野田秀樹

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人が持つ「暴力性」には全ての人が”当事者”

「ガチ!」BOUT.117

日本を代表する舞台演出家であり、脚本も手掛け、舞台俳優としての顔も持つ野田秀樹さん。奇才・筒井康隆の短編小説「毟(むし)りあい」を基に、野田さんが初めて英語執筆を試みた舞台「THE BEE」が1月初め、ニューヨークのジャパン・ソサエティーで上演された。日本で数々の芸術賞を受賞した同作は、ニューヨークを皮切りにロンドン、香港、東京をツアーする。野田さんに作品の真意を伺った。
(聞き手・高橋克明)

 

英語版「THE BEE」NYで脚本・演出・出演

ステージ上から感じるニューヨーカーの反応はいかがでしたか。

野田 ロンドンや東京とはまたちょっと違った反応でしたね。なんていうのかな、「暴力」に対して慣れているというと語弊があるかもしれないけど、やっぱり麻痺(まひ)してるのかなぁって感じました。

はい。

野田 ロンドンでも東京でも最初は楽しんで見れるけれど、あるところからストーンって、ジェットコースターみたいに落っこちていく。人間の暴力性が露骨に出てくるシーンを境に、劇場の空気がガラっと変わって、息をのんで見るっていうのが特徴だったんですけど、ニューヨーカーたちはそれでも笑ってる人がいて。(笑)

(笑)

野田 楽しみ続けているっていうか。われわれには日常だよっていう意思表示なのか、ブラックなものが分かってるっていうことなのか。だから例えばタランティーノの映画とかそういうものと混同していて、そういうふうにしか物を見られなくなっているような気がしましたね。例えば東京は銃に敏感だし、ロンドンって(通常)警官は銃を持っていないくらいなんですよ。

あ、ロンドンの警官は持ってないんですか。

野田 持ってないですね。だから銃声一つとっても、普通そこで物語がブレークするっていうか、ポーンと変わるところなんだけど、こっちの人にとっては慣れてる音なのか(それがない)。逆に違うところでこっちの予想以上に敏感に反応されたり。それをステージ上から観察できたから面白かったですね。稽古中にも「ニューヨーカーはさっさと撃ってケリつければいいのにっていう人がいるかもなー」って笑ってたんですけどね。(笑)

劇中に度々印象的なタイミングで蜂が登場します。タイトルでもある、あのBEEは何を象徴しているのでしょう。

野田 われわれもいつも、結局「BEE」はなんだったのかとかいうのを、いろいろ解釈してみてるんですけど、原作の「毟(むし)りあい」の中にはないものなので。この作品を作っていく過程で僕が思いついたのは、閉じ込められた空間の中で銃と共に全てコントロールできたと思っていた男がもしもたった1匹の小さな虫にさえ恐怖を覚えたとしたら物語はどういうふうに変わっていくかなっていう、ただの思いつきなんですね。この芝居の中で全体を支配しているもの。実は被害者たちは銃におびえているのではなく、次第に彼におびえはじめる。彼に恐怖を持つようになる。恐怖感を持ったために逃げられなくなるっていう。大きな社会がたった1人の人間に支配されている時に、支配されている側の人間の心理っていうのはやっぱり恐怖心だと思うんですよね。だから、BEEが象徴するのは、恐怖だったのか。恐怖だけなのか。どうなんだろうね、という話はしょっちゅうしてますね。

見終わった後、単純に「あー面白かった」という感情だけにはならなくて、正直に言うと嫌な感情が走ったり、それでいて大笑いしてしまう自分もいたりで、非常に複雑な感情になりました。

野田 舞台上から見ていると、終わった瞬間のお客さんの反応は毎日楽しみでしたね。単純に“ワー”という作品ではないですから。

あの同時多発テロに触発されてこの作品を書き上げたと聞きました。

野田 9・11そのものというよりイラク戦争ですね。2003年イラク戦争が始まった時、ちょうどイギリスで何か一つ作品を作ってくれと言われて、その時に(原作となった)この短編小説を思い出しました。9・11からイラク戦争までの流れっていうのかな。ひどい目に遭ったところからスタートして、どんどん悪い方向へ進んでいく。その状況が何となく、普通に生きていた人間がある日ひどい目に遭い、自分で自分を助けるしかないんだっていうところから始まるんだけど、それが人間の暴力性と共に、どんどん悪い方向へ行ってしまうというこの小説を思い出させたんですね。

この作品を通じて観客に何を伝えたかったのでしょう。

野田 何かを伝えたいというよりも(この作品が)自分のストーリーだっていうふうに感じてもらいたいということですね。結局、人間が持つ暴力性に関しては、全ての人が“当事者”だと思うんですよ。(自分だけは)当事者じゃないと感じられると困るなという。こんなひどい話もあるんだ、ではなく自分たちの話でもあるんだということですね。

最後にニューヨークの印象を聞かせてください。

野田 よく来ていた20何年前に比べて、ビックリするくらい安全になったなあって。もちろん、好きな街ですよ。でも次はゆっくり来たいですよね。今回は(時間がなくて)ホテルと劇場の往復だけだったので。(笑)

 

野田秀樹(のだ・ひでき) 職業:劇作家・演出家・役者

1955年長崎県生まれ。劇作家・演出家・役者。76年に劇団夢の遊眠社を結成。解散後は、英国留学を経て、93年NODA・MAPを設立。以降、次々と話題作を発表し、歌舞伎やオペラの脚色・演出も手掛けるなど、演劇界の旗手として、国内外を問わず、精力的な活動を展開している。2009年7月、東京芸術劇場の芸術監督に就任。同年名誉大英勲章OBE受勲。11年紫綬褒章受章。

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2012年1月28日号掲載)

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