〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(11)

スペイン語専門の書店に行ってみました。スペイン語では、どう訳されているのだろうと。もし『日もまた昇る』だったら、私の勝ちです。だが『Fiesta』(祭り)にタイトルが変わっていました。うーむ。肩透かしを食わされた気分でした。(フランス語は、『Le soleil se leve aussi』です。日本語訳と同じようです。)
“One generation passeth away, and another generation cometh ; but the earth abideth forever. The sun also ariseth, and the sun goeth down, and and hasteth to the place where he arose.” 「世は去り世は来る(きたる)  地は永久(とこしえ)に長存(たもつ)なり  日は出(いで)て日は入りまたその出(いで)し処(ところ)に喘(あえ)ぎゆくなり」
『伝道の書』の書き出しの部分です。二行目のThe sun also arisethが『The Sun Also Rises』というタイトルになったと想像できます。問題は『伝道の書』を、いつ、だれが邦訳したかです。『The Sun Also Rises』がはじめて日本に紹介されたとき『伝道の書』の日本語訳はすでに存在していたと考えられます。その証拠に岩波書店、新潮社、集英社など、いずれの「日はまた昇る」も『伝道の書』のところだけは邦訳が同じだから。
私の想像はこうです。『The Sun Also Rises』の最初の日本語版訳者も、ほんとうは「日もまた昇る」にしたかったが『伝道の書』の邦訳が「日は出て日は入り」となっているので敢えて「日はまた昇る」にしたのではないか、と。さらにいえば、タイトルとしては主語のある「日はまた昇る」のほうがわかりやすく、また余韻も感じられる、と。
一九九六年の夏、ヘミングウェイの孫が自殺した。ヘミングウェイと同じうつ病だったらしいが、そのニュースを聞いたとき私はてっきり、マリエルが亡くなったと思ったから大変なショックを受け、『日はまた昇る』はうそだ、日など昇らない、と思ったものです。しかし実際は亡くなったのはマリエルの姉で、モデルで女優のマーゴ・ヘミングウェイのほうでした。マリエルが、私がいないときに来たからわかったのです。来たと聞いたときは信じられず、今度こそ幽霊だと思いました。(これを書いていて気がついたが、ヘミングウェイが自殺した年にマリエルが生まれているんです。)
余談ですが、のちにキューバに行ったとき『老人と海』のモデルになった老人に逢いました。雇ったタクシーの運転手が、ヘミングウェイ博物館(ヘミングウェイの旧邸宅)を案内した翌日、コヒマルという漁村に連れて行ってくれたのです。老人は百歳になっていました。彼の写真を撮るのに家族から十ドル取られましたが、ヘミングウェイを直接知る人物に逢えて感動しました。(その話をマリエルにしました。「そう、逢ってきたの。百歳のお祝いには、わたしも招待されていたんだけど」)       (次回は10月6日号掲載)

〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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