ブロードウェイミュージカル「Kimberly Akimbo」の公式フェイスブックから
米演劇界で最高の栄誉とされるトニー賞の第76回授賞式が11日にニューヨーク、ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場で開催され、ミュージカル部門では「キンバリー・アキンボ（Kimberly Akimbo）」が作品賞に選ばれた。常人の数倍の早さで老いていく16歳になる女子高生を描いた同作は、ミュージカル作品賞、ミュージカル主演女優賞（ヴィクトリア・クラーク）、ミュージカル助演女優賞（ボニー・ミリガン）、オリジナル楽曲賞、脚本賞の最多５冠を獲得した。
例年と異なる「トニー賞」
多くの歴史的快挙と記録の更新
全米脚本家組合（ＷＧＡ）のストライキにより、授賞式会場が初めてワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場に移された今年の「トニー賞（Tony Award）」。ＷＧＡへの敬意を示し、授賞式にはつきものの台本がないなど、これまでの多くの授賞式とは明らかに異なっていました。多くの“初”な出来事が繰り広げられる中、行われた今年のトニー賞。歴史的な受賞から政治的にパワフルな発言まで、授賞式の模様を紹介します。（ＮＹビズ編集部）
オープニングナンバーで華麗なパフォーマンスを披露した司会のアリアナ・デボーズ（中央）＝６月11日、ニューヨーク・ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場（Photo by Theo Wargo/Getty Images for Tony Awards Productions）
ノンバイナリー俳優の初受賞
昨年のトニー賞で、「SIX The Musical」の共同脚本家と共同制作者が、男女どちらにも属さないと自認する人“ノンバイナリー”の演劇人として、初受賞を果たしました。
そして、今年はノンバイナリーを公表している演者、Ｊ・ハリソン・ジーが「Some Like It Hot」でミュージカル主演男優賞を、アレックス・ニューウェルが「Shucked」でミュージカル助演男優賞を受賞しました。
ＬＧＢＴＱＩＡ＋コミュニティーが、反トランス、反クィアという不穏な風潮と奮闘している中で、この受賞は、トニー賞の俳優部門のジェンダーにスポットライトを当てています。ジーとニューウェルの受賞は、その流れに火をつけることになるかもしれません。ゴージャスなドレスを身にまとい、喜びのスピーチをする２人の姿が印象的でした。
鮮やかな青のドレスでレッドカーペットに登場したＪ・ハリソン・ジー＝６月11日、ニューヨーク・ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場（Photo by Cindy Ord/Getty Images for Tony Awards Productions）
「Shucked」でミュージカル助演男優賞を受賞したアレックス・ニューウェル＝６月11日、ニューヨーク・ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場（Photo by Cindy Ord/Getty Images for Tony Awards Productions）
受賞記録を更新
数々の記録が生まれた今年のトニー賞。演劇作品賞（Best Play）に選ばれた戯曲「Leopoldstadt（レオポルトシュタット）」は、劇作家、トム・ストッパードにとって５作目の作品賞受賞となり、トニー賞史上最も多くの賞を受賞した劇作家となりました。初受賞は1968年で、その歴史は55年前にさかのぼります。
作品賞受賞したトム・ストッパード（中央）＝６月11日、ニューヨーク・ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場（Photo by Theo Wargo/Getty Images for Tony Awards Productions）
ミュージカル作品賞の「キンバリー・アキンボ（Kimberly Akimbo）」のジャニーン･テソリ（Jeanine Tesori）は２度目のトニー賞オリジナル楽曲賞を受賞し、ブロードウェイ史上最も多くの賞を受賞した女性作曲家となりました。
「スウィーニー・トッド（Sweeney Todd）」のナターシャ・カッツ（Natasha Katz）が、トニー賞史上最も多くのミュージカル照明デザイン賞を受賞し、同部門で８回の受賞を達成しました。今年は特に、トニー賞の歴史に刻まれる記録更新の年となりました。
（写真左）「スウィーニー・トッド」一場面（(c) Matthew Murphy and Evan Zimmerman） （写真右）ナターシャ・カッツ＝６月11日、ニューヨーク・ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場（Photo by Jemal Countess/Getty Images for Tony Awards Productions）
