「ガチ!」BOUT. 273
作家 村田沙耶香に聞く
『コンビニ人間』英訳出版を記念しNYでトークイベント
日本でも話題となった『コンビニ人間』の英訳版『Convenience Store Woman』の出版を記念し、昨秋、ニューヨークを訪れた芥川賞作家の村田沙耶香さん。同作は米誌「ニューヨーカー」が選ぶ2018年のベストブックスに入るなど、快進撃を続ける村田さんに、英訳版出版についてお話を伺った。
米国での出版おめでとうございます!
村田 最初は、夢かと思いました。英訳(での出版)はとても壁があるとお聞きしていたので。(以前)ドイツ語の翻訳が決まった際にも、これを機に英訳(出版の契約)が叶うといいですねーなんてお話を冗談半分で担当の方と話してたくらいだったんです。
先生でも、うれしかったですか。
村田 いや、それは、もう、本当に感動的というか(笑)。その日の夜はちょっと寝られないくらい、興奮した出来事でしたね。
もともとアメリカでのデビューは、希望されていたというわけではなかったんですか。
村田 漠然とした夢として…くらいでした。私の友達の中村文則君が海外でどんどんいろんな経験をしていってるのを、(私だけでなく)同世代の多くの作家たちが見て、全く違う世界を経験していく素晴らしさを教えられたんですよね。それがすごく刺激的で。海外の人の感想はこうだったよ、なんて話を聞くとなんてすてきなんだろうって思ってました。友達でもある、そんな中村文則君の存在が大きかったですね。(村上)春樹さんは、あまりにすごすぎてリアリティーがあまりなくて、文則君が近くにいていろんな話を聞かせてくれたことであこがれとしてありました。
英訳版はご覧になられましたか。
村田 恥ずかしながら、最近になってやっと英会話教室に通い始めたくらいのレベルなので(笑)。読んでもちょっとだけしか分からなかったのですが、でも、とってもデリケートな言葉選びをされていて。「あ。言語が本当に変わったんだ」ってすごく感動しましたね。以前、日本のラジオ(番組)でロバート・キャンベルさんと対談した時に、(小説の)冒頭の部分を彼が少しだけ朗読してくださったんです。それを聞いた時に、そのサウンドが、すごく美しくて。翻訳っていうのは、ただ単に、意味を訳すだけでなく、そうやってサウンドをクリエートするものなんだなって気付いたんです。そういうクリエーティブな作業を(竹森)ジニーさんがしてくださったんだっていう、それがすごくうれしかったですね。
ジニーさんには、安心して任せられた、と。
村田 ジニーさんは、例えば「いらっしゃいませ」を、「Irassyaimase」のまま残したんです。「いらっしゃいませ」は「Welcome」とは、やっぱり違うから、そのまま残そうって、編集者さんと相談して、そのように決めてくださったのを聞いて、そこでまた感動して。
なるほど。
村田 ほんとに物語を愛して、深くまで理解してくださってるんだなって。私自身は英語は分からないので本当にお任せするしかなかったのですが、ジニーさんで良かったなって思いました。最後に本当にどうすればいいか分からない、たとえば「縄文時代」はどう訳すとか、そういった長いリストを作ってきてくださって、新宿の喫茶店で、二人でずっと長い時間、話し合いましたね。
今回は、ニューヨーク以外にも、英国やドイツ、(カナダの)トロントや(米国の)アイオワなどさまざまな街でイベントに参加されました。各地での反応はいかがでしたか。
村田 例えば、質問コーナーでも、日本だと皆さんシャイなのか、シーンとするところを、積極的に手を上げて、熱心に質問してくださって。驚いたのは、皆さんちゃんと読んだ上で来てくださってたんですよね。その上で、感想を言ってくださったり、深いところで質問をしてくださり。それはすごいうれしかったです。
目まぐるしい2カ月間でした。
村田 ホント、そうですねぇー。トランクもイギリス行った際の荷づくりして以来、正露丸も入ったまんまで。(笑)
世界を巡った今回の体験で、得たものはなんでしょう。
村田 日本と海外だと、小説の出版システムが全く違うことに驚きました。日本はやっぱり、すごくスピーディーで…。例えば連載を何本も同時に掛け持ちする人も、年に2~3冊出す人も珍しくなかったり。私も、デビュー15年でもう10冊本を書きました。日本では、それでも、ちょっと遅いくらい…。なので1冊をセンシティブに完璧に仕上げていく(欧米の)システムには憧れますね。1冊ずつ、本当にいいものを作っていく作業って、知らなかった世界でした。出版の流通システムも、出版社と作家の関係も、新鮮に感じましたね。あとは海外では1個の出版社に一人の作家なんだってことも、全く知らなかったのですごい驚きました。日本だと10社とかの出版社さんと関係を持って、あっちこっちで連載するのが普通なので。
今後の作品自体にも今回の活動は影響されるかもですね。
村田 でも、何も考えずに書くことが私にとってベストなやり方なので。というのは、小説家になるために小説を書くっていうことが私はできなくて。小学校の時、イタズラ書きの延長で小説を書いてたんですけど、中学校の時に、賞に応募するために賞のための小説を書いちゃって…。それが、もう、本当にトラウマになっちゃって…。小説って私にとって唯一、自由になれる世界だったんです。それを(自分から)汚してしまった…。なので、それからは、賞を狙ってとか、何かのために書くってことは、もう絶対にしないって決めました。
賞を狙って書くご自身を許せなかった?
