“スーツ”について その5
紳士物スーツの上着、ジャケットも含めたテーラードの上着全般について、日ごろよく耳にいたします「縫製の良し悪し」について少し考えてみたいと思います。
こちらでは「縫製が良い」とは、上着を着用した際に服が体、この場合、肩と背中にほどよくなじみ、またサイズが適切であると着用者のシルエットを裸でいる時よりもずっと美しく見せる、即ち誰にでも分かりやすい見た目のカッコ良さ、そして動きやすさにポイントが置かれていて、そうした感覚を一般の人に至るまで共有できるようなのですが、私たちの場合、そうした部分よりも服のdurability、すなわち丈夫さの方により重きが置かれることが多いように思います。例えば買ってから間もないのにボタンがすぐに取れた、また縫い目がホツれた、といったケースですね。
そのような問題は、売る側からしますとお客さまに対して誠に申し訳なく、大きなご迷惑をお掛けする大変恐縮な事態ではあるのですが、決して言い訳ではなく、This is NOT the end of the world.で、即、また充分に修理・修復が可能、fixableな事態なのですね。
その一方、とりあえずスラックスのウエストやその他、着用上大きな問題はないと判断して購入したのに、よく見てみると上襟が抜け気味だったり、フィットの具合が悪く、鏡に映ったご自身が全くカッコ良く見えず、動きにくかったりもした場合、どうでしょう?
実はこうした事態の方がより深刻で、はるかに大きな問題なのです。なぜなら、きちんと直るかどうかやってみないことには分からないのですから…。ボタンが取れたり、縫い目のホツレは、大変不愉快ではありますけれど、付け直したり、縫い直したりすれば済むことですよね。でもシルエットや着心地の問題はそうはいかないことがままあるということなのです。
大切なことは、ブランドの名や値段に惑わされることなく、ご自分をより引き立ててくれるシルエットがどのようなものなのか、試着を繰り返しつつ感覚を磨かれていくことなのです。本来、そうした手助けをさせていただくことが私たち洋服屋の大切な仕事なので、洋服のフィットについてはどうぞなんなりとご遠慮なくお尋ねいただければと思います。それではまた。
(次回は3月26日号掲載)
〈プロフィル〉 ケン青木(けん・あおき) ニューヨークに21年在住。日系アパレルメーカーの米国法人代表取締役を経て、現在、注文服をベースにしたコンサルティングを行っている。日本にも年4回出張。