松本伊代

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ステージに立って歌ってる時が一番楽しいかな

「ガチ!」BOUT. 228

 

 

松本伊代

 

“花の82年組”と呼ばれ、アイドル街道を一気に駆け上がり最年少で武道館デビューも果たした松本伊代さん。ことしデビュー35周年を迎え、未だなおかつ芸能界で活躍している。当時からバックダンサーとして行動を共にしていた北澤清子さんにも参加いただいて、当時を振り返りつつ、お話を伺った。(聞き手・高橋克明)

 

デビュー35周年を迎えて

デビュー35周年、おめでとうございます。

松本 ありがとうございます…。でも、ホントに35年経ったのかな。信じられない。人ごとのような感じです。

あっと言う間でしたか。

松本 そんなに生きてきたんだって感じがする(笑)。芸能界にいる年数の方が長くなっちゃって。でも、その中の半分が子育てで、なので35周年っていっても、後半はのんびりさせてもらってたかなって感じです。

前半はむちゃくちゃ忙しかったですよね。

清子 (当時は)スケジュール帳が真っ黒だったんですよ。

松本 当時はねえ。もう、スケジュール帳に書ききれなくて、枠(欄外)も埋まっちゃって、真っ黒で。

清子 真っ黒すぎて、わけ分かんなくなっちゃって(事務所が)ダブルブッキングしちゃって誰かが怒られたりとか。

でも、当時は16歳の女の子じゃないですか。同世代の普通の生活じゃないことに逃げ出したくなりませんでしたか。休みが欲しいな、とか。

松本 でも、アイドルになりたかったから。デビューする前に(事務所に)「これから2年間は休みがないと思ってください」って言われて「分かりました」って答えたし。だから、休みが欲しいとも思わなかったです。欲しいなんて言えない状況でしたし。もし午前中に時間が空いてても、学校に行かなくちゃいけなかったし。なので、結構忙しかったけど、でも気持ち的には全然、嫌じゃなかった。

当時を思い返すことはありますか。

松本 鍛えられたなぁって(笑)、自分の体力面でここまで頑張ったら、もうダメだな、とか、そろそろ具合悪くなるな、とか分かるようになってました。

限界までやられてたんですね。

松本 限界点を知れたかもしれないです(笑)。気持ちと体のバランスは鍛えられましたね。

それでも35年続けて来られた秘けつはなんでしょう。

松本 うーん、、やっぱり(芸能活動が)好きなんでしょうね。16歳からこの世界に入っちゃって、いまさら他の職業っていうのもなかなか考えられなかったし。あとは周りの人に恵まれてましたね。家庭も事務所もすごく考慮してくれて、そこはラッキーだったと思いますね。

でも、ラッキーだけでは35年は続かないと思います。

松本 いや、いや、35年と言っても途中、休みましたから。妊娠してからは、年に何回かのレギュラーがあって、って感じで。

当時、アイドルは結婚した時点で芸能活動から引退するのが普通だったと思うんです。でも続けられた。

松本 (ご主人の)ヒロミさんが仕事続けてもいいよ、って言ってくれたので。辞めてほしいって言われてたら、多分、辞めてたかもしれない。当時は結婚したくてしょうがなかったので、仕事は辞めてもいいかなって思ってたくらいでした。

今、ご主人の話が出たので。夫婦円満の秘けつを聞いてもよろしいですか。

松本 秘けつ? うーん、秘けつがあるわけじゃなくて……。多分、相性がいい(笑)。性格が真逆なのかな、向こうは片付けが得意で、私は散らかし上手だったり。最初は「片付けてよ」って言われてたけど、あるときから、ヒロミさんも自分が率先して片付けるようになったり(笑)。

あ。諦めたわけですね。(笑)

松本 洗い物もたまってたら、洗ってくれるようになったり(笑)。で、私も「いつもありがとね」みたいな感謝の言葉を述べる(笑)。けんかもよくした時期もあったけど、すぐ仲直りするし。

清子 一緒にいる時も、すごく電話かかってくる。ものすごくマメに連絡取り合ってますね。伊代ちゃんが、衣装に迷ってるときも「カシューチャつけようかな、あっ、パパに聞いてみよ!」って電話してますよね。

ほんとに仲良しですね。

清子 もう悔しいくらい。(笑)

アイドルからデビューして、タレント、女優、歌手、舞台も執筆業もやられてきました。ご自身ではどのジャンルが一番お好きですか。

松本 やっぱり歌ってる時かなって思います。ステージに立ってる時が一番楽しいかなって感じですね。

歌手活動の中で一番印象に残った出来事はなんでしょう。

松本 ……うーん、いろいろありますけど……。(笑)

清子 ……忘れてる(笑)。伊代ちゃんはあんまり覚えてないの(笑)。過去のこと。

松本 うん、忘れてる。(笑)

(笑)

