BOUT. 299
レーシングドライバー 佐藤琢磨に聞く
ファン、スポンサー、チーム、全ての人に感謝したい
日本人初 インディ500、2度目の優勝
世界3大自動車レースの一つ、第104回インディアナポリス500マイル(インディ500)の決勝が8月23日、米インディアナ州のインディアナポリス・モータースピードウエーで行われた。日本が誇る世界的レーサー、佐藤琢磨選手(ホンダ)が2017年に日本人初優勝を遂げて以来、3年ぶり2度目の優勝を果たした。複数回優勝は史上20人目という偉業を成した。優勝から数日後、次なるイリノイ州でのレースに挑む佐藤選手に、オンラインでお話を伺った。 (聞き手・高橋克明)
年齢は自分にとってただ数字でしかない
優勝おめでとうございます! かつてインディを獲った日本人は佐藤選手以外いませんが、今回は2度目の優勝です。
佐藤 ありがとうございます。ここまで本当にたくさんの方にサポートを頂いたので、その全ての人に感謝したいですね。ファンの皆さまの応援や、スポンサーのご支援や、そして、チーム全員が素晴らしいチームワークでサポートしてくれたので、思い描くような形で、思いっ切りレースができたんだと思います。
今回はコロナ禍により、例年とは違う状況でのレースでした。通常5月の開催が、8月での開催となりました。
佐藤 その上で無観客(開催)だったわけですから。でも、本来だと開催すらできなかったと思うんです。それを可能にしてくれたインディアナポリス・モータースピードウエーの関係者と、オーナーのロジャー・ペンスキーさん、彼らにも感謝したいと思うんですね。今、全世界の、特にスポーツは、選手が活躍するフィールドさえ奪われてしまっていると思うんです。でも彼らのおかげで、僕たちはレースをすることができたわけで、その結果、2勝目という夢のような結果を飾ることができたわけですから。
無観客でのレース。パフォーマンスに違いは出ますか。
佐藤 まず、会場の雰囲気から全然違いますねー。もちろん芸術、文化どのジャンルでもそうだとは思うのですが、特にスポーツにおいては観客の熱烈な声援であったり、その場の持つ雰囲気であったり、その全てがアスリートの力になると思うんです。
モータースポーツは特にそうですよね。
佐藤 その中でも、インディアナポリス500マイルレースっていうのは、地球上で最大規模のイベントで、本来は、決勝の1日だけで30万人が集まるわけですから。そのエネルギーたるやすごいものがあるんですね。前日の土曜日から会場の雰囲気やボルテージが上がってきて、(当日の)朝6時の開門とともに30万人が一斉に集まってきます。紙吹雪が舞う中、僕たちがグリーンルーム(準備室)に向かう際、すごい歓声を頂いて…。なんて言うんでしょう…僕も長くレースをやってますけど、インディ500ほど盛り上がる会場はないんですね。
それが今年は…。
佐藤 完全に灰色の、誰一人いないグランドスタンドを見てのレースですから(笑)。やっぱりそれは寂しいです。でも、(そんな)状況は分かっていますし、無観客開催はこれが初めてではないので。もちろん、こんなことに慣れてしまうのは嫌なんですけど、仕方ないな、と。それにテレビの向こう側で、たくさんの方が見てくれていることを感じながら、レースしようって決めていました。
例年はそれだけの規模で開催される世界最大のイベント。そこで佐藤選手は日本人としてV2を成し遂げました。米国暮らしの僕はそれがどれだけすごいことなのか実感しているのですが、偉業の割に、日本での報道があまりに少ないと思ってしまうのですが…。
佐藤 そこは僕自身がコントロールできることではないので。自分が生きてる、このモータースポーツの世界では(2度のインディ制覇は)本当に信じられないような結果なんですよ。そう考えると(日本での報道の偏りに)もちろん歯がゆい思いもありますけれど、でも、先ほども申し上げた通り、本当に応援してくださるファンや、支援してくださるスポンサーと、優勝の喜びを共有することができたので。それだけでも幸せですよね。それに、一部の人たちが「もっともっと報道すべきだろう」と思ってくれること自体がうれしいですから。
うーーーん…でも、それにしても、少なすぎますよね…。本来(新型コロナウイルスの)パンデミックさえなければ、インディ500の優勝者はホワイトハウスに招待されたり、ニューヨークでナスダックのベルを鳴らしたりと、国民的行事なわけじゃないですか。どれだけの偉業なのか、日本だけが分かっていないというか。
佐藤 (笑)。やっぱり自国にはないスポーツなので、どうしても分かりづらいところもあると思うんです。でも、こうやって(日本人である僕が)実績を作っていくことで、日本の多くの方が注目してくださるようになると思うので。今回も、NHKで朝と夕方両方のニュースで全国に流していただいたりとか、徐々に徐々に浸透していってるんじゃないかなと思います。
実際に、日本でインディ500が一般的な知名度として浸透したのは、2017年の佐藤選手の優勝がきっかけでした。
佐藤 なので、今回(の優勝)に関しては、前回よりも多くの人が「あ、あのレースだ」っていうふうに感じ取ってくれたのではないかな、と。僕は、もう、レースを続けて、少しでもいい結果を残して、多くの日本人がモータースポーツの素晴らしさや、インディ500というレースが持つ歴史と意味みたいなものを知ってもらえたらいいな、と。そう思ってます。(ニッコリ)
なるほど。今回、一番お聞きしたかった質問なのですが、佐藤選手はいわゆる「ベテラン」の域だと思うんです。(インディカー参戦)11年目、43歳。従来、スポーツ選手にとって年齢は大きなファクターで、加齢とともに、当然、パフォーマンスは下がってきます。佐藤選手は年々、パフォーマンスも順位も向上されている。それについて、ご自身の中ではどう分析されていらっしゃいますか。
