事実よりも自分の感覚を過信するのは危険

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〝トランジション〟(12)-エビデンス vs. 思い込み

「対話で変える!」第32回

トップ経営者であるA氏は、「自分は部下をよくコーチングしているし、うまく機能している」と言っていました。彼のコーチング対象者は、サプライチェーン担当役員のB氏で、ここ2年ほど部下が3ヶ月周期で辞めていくのを見かねて、A氏自らが乗り出すことにしたそうです。

「具体的にどんな成果が上がっているのですか?」と聞くと、「笑顔で挨拶するようになっているし、周囲ともうまく会話できるようになっているように見える」とのことでした。あまりにもA氏が満足気に言うので、「では、部下や周囲の皆さんから生の声を聞きとり、B氏に自信を持っていただくのはどうでしょう?」と提案しました。A氏は快諾し、関係者10名に匿名のリサーチを実施しました。

2週間後、リサーチ結果が出てきました。

「B氏は、表面的には声をかけてくるようになったが、それはA氏が見ている時だけ」

「A氏は、B氏が実は何も変わっていないことに、全く気づいていないようだ」
という内容でした。

この結果から、A氏やB氏、そして関係者の間にどんなことが起こっていると読み取れるでしょうか。明らかなのは、A氏は実際に起こっていることを正確に把握できていない可能性があり、それらの実態を進言してくれる部下もいない状態にある、ということです。

誰でも思い込みをしてしまうことはあります。実際に起こっていること(事実)よりも、求めている結果に近づいていると解釈したがることもあります。その傾向が強くなると、事実よりも自分の感覚を過信し、自分が見たいものだけを見るようになるものです。

このケースは、まさにその典型例でした。A氏は、事実やデータ、周囲の声に耳を傾けることなく、自分の思い込みや感覚に頼りすぎてしまったのです。周囲との対話を怠り、裸の王様に近い状態を自ら作り出してしまったのです。

コーチングの成果を測るには、リサーチによって、実際に現場で起こっている「事実」を継続的に把握することが重要です。目に見えるエビデンスを基に、自らや周囲の変化を「客観的に捉え」、軌道修正し続けることで、より早く、確実に成果を上げていくことを目指します。

世界的に有名な経営者もコーチングを受けて初めて、「客観視することは本当に難しく、フィードバックはそれを補ってくれる重要な要素だと気づいた」と言っています。

「思い込みよりエビデンス」。

皆さんの周囲でも活用できそうな場面はあるのではないでしょうか。

「COACH A」竹内 健【執筆者】
竹内 健(たけうち・たけし) エグゼクティブ・コーチ(COACH A USA 取締役 CFO)
PricewaterhouseCoopers LLPにて異例の日米5都市を異動しつつ、公認会計士として日米欧の企業や経営者を20年近くサポート。その経験を通じ、ソリューションの提供だけでなく対話を通じた人や組織への投資があってはじめてクライアントのパフォーマンスが継続的に発揮されることを痛感。これまた異例の会計士からの転身をはかり現職。

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