阿部知代(1)

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日本にいた時以上にきちんとした日本語で話したい

「ガチ!」BOUT.132

8月からFCIに着任

米国および欧州に住む約60万人の日本人を対象に、ケーブルチャンネルや衛星放送チャンネルで日本語によるニュース番組や娯楽番組を放送する FCI(Fujisankei Communications International, Inc.)。ことし8月、アナウンサーとして同ニューヨーク本社に着任したフジテレビアナウンサーの阿部知代さん。本人も強く希望したというニューヨークでの生活、仕事についてお話を伺った。(聞き手・高橋克明)
◇ ◇ ◇

赴任されて3カ月が経ちました。あらためてお気持ちはいかがですか。

阿部 最高です! ほんとにこんな幸せでいいのかしらってくらい(笑)。ニューヨーク勤務は入社した時からの希望で、もう半分あきらめかけてたくらいでしたから。

あ、ご自身も希望されていたんですね。

阿部 もう、ずっと来たくて来たくて。旅行では数え切れないくらい来ていて、来るたび幸せで、もうJFK(ジョン・F・ケネディ空港)に到着して入国審査のあの廊下を歩くだけで、やったー! New York!!って。(片手ガッツポーズ)

あははは。

阿部 帰る時はいつも後ろ髪引かれる思いでしたから。だから映画とかでニューヨークのキレイな夜景のシーンが出てくると胸がきゅっとしてたんです。もう30年近くこの仕事をやらせていただいて、「自分のアナウンサー人生って、とっても幸せだったな」とはいつも思ってたんですけど、でも、あと何をやり残したかなって思う時に、必ず「ニューヨークには行きたかったな、それだけが心残りだな」って。

では、赴任が決まった瞬間もガッツポーズを?

阿部 それが今回、8月11日に来た時、いつもはうれしくてしょうがないJFKの通路でもテンション上がらなかったんです。

はぁ。

阿部 その夜、上司が晩御飯に連れて行ってくれて、夜景を観ても、あれ? なんで私こんなにテンション低いんだろうって…。で、その晩、アパートに帰って、ベッドに入って、そこで気がつきました。「私、緊張してるんだ」って。

(笑)。意外な気もします。

阿部 いざ決まってしまうと、私、大丈夫かしら? ほんとにできるのかしら? って。ニューヨークで暮らしたことはありませんし、まして20年前にパリに滞在していたころに比べると、適応能力も落ちているでしょうし、戦力になれず逆にここのスタッフの負担を増やしてしまうのではないかしら、自分が来てよかったんだろうかって。久下(香織子)キャスターがいるので、今まで日本からは男性(アナウンサー)が来ていたので、もしここで私がいい仕事しなければやっぱり女性はだめだと言われることにもなりかねませんので。やっぱりすごく責任もありますし、せっかく来させていただいたのだから、その期待に応えなければならないっていうプレッシャーはものすごくあります。来られたことはすごくうれしいんだけれど、「本当に大丈夫か、おまえ」って自分に聞いてる毎日です。

でも3カ月経過したので、その緊張も解けてきたころですよね。

阿部 ここのスタッフがとても素晴らしい人ばかりで助けていただいていますので。あとはこのニューヨークっていう街が大きいと思うんですね。歩いて通勤してるんですけど、それだけでわくわくします。清潔さなら東京の方が清潔ですが。

間違いなく。(笑)

阿部 でも、街並みの美しさはやっぱりニューヨークは素晴らしいですよね。うっとりするほど。今のところ、任期があとどれくらいは分からないんですけれど、その間にどれだけ多くのものを見られるんだろう、どれだけ多くの場所に行けるんだろうっていつも考えます。毎日通勤で同じ道を歩いている場合じゃないと思って、遠回りして帰ることもあるんです。限られた時間の中、できる限り多くの経験をしたいと思ってます。

具体的に好きな場所はありますか。

阿部 まだあちこち行けていない状態なので、教えていただきたいくらいなんですね。ブルックリンも「IKEA」へ行くのにフェリーで行ってフェリーで戻ってきたくらいで。セントラルパークも全部は回ってないし、新しいヤンキースタジアムもまだだし…。

行ってみたい場所だらけですね。

阿部 あとはアメリカンフットボール! 実際に来るまでは、アメリカのスポーツはメジャーリーグのイメージが強かったんですけど、夜、家に帰ってテレビをつけるといろんなチャンネルでフットボールのゲームを放送していて。プロの試合、カレッジの試合、ハイスクールの試合まで。あ、これはちゃんとルールを覚えなきゃって。

この国ではNFLのルールは分かっていた方が楽しめるかもしれませんね。スポーツイベントだけでなく、阿部さんはワインコーディネーターや利き酒師の資格も持ってらっしゃたり、俳句やカメラやアートにも造詣が深いとお聞きしてます。その点でもこの街はやはり特別でしょうか。

阿部 最高ですね。造詣は深くないんですけれど、25年くらい美術の番組を担当していたので、例えば、コロンバスサークルでパブリックアートを制作した西野達さんの作品も日本で紹介してきましたし、20年以上取材している草間彌生さんのホイットニー(美術館)の個展ももちろん行きました。自分が接してきたアーティストの作品が置かれている美術館に行くとほっとするというか、昔からやってきたことにつながってるなって思います。

