映画は世界共通言語と実感
「ガチ!」BOUT.52.51
米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと(Departures)」の滝田洋二郎監督と主演の本木雅弘さんが、トライベッカ映画祭での同作上映にあたり、ニューヨークを訪れた。29日からの一般公開を目前に、同作への思いや米国で上映されることなどについてお話を伺います。(聞き手・高橋克明)
アカデミー賞受賞した「おくりびと」いよいよ全米で公開
いよいよ明日、ニューヨークで公開されます。率直に今のお気持ちはいかがでしょう。
本木 この映画が生まれた当初は、こういう事態になるとは誰一人予想しておりませんでした。モントリオール映画祭のグランプリをいただいてから、この前のアカデミー(賞)までの一連の流れっていうのは、もう雪だるま式で、映画自体が勝手に一人歩きして、たくさんのエネルギーをもらって成長したっていう、そんな感じがありますね。作品ってやっぱり生き物で、枝のように別れていって、一気に世界中まで広がっちゃうんだなって。山形県の小さなお話が世界中に届くという意味でも、やはり映画って世界共通言語だなって改めて思いましたね。
アメリカ人の観客にはどういった部分を感じとってもらいたいですか。
滝田監督 きわめて日本的な話だし(撮影)当初は海外というものをまったく意識して作っていなかったんですね。でも、こんな流れ(オスカー受賞)になって、改めて映画というものの力を再認識したと同時に、うまく日本の映画を撮りきれたかなという不安もあります。アメリカの方には、ありのままを見ていただきたい。で、どこがどう違うのか、あるいはまったく(日本と)同じリアクションをいただけるのか、逆に感想を聞かせて頂きたいなと思います。
本木さんが感銘を受けた原作「納棺夫日記」に描かれる、納棺師(のうかんし)は今までの俳優生活でも、特殊な役作りだったのではないでしょうか。
本木 納棺師っていう職業自体が日本でもほとんど知られていないと思うんですね。私も本を通じて、納棺の世界を知ったわけですけども、見知らぬ遺体を整えて棺に納める。その一連の作業と関係性がすごく神秘的で、映画的でもあるって思ったんです。実際の納棺も体験させていただきました。2月の寒い時期で、あるおばあさんのご遺体を拭かさせて頂いたんですけども、その時に遺体がものすごく冷たくて、「死」という現実を初めて見せつけられました。でも、同時にそれは非常に有意義で新鮮な体験でしたね。
役作りのために実際の納棺までされた。
本木 日本人特有の様式美を感じました。新たな世界に旅立つ故人をある種、もてなすかのように整えていく。数時間後には焼かれてなくなってしまうものを心を込めて生前の姿に戻す。その行為そのものが美しく、また暖かいものだと思いました。納棺そのものに役作り以上にハマちゃった感はありましたね(笑)
制作側として印象に残ったシーンは。
監督 なかなか一つには選べないんですけど、企画自体、非常にデリケートな要素が強いですよね。人が死ぬ事を無責任に描けないじゃないですか。でもみんな、ちょっとのぞいてみたい。その結果がこの映画を成立させたんだろうし、印象に残るすべての始まりでしたね。
本木 オーケストラのシーンでチェロという楽器を初めて触れて弾いた体験もすごく貴重でしたし、介護用のおむつを履いてみるのも珍しい体験でした。あと山崎さん(演じる先輩納棺師)の部屋で、フグの白子を食べるシーンがあったんですけど、「生き物は生き物を食って生きている。死ぬ気がなければ食うしかない。どうせ食うならうまい方がいい」ってセリフがあるんですね。生きていく為のどうしようもなさ、その矛盾を抱えながらも進んでいかなきゃいけない、これが生きていく事だっていうようなセリフですよね、、、非常に印象に残るシーンでした。ただ、フグの白子って精巣ですよね。あれが何かってことを欧米の人が知ったら引くと思いますけど(笑)。食べられます? こっちの人って。
いや、食べないと思います。
監督 卵巣も食べないの?
卵巣は食べますね。でも精巣は日本通のアメリカ人くらいだと思います(笑)。大ヒットになった要因は何だと思われますか。
本木 死生観というのは非常に個人的なもので、明確に持っているものじゃないですよね。年齢とともに変わってくるし、誰もが送る側にも送られる側にもなる。見る人その人のタイミングによって面白さも印象も変わってくる映画だと思うんですよ。皆さんの経験と照らし合わせて、それぞれクライマックスが違ってくると思うんですよね。パーソナルなところに届いていく映画だと思いますね。あとは、いま100年に一度の世界不況で、皆さんの心が非常に疲れていて、これ以上、なにか問題提起される作品よりは救いや癒やしがある作品の方が、今はフィットしたんじゃないかなと思いますね。
オスカーを受賞された瞬間、中継を見る限り、おふたりとも名前を呼ばれてびっくりしてるようにお見受けしましたが…。
監督 びっくりしました。してました(笑)。まったく予想してなかったのでね。
本木 (当日)誰が受賞するかというのは全会場の中でも2人しか知らないらしいんですよ。放送中は、カメラが受賞するであろう人たちの近くにいってスタンバイするので、ああ(最有力候補だった)イスラエルの人たちの方に行っているなあと(笑)。やっぱり、これは(受賞は)ないなと思っていたら、僕たちが呼ばれたんですよ。(カメラがスタンバイしていなかったので)あとで名前を呼ばれた瞬間を見ても、僕らの表情が撮られてないんですね。監督と抱きついて離れた後で、ようやく僕らが映し出された感じです。(笑)
確かにテレビでは受賞の瞬間が映ってなかったですよね。(笑)
監督 だから、僕たちが一番見たいんですよ、受賞の瞬間!(笑)
◎インタビューを終えて
「日本一の男前がここにいる!」間近でみる本木さんは男である僕が見とれてしまうほどかっこ良く、どんな質問に対しても簡潔で的確で説得力のある回答を連発されました。対する滝田監督は物腰柔らかであらゆる質問、なかには答えにくい質問まで嫌な顔せずに親切丁寧に答えていただきました。「日本映画史上初の アカデミー外国語映画賞受賞監督」のくせにとても気さくな優しい方でした。
本木雅弘(もとき まさひろ)職業:俳優
1965年埼玉県生まれ。81年テレビドラマ「2年B組仙八先生」でデビュー。89年「226」で日本アカデミー賞新人俳賞受賞、「シコふんじゃった。」(92)で同賞最優秀主演男優賞など多数受賞。その後も「双生児 – GEMINI」(99)、「スパイ・ゾルゲ」(2003)などに出演。CM界でも独自の存在感を放ち、名実ともに活躍する実力派俳優。
滝田洋二郎(たきた・ようじろう) 職業:映画監督
1955年富山県生まれ。81年監督デビュー。「コミック雑誌なんかいらない!」(86)がニューヨーク映画祭で絶賛される。以降「病院へ行こう」(90)、「僕らはみんな生きている」(93)など話題作を発表。「壬生義士伝」(2003)では日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞。他、「阿修羅城の瞳」(05)、「バッテリー」(07)など数多くの作品を手掛ける。
作品情報 ■あらすじ
リストラされたチェロ奏者・大悟(本木雅弘)は、故郷に戻り、求人広告を手にNKエージェントを訪れる。しかし、そこの社長・佐々木(山崎努)から遺体を棺に納める〝納棺師〟の仕事をするように告げられる。妻の美香(広末涼子)には冠婚葬祭関係の仕事と偽り、見習として働き出す大悟。だがそこには、さまざまな境遇のお別れが待っていた…。
〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。
(2009年5月9日号掲載)