佐藤 もちろんフィジカル的なパフォーマンスはどうしたって落ちます。たとえば筋力の強さだったり、柔軟性だったり、あるいは回復力のスピードだったり、それは10代の選手や20代の選手と比べたらどうしても数値としては劣ると思うんです。ただ、スポーツって面白いのは、そこに技術が重なって、さらに経験値という大きな土台があって、そのトータルのパッケージだと思うんですね。そういう意味では、自分としてはレースドライバーとしてはまだまだ進化してる実感があります。自分の身体的な能力の、衰え…っていうとちょっと言葉が強すぎるので、まあ、維持っていうふうに自分では感じているんですけども、ピークの時を維持しつつ、経験値とテクニックが向上することで全体的なパフォーマンスアップにつながっていると思っています。
なるほど。フィジカルを維持できれば、当然、技術と経験の分だけ全体的にアップしていく、と。
佐藤 あとは、僕たちは“モータースポーツ”ですから。実際に、100メートル走だと、20代のころの自分にはかなわない。でも、僕たちは道具を使ってレースをしますから。いかに早いマシンを作るかっていう部分においては、エンジニアリングであったり、チームのサポートが重要ですよね。(レースは)メカニック全員のチームワークの結晶なので、ドライバーはその中の一部でしかない。と、すると、ドライバーとしては、レースそのものと同じくらい、重要なのが“求心力”なんですね。全員を同じ方向に向ける力。その力が経験とともに、より強くなっている実感があるので、まだまだやっていけると思います。
まだ発展途上である、と。
佐藤 究極でいうとイチローさんですよね。彼は40(歳)を超えてもパフォーマンスが上がり続けた。例えば一塁までの(走行)タイムは、40を過ぎてからの方が、20代のころよりも上がっているんですね。それは、例えば特別なシューズであったり、走り方であったり、テクニックを磨いたところだと思うんですよ。もちろんそれは普段のとてつもないフィジカルトレーニングがあってこそなのですが、それでも年齢に逆行してパフォーマンスを上げることは不可能ではない。それを教えてくださったのが、イチローさんなんですね。フィールドこそ、違いますけども、僕も後に続きたいと思っています。年齢は自分にとってはただの数字でしかないんですね。
フィジカル面だけでなく、佐藤選手は、レース前の集中力がすごいという印象があります。
佐藤 「やるべきことは全てやって、あとはこのレースを楽しみたい」というふうに考えるようにしているだけですね。緊張感っていうのは絶対なくならないと思うんです。たくさんの不安要素がある中でパフォーマンスするというのは本当に怖いわけですよ。その恐怖心との戦いが緊張になるわけですけど、その緊張によって体が硬くなってもダメですし、僕としてはその緊張を逆に、集中力に変えていくことを心掛けました。アスリートというのはすごくメンタルが大事で、「これまであれだけの練習をしてきたんだからきっと大丈夫だ」、「練習通りのパフォーマンスが出せるはずだ」と思ってレースに臨みます。よく皆さんが言う「ゾーン」に近い状態を自分で作るわけですね。集中することで、脳と体のリミッターが外れて自己ベストを更新できるのだと思います。ほどよい緊張感と集中、そしてこのレースを楽しもうっていうわくわく感と不安が入り混じった状態で僕はいつもレースをスタートしてます。
今回は特にそこもうまくいった、と。
佐藤 決勝のスタートのグリッドを決める予選でのパフォーマンスが最前列、予選3位だったので。その時点で、非常に良いパフォーマンスが出せているという自信もありますから、それをきっちり決勝のレースにつなげようと。ある意味、余裕がある状態でレースをスタートすることができたのが、良かったのかもしれないですね。
これまでも多くの偉大なチャンピオンたちが、インディ500を獲れないまま引退していきました。佐藤選手はそれを2回制覇しました。次の目標は何でしょう。
佐藤 そうですね…いちドライバーとしてはインディ500を勝つというのはもう本当に夢のようなことだったんですね。自分自身も、チームのパフォーマンス、車のパフォーマンス、その全てがパーフェクトじゃないと勝てないレースで2勝もすることができたなんて、本当に幸運以外何者でもないのですが…。ただ人間っていうのは、demandというか、欲というか、やっぱり一つの山を越えると次に挑戦したくなるものでして(笑)、3勝を目標にすることになると思います。まぁ、これから自分自身、20代のドライバーと違って向こう10年、20年走れるわけではないですから。シリーズ戦の中で僕は最年長になっていますので、限られた時間の中で、もしチャンスがあるのであればインディ500に今後も挑戦したいですね。そして、ドライバーとしての究極の目標、シリーズチャンピオンも、その先にはあります。自分でもどんな世界なのか見えない、「インディ500の3勝」を、最大の夢と目標に頑張っていきたいですね。
佐藤琢磨(さとう・たくま) 職業:レーシングドライバー
東京都出身、1977年1月28日生まれ。自転車競技で高校総体や全日本学生選手権で優勝し、1996年からモータースポーツに転身。2002年にF1デビューし、04年米国グランプリで3位。08年に所属していたスーパーアグリがF1撤退。10年からインディカー・シリーズに参戦し、13年の米ロングビーチ大会で同シリーズ日本人初優勝。17年にはインディ500の日本人初制覇を果たした。レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング所属。164センチ、59キロ。東京都出身。43歳。公式サイト:www.takumasato.com
(2020年9月19日号掲載)
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〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、1000人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。