この作品は今後の役者人生において〝最高の敵〟になる
「ガチ!」BOUT. 237
主演映画「日本で一番悪い奴ら(Twisted Justice)」(白石和彌監督)がニューヨーク・アジア映画祭(NYAFF)のオープニング作品に選出された俳優の綾野剛さん。自身も同映画祭で世界的な活躍が期待されるアジア人俳優に贈られるスクリーン・インターナショナル・ライジング・スター賞(Screen International Rising Star Asia Awards)を受賞し、6月28日に行われた授賞式に出席するためニューヨークを訪れた。今回の授賞、出演する映画などに対して、お話を伺った。(聞き手・高橋克明)
NYAFFでライジング・スター賞受賞
このたびは「ライジング・スター・アワード」受賞、おめでとうございます!
綾野 もう素直にうれしいです。感謝しかありません。特にこの『日本で一番悪い奴ら』という作品で頂けたのがうれしいですね。確かに個人(に向けて)の受賞であるんですが、でも、この作品の代表の一人として賞を頂くっていう感覚の方が強いかもしれませんね。この作品自体が評価されて、ただ僕は俳優部代表として頂けるんだと思っています。
まず監督にお聞きしたかったのは、綾野さんの起用についてなんです。今回も非常にアウトローな作品で、観る前は、極悪な主人公と、正当派の綾野さんが真逆な印象でイメージが重ならなかったんです。でも観た後は、この役は、もう綾野さん以外考えられない。これは…、一体どういうことなんでしょう。(笑)
白石和彌監督 ですよね(笑)。主人公の(モデルになった)稲葉(圭昭)さんは、小さい時から柔道しかやってないんですよ。東洋大学の柔道部時代から、家と大学の往復しかしてなかった。大学出ても、北海道警察に入るか、ロシアのコンバットサンボ大会に出るか2択しかなかったくらい。道警に入っても先輩に「柔道部!」って呼ばれてるくらいですから。まぁ、プロ格闘家なわけですよね。で、当初はずっとコレ誰が演(や)るんだろうなって考えていて。で、ご本人に会いに行ったんですね。いろいろ取材しているうちに、やっぱり魅力的な人で、色っぽいというか、すごい女にモテるだろうなって。会うとみんなが魅了される何かがあって。
ということは“格闘家”の面に寄せるというよりは…。
監督 (さえぎって)そうなんです。“魅力的な人”の面に寄せる方が作品の成功の近道なんじゃないかなって思ったんです。話しているうち、自然と綾野君を思い浮かべるようになりましたね。
真逆というより、ある意味、お二人に共通点を見たというか。
監督 そうなんですよねー。人をひき付ける力、という意味で似てるなって。だって、稲葉さん、逮捕された時に、すでに“バツ2”で、子供もいて、彼女は8人で、うち2人婦警で、って。(笑)
(綾野、インタビュアー、爆笑)
監督 笑っちゃうじゃないですか(笑)。でも、逆を言えば、それだけ魅力ある人なので、それを演じられるのは綾野君しかいないなって。
綾野 いやー、僕でもそんなにモテないです(笑)。8人って。(笑)
監督 1週間でも回りきれない。(笑)
一日足りないですね。(笑)
綾野 一日ハシゴしなきゃいけない。(笑)
綾野さんにとっても今までのイメージを壊すかもしれないという挑戦ではあったと思うんです。オファーを受けた時、葛藤はありませんでしたか。
綾野 うーん、まず原作を読んだ段階で「これ、ホントに映画にできるのかな」って思ったんですね。
確かに。(笑)
綾野 頂いた脚本には「拳銃200丁。覚せい剤135キロ。大麻2トン。監督、白石和彌」って書かれてあったわけですから(笑)。でも…なんて言うんだろう、ちょうど、自主規制やコンプライアンスやで、日本がすごく潔癖性になっている気がしてたんですよね。僕自身「映画にできるのかな」って思った時点で、表現者として、弱体化してたのかなって。もちろん、そういう作品ばかりでもよくないですけど、美しい映画、感動する映画の対極にこういった作品があることで、日本映画全体の底上げになるんじゃないかと信じてるんですね。自分を鼓舞するためにもこの作品をきっちりやる意味があるんじゃないかって。
