インタビュー ジョージ・タケイ

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あらゆる価値観を認めてくれるこの国で人生を楽しんでほしい

「ガチ!」BOUT.223

ジョージ・タケイ

ハリウッドで最も成功したといわれる日系人俳優のジョージ・タケイさん。2015年には、ミュージカル「Allegiance(アリージェンス:忠誠)」でブロードウェイデビュー、現在ニューヨークに滞在している。社会的に大きな影響力のある活動家でもある彼にはFacebookに900万人以上のファン、ツイッターには178万人以上のフォロワーが。今回はニューヨーク市内を走る名物2階建て観光バスの顔「FAME OF RIDE」に選ばれ、記者会見に出席。会見後にお話を伺った。 (聞き手・高橋克明)

ハリウッドで最も成功したといわれる日系人俳優

今日はよろしくお願いしま…。

タケイ 日本の方? あー、とてもうれしいです。

インタビュー受けてくださって光栄です。

タケイ こちらこそ。なんでも質問してください。(ニッコリ)

今回、ニューヨークの観光の象徴でもある「RIDE OF FAME」に…。

タケイ ところで、これはなんて書いてますか?(弊紙「NEW YORK ビズ!」のタイトルを指差して)

あ。「ビズ!」と読みます。ビジネスのビズ、です。

タケイ あぁ、そう。ビジネスのことはうまく話せないかもしれないけれど…。

いえ、今日はタケイさんにこれまでの半生をお聞きしたくきました。

タケイ じゃあ、なんでも聞いてね。(ニッコリ)

ジョージ・タケイ

RIDE OF FAME」とはハリウッドの「WALK OF FAME(名声の歩道)」と同じコンセプトで発足された賞で、各受賞者は、マンハッタンを走る2階建て観光バス、City Sightseeing Busの1台に、名前と写真が刻まれるというもの。毎年受賞者が選出され、今年で5回目。過去に俳優のパトリック・スチュワート、ミュージカル女優のライザ・ミネリ、NASCARのドライバー、ジェフ・ゴードン、歌手で俳優のLL・クール・Jらが受賞している。(撮影・工藤)

まずは、世界一有名な観光バス「RIDE OF FAME」に、このたび選ばれた今のお気持ちを聞かせてください。

タケイ とても光栄に思います。実は普段はあまりバスに乗らないのですが(笑)。ほら、この街の主な交通手段は地下鉄でしょう。でも、このバスは素晴らしい(2階部分は)オープンだから、ニューヨークの、風、匂い、雰囲気を感じながら楽しむことができます。そんなバスに私の名前と写真が刻まれて、それが実際に市内を走るのですから。少し照れますが(笑)特別な気持ちになりますね。

アジア人としての殿堂入り。この国で日系人として成功するのは並大抵の努力ではなかったと思うのですが。。

タケイ NO、NO、NO! そんなことはない。そんなことはないです。もちろん大変だったと言えば大変でした。特に当時のハリウッドで、アジア系である私に回ってくる役柄は限られたものではありました。でも、恵まれていた。だったら、恵まれていた、と私は答えたいんです。大学時代、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で演劇を専攻していたんですが、その時に、キャスティングディレクターのホイット・バーワーズに出会い、彼が「In the Harbor」というアラスカが舞台の映画にキャスティングをしてくれたんです。数週間の現場での撮影とスタジでの2カ月にわたる撮影に参加しました。そして、出来上がりをワーナー・ブラザーズ(配給会社)がとても気に入ってくれまして、在学中にもかかわらず何度も声を掛けてくれた。そこからはゲスト的な感じでテレビドラマや映画にちょこちょこ出演する機会も増えました。そしてテレビシリーズの「Perry Mason」など、継続的に出演するようになりました。そうやって周りに支えてもらって今の私がある。