村田 もちろん、狙うことでクリエートできる人もいっぱいいると思うんです。決していけないこととは思ってないんですけれど、ただ当時の私の場合は、もう、大人を喜ばせる言葉を探してしまって…。汚れた発想しか生まれなかったんですよね。それがかなりのトラウマになっちゃって。それ以降は、もう全く意識せずに、1個、1個、大切に書いていこうって。
デビューされて15年。このタイミングでの米国デビューは、ご自身にとってどういった意味を持つでしょう。
村田 とっても刺激的です。海外の方から聞く感想も、日本では気付かなかったことが多くて。やっぱり…(少し沈黙)…うん、日本で感じる、女性の生き方のツラさは、海外では…全く違うなぁってとこでも刺激を受けましたし…。イギリスにいた時は、毎晩、感動して寝れないくらいでした。泣きながら、過ごしてたり…。アメリカでは慣れてきたのか、ぐっすりなんですが。(笑)
ニューヨークは何回目でしょう。
村田 実は初めてなんです。というかアメリカ本土が初めてですね。いや、実は、私、ニューヨークをちょっと勘違いしていて。めっちゃ都会!っていう印象しかなくて、オフィスだらけの新宿西口みたいなのを想像してたんです。でも、全く違った。古い建物も、教会も、緑もいっぱいあって。私、古い建物が好きなんですよ。だから古い教会を図書館に建て直したところとか、もともと銀行だったところが今ドラッグストアになってたり。日本ではありえないですよね。その感じがすっごい面白くて、めちゃめちゃ写真を撮ったんですけど。
楽しそうです。
村田 でも、その横には近代的なビルもある。で、ウーバーに乗って外を見るとまた全く違う景色が広がっていて。ちっちゃくってすてきな本屋さんもいっぱいあったり。人もすごく優しいし、昨日、日本人のコーディネーターさんから、この街は歩いていると普通に「君の靴かわいいね」ってすれ違いざまに言われるんだよって話を聞いて、「へぇ」って思ってたら、まさに今日、エレベーターの中でおばあちゃんに「あなたの服いいわね」って言われて。「あ、これ、これ」って思ったり(笑)。もう、毎日夢みたいに楽しくて、夢みたいに飛び回ってます!
それでは最後に、ニューヨークにいる日本人になにかエールを送っていただけますか。
村田 ニューヨークって素晴らしいですよね。なんて言うんだろう…、世界中のトップの人や、最先端の技術が集まって、みんなが夢を追えるってすごいすてきなところですよね。ここで頑張れる、夢を追えるって、それだけで幸せで、すてきなことだと思うんです。なので、日本にいる私が気付けないようなことも、ここにいらっしゃる方は気付いていると思うんです。エールと言っても、私なんかより、皆さん、ずっと先を走ってる。そんな方たちが、これからどんどん世の中に出てくることを、祈ってます。
◇ ◇ ◇
「コンビニ人間」英訳出版は国際交流基金(ジャパンファウンデーション)の翻訳出版助成事業によって支援され、同基金によって米国でのツアーが組まれた。ニューヨークでは、Japan Societyと国際交流基金が講演会を共催した。
村田沙耶香(むらた・さやか) 職業:作家
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術文化学科を卒業。2003年『授乳』で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)、09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島賞、16年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞。著書に『マウス』『星が吸う水』『ハコブネ』『タダイマトビラ』『殺人出産』『消滅世界』『地球星人』などがある。
(2019年2月16日号掲載)