やはりアートの面でも東京よりも楽しめる街ですか。

阿部 選択肢は多いと思います。もちろん日本の美術館にも素晴らしいコレクションはありますけど、やはりメトロポリタン(美術館)やMoMA(ニューヨーク近代美術館)での展示は圧倒的だし、日本人の体力では一日では回りきれない…。やっぱり肉を食べないと無理ですかねぇ。

ははは。確かに。こっちで売られている大きい肉を。

阿部 アメリカって全てが大きいですよね。この前、ソファーを買いに行ったんですけど、大きいのしか売ってないんですよ。小さいソファーでよかったのに、ぜーんぶ大きくて。見てるうちにだんだん分かんなくなってきちゃって。

あはは。分かります。

阿部 テレビも32型を買うつもりだったのに70型とか大きなのがずらっと並んでて。

あれ? 日本だと並んでなかったでしたっけ。

阿部 あんなに大きいのばかりじゃないですね。ふと32型見たら「あ、ちっちゃい」って。だから気の迷いで40型を買っちゃいました。結局、部屋に入れたらやっぱり大きかったんですけど。(笑)

あー、僕たちはもうその大きさに慣れてきちゃったかもしれないですね…。

阿部 でしょ? 牛乳の単位もガロンですよね。

ガ…ロンです、当然。

阿部 ニュースで「ガソリンが1ガロンあたりいくら」って読みますけど、スーパーで牛乳のパックにガロンって書かれてあって!ガロンってガソリンの単位じゃないの?って。いちいちウケてました。

なるほど(笑)。仕事の面ではいかがでしょう。日本のテレビ業界とこちらでは取材の仕方に違いはありますか。

阿部 取材の仕方自体に違いはないです。基本的に東京と変わらないですね。ただ報道の世界にいる限り、やっぱり世界の中心に身を置いている感じはします。世界のニュースが近いっていうのかな。家に帰ってごはん食べながら、普通に大統領候補のテレビ討論を生で観ている。これって実はすごいことですよね…。うん、やっぱり“世界のニュースが近い”っていう表現が一番ピッタリくると思います。

なるほど。

阿部 あと、こちらのテレビを観ていて、同じキャスターとして驚いたことは男性がズボンのポケットに手を入れてしゃべってる!

はい。

阿部 日本だと絶対ありえないですから! 日本で男性アナウンサーがポケットに手を突っ込んで話すなんてことをしたら、視聴者の方からも、社内からもお叱りを受けるに決まってますので。

あ、そうですか。そうですよね。もう僕たちは普通に観ちゃってるかもしれないです。

阿部 その辺は全然違いますねー。「ポケットに手」は衝撃を受けました。(笑)

それでは最後にテレビの前の視聴者の方にこれから何を伝えていきたいでしょう。

阿部 お陰さまでこの10月に私どもの日本語放送が30周年を迎えました。スタート当時は日本の情報を得るのは難しく、非常に貴重な情報源だったんですね。今でこそネットや日本語新聞もありますけれど、でも、やはりアメリカで暮らしている日本の方々が知りたいニュースってきっとあるはずだと思うんです。アメリカで生活する上で役立つ情報を伝えていきたいですね。

はい。

阿部 30周年特別企画で久下キャスターが日本語放送の初代キャスターである望月(憲子)さんにインタビューさせていただいた中で、望月さんが“日本語を大切にすることの大切さ”について話されたんです。アメリカで生まれた日本人の子供たちにとって数少ない日本語と接する機会が、私たちの番組かもしれない。僭越(せんえつ)ですが、日本語の教科書のように聞いてくださっている方もいらっしゃるかもしれない。そう思うと身が引きしまる思いですし、日本にいた時以上にきちんとした日本語で話そうと心掛けています。

なるほど。

阿部 アナウンサーやキャスターって「情報の出口」なんです。取材をして得た情報の最終アウトプット。ここでミスできないし、伝えきらなければならない。最後の場所に立っているという責任感はものすごくありますね。

今日は本当にありがとうございました。実は聞き手のプロの方にインタビューするのはいつもと違う緊張がありました。(笑)

阿部 いえいえいえ。逆に私も緊張してました(笑)。いつもはそちら側ですから。

阿部知代(あべ ちよ)

職業:アナウンサー

群馬県桐生市出身。上智大学文学部新聞学科卒業後、1986年フジテレビに入社。編成制作局アナウンス室デスク担当部長。FNS用語委員。日本新聞協会用語懇談委員。今年8月からFCIニューヨーク本社に出向し、全米向け日本語放送「FCIモーニングEYE」「FCIモーニングEYE Saturday」「朝イチめざNew York」「めざましテレビ」ニューヨーク中継を担当。過去には「FNNレインボー発」「ニュースJAPAN」などの報道番組から、「なるほど!ザ・ワールド」「ハンサムキッチン」「ちよ散歩」などのバラエティー番組、「artLover」「テレビ美術館」など情報番組まで幅広く担当。趣味は歌舞伎、文楽、落語、河東節の鑑賞や美術館巡り、カメラなど。俳句をひねることも好きで俳人としても活躍し、「東京を詠む」俳句部門で優秀賞などの受賞経験を持つほか、歳時記や俳句誌にも作品が掲載されている。また、シャンパン、ワイン、日本酒をこよなく愛し、2008年には名誉利き酒師酒匠を受任した。

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2012年11月24日号掲載)

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