役作りにはいつも以上に苦労されたのではないかと想像しました。
綾野 でも(主人公のモデルになった)稲葉さんの生き方、というか、在り方、というのかな、そこに、ある種のシンパシーを僕は感じました。組織の中で生きていたとして、何が自分たちにとっての正義なのか。実際の銃器対策において、生涯(一人の警官が)拳銃を検挙できるのはだいたい5丁から10丁って言われてるんですよ。稲葉さんは数年間で100丁を挙げている。それってよっぽどの熱量がないとできないと思うんですよ。(彼の中では)間違いなく「正義の味方」っていう意識はあったと思うんです。「北海道の治安を守りたい」という気持ちがあったはずなんです。世の中に黒か白かハッキリさせられないことでも、僕たちはグレーっていう曖昧な部分を選択することがあるけれど、そこを黒か白か圧倒的に明確にしていたのが稲葉さんだったんだなって思うんです。
なるほど。演出の部分でも非常にエグい描写もありました。
綾野 今、僕(企業の)CMを5本くらいやってるんですけれど、全部のクライアントさんに仁義を通しに行きました。CM(の仕事)を受ける際にも、僕は年間で1本は、セックス、ドラッグ、暴力、とR15(指定)の作品を必ずやりますよ、と。それでも良ければお受けします、って言ってるので。でも、ちゃんと話すと(各企業さん)分かってくれるんですよ。「いや、もう全然構いません」って。結局、皆さんもクライアントの前に、クリエーターなんですよね。役者が表現の幅を広げていくために、その活動をしなきゃいけないということを、熱意を持って話せば、皆さん理解してくださいました。
一つの作品の中で、前半と中盤と後半と、全く違う人間に見えました。役へのアプローチで心掛けたことはなんでしょう。
綾野 年齢によって変えていったわけではないんです。置かれた状況によって服装や髪型や声っていう表現をあえて誇張することによって(観客に)それを伝えていくことはできたんじゃないかなと思っています。もちろん、内に内に磨き込んでいくことも可能なんですが、エンターテインメントとして捉えていたので、誇大表現を惜しまず、まず1回、やってみようと思いましたね。
20代から40代までを演じていくうち、声色というより、声自体が変わっていくようで驚きました。
監督 カメレオン俳優っ!(笑)
綾野 あはは。ありがとうございます。(役作りは)毎秒毎秒、変化していくことを意識するってことしかないですかね。性格って簡単に変えれないかもしれないけれど、考え方は常に変えていかなきゃいけない。例えば、今回、ニューヨークに来たことによっても、昨日思ってたことと、今日思うことってやっぱり違うわけですよね。その変化を恐れちゃいけないって。固まってしまうことって、役者生命を奪われるって僕は思うんですよ。ちょうど今月の4日で俳優をやって13年経つんですけれど、今まで13年間やってきたことが経験として積み重なっているというふうに思われがちなんですが、実は、僕、とにかく、全部捨ててるんですよ。例えば、もし次回、『日本で一番悪い奴ら2』があるなら、今回の作品におけるプロセスみたいなものはプラスに使えるかもしれないけれど、次またやる作品は全然違う役なので、そのプロセスは一切使えない。監督も違うし、役名も違うし、毎回、捨てるしかいないんです。変化していくことしか方法はないんですね。捨てることを怖がってたらダメで、捨てる勇気を持つしかない。またゼロから台本というものをベースに作っていく。なので、苦しいです、毎回。
…すでに作り上げたプロセスをまた使いたくなることもあったり…。
綾野 (さえぎって)でも、それをやった瞬間から僕は役者じゃなくなると思うんです。役者をやってる意味を見失うと思うんです。確かにきついですけど、でも一人でやるのではなくて、監督や制作のいろいろなスタッフの方々の力を借りながらやれるので。たった一人でやるしかないなら、もうつぶれてます(笑)。でも、そうじゃないので。みんなで一つの作品を作り上げていくものなので。今は変化を恐れずやっていきたいと思ってますね。
