〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(44)

七十年代のアッパー・ウエストサイドは、まだ人通りもすくなく垢抜けしない商店やレストランが軒を並べていました。そういったロケーションに加えて、外から中のようすがわかりにくい「そうえん」は犯罪者の恰好の餌食で、こそ泥などは三、四日に一度の割合で来ていた。――ピストル強盗も来た。それも、二度も。
午後十時をすこし回ったころで、客もまだ半分くらい残っていました。店の中に入ってきたのは二人組で、一人は私にレジスターを開けさせると、左手で銃口を私のほうに向けながら右手でレジスターの金をポケットに捻じこんだ。――いま、へたに警察が飛びこんでこないほうがいい。アメリカの警察は荒っぽい。人質ごと撃ってこないとも限らないのだ。
もう一人は、まだ十人ほど残っていた客の一人ひとりから金品を奪ってゆきました。――ユーモアのあるお婆さんがいました。財布を渡しながら、「わたしはイーストサイドから来ているの。帰りのバス代くらい、残しておいてよ」男は承知したらしく、一ドルを財布に残して返しました。
二度目の強盗は、それから一週間後だった。顔ぶれは前と違っていた。おそらく前の仲間から、あの店は入りやすいという情報でも得ていたのでしょう。
黒人の顔は形容するのがむずかしい。どんな人相だったかと警察に訊かれて困っていると、横から日本人シェフが、「彼に似ていると思わない?」と黒人の警官のほうを見ながら日本語で私に囁いた。「うん」しかし、ストレートに言うわけにはゆきません。「あなたに似たハンサムな男でした」
一週間に二度も入られてショックを受けた私たちは、アラーム・システムを売る会社と契約しました。ボタンを押せば警察が飛んでくるらしいのですが狙いは表のウインドーに貼ってもらうステッカーです。「この店はアラーム・システムによって守られている」狙いどおりでした。もうこなくなったのです。(次回は3月第2週号掲載)

〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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