演劇部門、最多受賞は「Life of Pi 」
演劇作品賞（Best Play）にノミネートされなかったにもかかわらず、舞台「ライフ・オブ・パイ（Life of Pi）」は、他の演劇賞ノミネート作品よりも多くの賞を受賞しました。英ウェストエンドで初演され、ブロードウェイデビューを果たしたこの作品は、デザイン部門を三つも受賞。６部門にノミネートされながら受賞を逃した「Ain’t No Mo’」や「A Doll’s House」などの作品よりも多くの賞を獲得し、圧倒的な評価を得ました。
演劇作品賞を受賞した「ライフ・オブ・パイ」の一場面（Matthew Murphy & Evan Zimmerman for MurphyMade）
政治的メッセージを発信
今年のトニー賞は、政治的メッセージを発信する場としても注目を集めました。
ミュージカル部門のリバイバル作品賞「Parade」を手掛けたマイケル・アーデンが受賞スピーチの中で同性愛嫌悪、トランスフォビア（トランスジェンダーの人に対する差別や不寛容、否定的な態度、言動、嫌悪）、反ユダヤ主義を批判。また、演劇教育活動賞を受賞したジェイソン・ゼンブチ・ヤングがスピーチを手話を使って行うなど、受賞者らはステージ上の短い時間を使って、重要な問題を訴えました。
また、ノンバイナリーの俳優として初めてトニー賞を受賞するという歴史的な出来事もあり、「Shucked」のニューウェルは、中継を見ているトランスやノンバイナリーの若者たちに「自分には無理だと思っている人たち、心を込めればあなたなら何でもできる」とメッセージを発したのが印象的でした。
受賞者のスピーチでは、進歩や多様性のメッセージが語られるなど、演劇業界にも変化の時を迎えているのだと改めて実感しました。また、台本がない異例の授賞式となりましたが、発表とパフォーマンスの繰り返しで、雑談による時間のロスがなかったせいか、授賞式としては珍しい１分オーバーで無事に幕を閉じました。
■受賞リスト
【ミュージカル部門】
●作品賞：Kimberly Akimbo（キンバリー・アキンボ）
●リバイバル作品賞：Parade（パレード）
●主演男優賞：Ｊ・ハリソン・ジー（「「Some Like It Hot」」）
●主演女優賞：ヴィクトリア･クラーク（「Kimberly Akimbo」）
●助演男優賞：アレックス・ニューウェル（「Shucked」）
●助演女優賞：ボニー・ミリガン（「Kimberly Akimbo」）
●演出賞：マイケル・アーデン（「Parade」）
●脚本賞：デヴィッド・リンゼイ=アベアー（「Kimberly Akimbo」）
●装置デザイン賞：ベオウルフ・ボリット（「New York, New York」）
●衣装デザイン賞：グレッグ・バーンズ（「Some Like It Hot」）
●照明デザイン賞：ナターシャ・カッツ（「Sweeney Todd」）
●音響デザイン賞：ネヴィン・スタインバーグ（「Sweeney Todd」）
【演劇部門】
●演劇作品賞：Leopoldstadt（レオポルトシュタット）
●リバイバル作品賞：Topdog/Underdog（トップドッグ／アンダードッグ）
●主演男優賞：ショーン・ヘイズ（「Good Night, Oscar」）
●主演女優賞：ジョディ・カマー（「Prima Facie」）
●助演男優賞：ブランドン・ウラノヴィッツ（「Leopoldstadt」）
●助演女優賞：ミリアム・シルヴァーマン（「The Sign in Sidney Brustein’s Window」）
●演出賞：パトリック・マーバー（「Leopoldstadt」）
●装置デザイン賞：ティム・ハトリー ＆ アンジェイ・ゴールディング（「Life of Pi」）
●衣装デザイン賞：ブリジット・ライフェンシュトゥール（「Leopoldstadt」）
●照明デザイン賞：ティム・ラトキン（「Life of Pi」）
●音響デザイン賞：キャロリン・ダウニング（「Life of Pi」）
【ミュージカル・演劇 共通部門】
●オリジナル楽曲賞：キンバリー・アキンボ（「作曲：ジャニーン･テソリ 作詞：デヴィッド・リンゼイ=アベアー」）
●振付賞：ケイシー・ニコロウ（「Some Like It Hot」）
●オーケストラ編曲賞：チャーリー・ローゼン＆ブライアン・カーター（「Some Like It Hot」）
ミュージカル「キンバリー・アキンボ」で主演女優賞を獲得したヴィクトリア・クラーク（中央）と、プレゼンターのネイサン・レイン（左）、マシュー・ブロデリック（右）＝６月11日、ニューヨーク・ワシントンハイツのユナイテッドパレス劇場（Photo by Kevin Mazur/Getty Images for Tony Awards Productions）
近日、各受賞者と受賞作品について掘り下げていきます。お楽しみに！
（2023年６月17日号掲載）