なるほど。

タケイ だから、苦労話ばかりするのは、今まで助けていただいた方々に失礼ですよね。私はまれにみるラッキーなスタートを切った俳優と自分で思っています。ただ、私の情熱は常に舞台にあったので、1960年代、それらのチャンスを捨てて、ロサンゼルスからニューヨークに移り住みました。

勇気の必要な決断でしたね。

タケイ 何を自分の人生の優先事項に置くか。常にそれを考えていました。私にはそれが舞台でした。なので、今、もし、当時に戻っても、同じ行動をするでしょうね。

それでは今回のブロードウェイデビュー(「Allegiance」)はとても特別な思いですね。

タケイ YES! この歳にしてね(笑)。78歳で叶った夢は特別ですね。今までも何度かオフブロードウェイには立ったのですが、オンブロードウェイとしては初めてですから。今、話をしていても、とても興奮してしまいます。(笑)

日本ではタケイさんといえばやはり「スタートレック」のヒカル・スールー(ミスター・カトウ)役として有名ですが。

タケイ 実は私にとってスールー役は特別なものではないんです。確かにあの役は私をメジャーにしてくれた。でも…なんと言うのかな…スールー役というより、あの「スタートレック」という映画に出演すること自体が私にとっては大切な意味がありました。エンタープライズ号という宇宙船は、世界中の人種が乗っている。さまざまな価値感な人々が一つの目的地に向かっている。そんな哲学が私にはスンナリと理解できた。そういった意味で、あの作品自体が特別な存在ですね。

今では多くの日本人俳優もハリウッドに進出していますが、タケイさんから彼らにアドバイスはありますか。

タケイ 当時と今とはまったく環境が違うと思います。当時に比べるとチャンスの扉が、今はこんな感じ(笑)(腕を大きく広げて)。特にこれからはアジアでも多くの観客を呼ばなければならないとハリウッドは思っています。アジア人の俳優にとっては、かつてないチャンスが到来したといえるでしょう。

デビューが1958年。あと2年でデビュー60周年になりますが、長かったでしょうか。それとも短かったですか。

タケイ Very Very Loooong…(笑)。…でも、あっと言う間かもしれませんね。今となっては。

ニューヨークはお好きな街ですか。

タケイ とても好きです。昨日もね、ロウアーマンハッタンからセントラルパークまで歩いてみたのですが、街がすてきなので、あの距離でも歩けますね。あ! でも、歩くより、このバスを利用してもらいましょう。(笑)

ジョージ・タケイ

最後にニューヨーク在住の日本人読者にメッセージをお願いします。

タケイ 私はアメリカに渡った日系アメリカ人の孫に当たります。当時、いろいろな目で(アメリカ人に)見られたのは事実です。でも今はそんな時代ではなくなった。あらゆる人種のあらゆる価値観をこの国は認めてくれる時代になりました。だからこそ、好きなことに挑戦して、人生を楽しんでほしいと思います。そして、日本にいる日本の人に。もしあなたがまだニューヨークという街に来たことがないから、ぜひ、一度は訪れてください。一度は訪れるに値する街だと思います。(ニッコリ)

 

★インタビューの舞台裏★ → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12109329352.html

 

ジョージ・タケイ 職業:俳優
ロサンゼルス生まれの俳優。日系アメリカ人三世。日系移民家族のもとに生まれ、日米開戦によって一家とともに強制収容所に連行され、終戦後まで3年の長きにわたり所内で過酷な日々を送る。その後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院で演劇学修士号を取得した、人気ドラマ「スタートレック」シリーズでヒカル・スールーを演じて一躍有名俳優に。ハリウッドで最も成功した日系アメリカ人俳優といわれる。1995年にはビル・クリントン大統領(当時)から指名を受け、日米文化教育交流会議(CULCON)の承認を受けたプログラムを運営する日米友好基金(JUSFC)の理事となる。2004年に旭日小綬章を受章。05年には自叙伝「星に向かって」の日本語版が出版。その人柄から、日本のみならず世界の多くの人に親しまれている。公式サイト:www.georgetakei.jp

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2016年1月1日号掲載)

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