マクロビオティック・レストラン(52)
「そうえん」のオーナーHが西海岸で交通事故死したのは七十六年です。道路が凍結していたためにスリップして、タンクローリー車と衝突したのです。三十六歳でした。
店のほうは、私がマネージャーをしていたから、Hの死後も、まったくといっていいくらい変わりはありませんでした。Hが亡くなったことを知らない客もたくさんいて、「ターキーはどうしている?」と、よく訊かれました。ターキーというのは彼のあだなです。――後ろ姿が七面鳥に似ているのでしょうか。彼はもう何か月も店に顔を出していないから、まだどこかで元気にしているくらいに思っていたのです。
Hにはカリフォルニアに住むアメリカ人の妻と小さな娘がいました。
私は主人を失った飼い犬の気持ち。――法律的には主人がHからHの妻に替わっただけですが、HとHの妻では、私たちに与える影響はずいぶん違います。
Hは、カリフォルニアでオーガニック豆腐を生産する準備を始めていたように、ビジネスを広げることに大変関心を持っていたようですが、Hの妻は身体が弱いこともあって、ビジネスにはあまり興味がないようです。一家でカリフォルニアに引っ越して行ったのも、彼女が寒いニューヨークを嫌ったからです。経営はいままでどおり私がやるとしても、カリフォルニアに引きこもったままでは、うまくやってゆくのはむずかしい。
私はHに永住権のスポンサーになってもらっていました。もし店を売るようにでもなったら、私のステイタスは宙ぶらりんになります。新しいオーナーが私を雇ってくれればいいんですが、――私とやってゆくのはむずかしいでしょう。なにしろ、たいしたへそ曲がりですから。(次回は7月第2週号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。