〈コラム〉ケン青木の新・男は外見 第109回

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“スーツ”について その10

costume121_003626表現はちょっと難しいのですが、いい洋服とは見た目小さく、着てみるとゆったり、逆にそうでない服は見た目ゆったり、でも着てみると小さい、とよく言われます。理由があります。安価なスーツのシルエットは、一般に直線と平面で構成されている部分が多く、それは「くせとり」と日本で呼ばれる、本質的に大切な作業があまりされていないからなのです。

私たちが洋服について「縫製が良い、悪い」としか表現できないのは、私たちが洋服について、生地を切って縫うことしか頭にないからなのです。「くせとり」という作業が洋服を洋服たらしめる本質的な作業と言ってもいいように思います。洋服にはもちろん型紙はあるのですが、それは平面のことであって、人間の体は曲面と立体で構成されていますね。「くせとり」とは、型紙によって裁断されたパーツ、生地を縫い上げる前に、アイロンと水を使って立体化する、料理で言えば「下拵(ごしら)え」に相当するものです。例えば、風呂敷の一方の対角線を引っ張ると伸びますが、逆にもう一方の対角線は縮みますよね? この繊維の動きを利用して、アイロンの熱と水とで生地を変形した状態に固めてしまうのです。逆の作業をして、立体化した生地を平面に戻すことも可能です。繊維の中でもウールが動物繊維ということもあってこうした性質が抜群なのです。可とう性、可塑性と言います。こうして立体化された生地のパーツはミシンで縫いにくくなることもしばしば。で、手縫いとなるわけですが、手縫いはミシンの本縫いと違い、ユックリ、柔らかく、縫い目自体がパーツとパーツとをスプリングのような効果を持たせつつ縫い上げることができるのです。こうした作業が体にピッタリ合って、かつ動きやすい洋服に仕上げるために必要な要素の一つなのです。機会があれば、高級店でチェック柄の服をじっと見てください。柄がゆがんでいる部分、そこに「くせとり」が施され、人間の体の動きが大きい部分ということなのです。それではまた。

(次回は6月9日号掲載)

32523_120089421361491_100000813015286_106219_7322351_n〈プロフィル〉 ケン青木(けん・あおき) ニューヨークに21年在住。日系アパレルメーカーの米国法人代表取締役を経て、現在、注文服をベースにしたコンサルティングを行っている。日本にも年4回出張。

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