〈コラム〉いまそこにある危機

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倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第38回

貧困に苦しんでいるのは、いわゆる開発途上国だけではない。先進諸国も同様である。ただし、先進諸国の貧困とは、国民レベルではなく、国家レベルのことだ。
日本全体の債務残高は1265兆円を上回っている。世界最大の赤字額だ。アメリカの財政赤字は昨年度、約1兆ドルに達したという。日本の場合は国民からの借金が大半であり、国によって赤字の内容は異なる。
それにしても先進諸国が「貧乏」になっているのはどうしてか。――民主主義だからである。国民はつねに、社会福祉の向上を政府に求める。いまやどの国も、福祉予算で国が潰れるほどになってしまった。
さらに日本はいま、とてつもなく深刻な課題を抱え込んでいる。それは何か。――人口減少問題である。
厚生労働省の発表によると、昨年の人口の自然減は約24万4000人で、過去最高を記録した。一組の夫婦が2人の子供を生まないと人口は維持できないのに、出生率はほぼ1・41。途中で亡くなる子もいるから、人口維持には2.07の出生率が必要とされる。母親になりうる年齢の若い女性の数が大きく減っていくので、これからの出生数は半減、半減のようなイメージで減りつづける。
なんと2100年には、日本の総人口は4000万人を切ると予測されているのだ。そう遠い先のことではない。しかも高齢化がさらに進み、いびつな人口構成となる。人口が減るということは、労働力が減るばかりか、消費者も減る。過疎化もさらに広がる。国内産業へのダメージは非常に大きい。当然、GDPは下落していく。
働き手が減っていくので、どの職業も人手不足に陥る。とりわけ若い力がないと成り立たない職業、たとえば自衛隊や消防や警察などは、組織を維持することさえ難しくなるだろう。農業などの第一次産業は、すでに後継者不足で衰退している。機械化によるカバーではとても追いつかない。年金や医療等々の福祉はどうなる。一人の高齢者を一人の現役世代が支えるような肩車社会は、とても持続できない。有権者の大多数は高齢になるから、高齢者に向けた政策を掲げた政治家でなければ当選しなくなるだろう。それでは政治が歪んでしまう。
人口が減少しても、それに対応した国づくりが用意できれば問題はない。しかしすぐには用意できない。明治以後の日本は、ほぼ一貫して人口が増えつづけ、それに応した国づくりが進められてきた。いまや大きな方向転換が必要とされるのに、政府も国民も危機意識があまりにも乏しい。
国家ビジョンを早急に立てなければならない。たとえば、安心して平均3人の子供を産み育てられる「環境」を整える目標はどうか。国民一人ひとりには、「自助努力」が強く求められる。なんでも政府や行政に頼る姿勢はよろしくない。健康を維持するのも、医療費負担減という重要な社会貢献となる。
日本は「人口減少先進国」なのである。この国難を乗り切れれば、世界に対しても好影響を及ぼせる。いまそこにある未曾有の危機を、政府も国民もしかと認識し、早急に対応しなければならない。
(次回は6月第2週号掲載)
maruyama 〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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