清子 今はもうどんどん破られてますけど、当時は「最年少で武道館デビュー」とか、新聞に載ったよね。

松本 うん、載った。

清子 武道館のコンサート前、スタッフみんなで伊代ちゃんを脅かしたの。「(お客さん)入ってるかな、入ってるかな」って心配してるから、満員なの知ってたけど「少なくてもさ、楽しもうよ」って声掛けて。

松本 うん、掛けられた。

清子 で、オープニングで伊代がゴンドラから降りてきたら(満員の客席を見て)感動して、もうその時点で泣いてて。(笑)

松本 うん、泣いた。

清子 感動だったね。

松本 うん、感動だったぁ。

てか、伊代さん、ホント、なにも覚えてないですね。(笑)

松本 (笑)でも、それは覚えてます! リラックスさせてもらうために、そう声掛けられたこと。

清子 逆効果だった。(笑)

武道館はデビューして何年目だったんですか。

清子 1年目。

松本 うん、1年目。

清子 あ、違う。10月21日がデビューだから、その翌年の10月の学園祭シリーズの最後だから、2年目入ってスグかな。

松本 そう、2年目入ってスグ。

もう、いいです(笑)。清子さんに聞きます。(笑)

清子 その翌日が(日本)歌謡大賞の新人賞(の授賞式)で、場所も同じだったんだよね。

松本 翌日!? えー!

全然、覚えてないじゃないですか(笑)

松本 良かった、清子がいてくれて(笑)。でも、歌謡大賞の時は覚えてます。「どうせ、取れないんだろうな」って思ってたら取れたんです。

清子さん、ありがとうございます。そんなすごいキャリアを覚えてくださっていて(笑)。でも、そのころから支えてくれるファンは特別ですよね。今と違って、当時のアイドルのファンは熱量がハンパないというか。

松本 そうなんです。30周年のコンサートをした時にも、“親衛隊”の方たちが復活してくれたりして、その時、あらためて、長くやって良かったなって思いました。こういう人たちがいたから今まで頑張ってこれたんだなって感じましたね。

それでは35周年を迎える今年、今後の目標を教えてください。

松本 35周年のライブを企画しているので、まずはそこで頑張りたいですね。

ニューヨークでもぜひ、やってください。

清子 ニューヨークでやれたらスゴいよね。

松本 海外なんて今まで考えたこともなかったけど、もし可能性があるなら、そうですね、ぜひ、やりたいです。それこそ支援してくださる方がいらっしゃったら、明日にでも(笑)。ニューヨークはそれこそデビュー当時に「オールナイトフジ」って番組で、ニューヨークから中継するっていうので行きましたね〜。あとはロケで何回か行ったかな。

弊社でスポンサーを募集します(笑)。ニューヨークには、どんなイメージがありますか。

松本 全く日本語が通じない(笑)。あとは、空が高いイメージがあります。

最後にニューヨークに住む日本人にメッセージをください。

松本 そうですね。何かの夢を持って行かれている方が多いと思うので、それだけで素晴らしいと思いますし、行ったからには何かしらつかんでほしいですね。チャンスもそうだし、チャンスだけじゃなくても、自分の体に刻み込まれたものは、絶対に無駄にならないので頑張ってほしいです。

最後に清子さん、一番そばに居続けて、伊代さんはどんな存在ですか。

清子 仲間だし、戦友だし。いつも言ってるのは、これだけ一緒にいて、嫌な思いをしたことがかつて一度もない。何をしてても可愛いし、手を貸したくなる。たぶん、生まれついての天性のアイドルですね。

なるほど。あ。スタッフから若さの秘けつも聞いてこいって言われてました。

松本 若くないです、全然。でも、やってることは……、毎日、歩く!

毎日、歩いてるんですか?

松本 ……あ、いや、週に2〜3回。

なんで、今、ウソついたんですか。(笑)

松本 でも週に3回は歩いてます! 本当です(笑)。…あ。2回かな。

清子 ね? 可愛いでしょ。(笑)

 

★インタビューの舞台裏★ → http://ameblo.jp/matenrounikki/entry-12155318976.html

 

松本伊代(まつもと・いよ) 職業:歌手・タレント
東京都出身、1965年生まれ。81年「センチメンタルジャーニー」でデビュー。82年YTV有線大賞で最優秀新人賞、82年ABC歌謡新人グランプリで服部良一賞、第15回新宿音楽祭・銀座音楽祭で銀賞、第13回日本歌謡大賞で・放送音楽最優秀新人賞、日本レコード大賞で新人賞受賞。同年11月には日本武道館コンサートを開く。83年日本レコード大賞でゴールデンアイドル賞を受賞。シングル27枚、アルバム14枚をリリース。85年の「薄化粧」を皮切りに映画にも出演。92年扶桑社「思い出にできない」をはじめ、著作も多数。

 

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

 

(2016年5月7日号掲載)

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