍できるピアニストになりたいっていう夢があったので、それが少しずつ叶ってきている今はその反応を感じられるだけで幸せですね。

ニューヨークの観客にはどういった印象をお持ちですか。

辻井 ニューヨークのお客さまたちは、すごく耳が肥えてらっしゃるので、厳しいっていうイメージがありました。でも、前回のカーネギーでは皆さん温かい拍手をくださって、良い演奏に対しては、正直に反応してくださるんだなぁって思いました。

ニューヨークで一番印象に残っている場所はどこですか。

辻井 初めて来たのは小学生のころだったのですが、ちょうどクリスマスのころで雪が降ってたんですよ。ロック フェラーセンターのツリーに触れることを楽しみにしてたんですけれど、ツリーが思った以上に高い所にあって、結局、触れなかったんです。でも近くに天使の羽のオブジェがあって、それには触れました。その時の雪がたくさん降っているイメージや、触った羽のオブジェを思い浮かべて作ったのが「ロックフェラーの 天使の羽」という曲なので、やっぱり一番思い出に残ってる場所と言われるとロックフェラーセンターかなって思います。

ニューヨーク在住の日本人読者にメッセージをお願いします。

辻井 海外で生活することは大変な苦労もあると思われますし、楽しいことばかりではないと思いますが、日本で はできないような経験もたくさんできると思うので、積極的にいろいろなことに挑戦していただけたらなと思います。コンサートもいっぱいやっているので楽しいこともたくさん見つけていただきたいなと思います。

辻井伸行(つじい・のぶゆき)職業:ピアニスト
1988年東京生まれ。2009年6月にテキサス州フォートワースで行われた「第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で日本人として初優勝して以来、国際的に活躍。11年11月にはカーネギーホール の招へいでリサイタル、12年5月にはアシュケナージの指揮でロンドン・デビュー、7月にはゲルギエフの指揮でサンクトペテルブルクにデビュー、13年7 月には英国最大の音楽祭「BBCプロムス」にデビューし、いずれも高い称賛を得た。07年よりエイベックス・クラシックスより継続的にCDをリリースし、 2度の日本ゴールドディスク大賞を受賞。作曲家としても注目され、映画「神様のカルテ」で「第21回日本映画批評家大賞」受賞。11年3月、上野学園大学 演奏家コースを卒業。09年、文化庁長官表彰(国際芸術部門)。10年、第11回ホテルオークラ音楽賞及び第1回岩谷時子賞受賞。13年、第39回日本 ショパン協会賞受賞。
【公式サイト】www.nobupiano1988.com/

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2014年2月8日号掲載)

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