演出をされた監督の目には、綾野さんの役作りはどう映りましたか。
監督 これは、もう、僕もいち演出家として見て「やっぱ、役者ってすげーなぁ」て。「綾野君、すげえ、おっさんになってる!」みたいな。素直に脱帽ですね。もちろん(演じやすいように)環境というか、状況は作ってあげないと、とは思いましたけれど、あとは綾野君の力、ですね。
2年前、モントリオールで『そこのみにて光り輝く』という作品が上映された際、「初めて作品の方から愛された」とおっしゃっていたのが印象に残っています。今回の『日本で一番悪い奴ら』は綾野さんの俳優キャリアにとってどういった位置付けの作品になると思われますか。
綾野 今回の作品は今後の役者人生において最大の敵になりますね。もうライバルを超えて、「敵」、ですね。今までは『そこのみにて光り輝く』っていう作品がモントリオールでも、日本でも評価頂いて、ある意味最大の敵だったわけですけど、この作品で超えたと思ってるんですね。また新しい敵が生まれてしまって、こんな作品にこれから自分は勝っていかなきゃいけないのかって。「『日本で一番悪い奴ら』の綾野剛が一番いいよね」って言われ続けるのは敗北ですから。俳優を続けている限り常にネクストワンっていう気持ちを持って、次に白石監督とやる作品こそが、自分の代表作にするって気持ちを持たないといけない状況が生まれてしまっている、というのが素直な感想です。最大の敵であり、最高の敵、ですね。
監督にとって、今回ご一緒された綾野さんはどういった俳優さんに映りますか。
監督 もちろん、またコンビを組んで作品を生み出したいですし、それをすごくイメージさせてくれる俳優さんですよね。こういった作品で、こういった役をやらせたいなって。綾野君がいたら、こんな作品もできるよなー、とか。まぁ、偉大な監督を例えて言っていいなら、黒澤と三船、みたいになれるといいなって思ってます。
綾野 いやー、すごくうれしいっすね、その言葉。とにかく(現場が)楽しかったんですよ! これが(笑)。監督の笑い声でNGが何回も出るくらい(笑)。またぜひ、ご一緒したいですね。
最後に、ニューヨークという街の印象はいかがでしょうか。
綾野 僕、初めてなんです! いやー、エネルギーがすごいですよ。さっき、タイムズスクエアに行ってきたんですけれど、テレビや映画ではずっと見ていて、すごくパワーを吸いとられちゃいそうだなって思ってたんですけど、それが、逆で、パワーを与えてくれる場所なんだなって。自由の聖地、っていうのかな。エンターテインメントにこんなにも寛容で、こんなにも与えてくれるんだなって驚いて。もうどんなに腹ぺこでも、すぐお腹いっぱいになるイメージです。
監督 世界中から世界の人が夢見てきて、成功する人もいれば、失敗して帰って行く人もいる。すごく人間のいろんな部分を見れる街なんだろうなぁって想像がつきますね。
綾野 人生の縮図がこの街にはありますよね。すごく豊かな街だと思いました。なので、また違うカタチで、必ず戻ってきたいなって思います。
★インタビューの舞台裏★ → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12180088485.html
綾野剛(あやの ごう) 職業:俳優
1982年生まれ。岐阜県出身。2003年俳優デビュー。10年放送の「Mother」(NTV)、11年NHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」で人気を博す。13年「八重の桜」で初の大河ドラマ出演。同年、「最高の離婚」(13)で東京ドラマアワード2013・助演男優賞を受賞。さらに、14年には映画「横道世之介」「夏の終わり」で第37回に本アカデミー賞・新人俳優賞に選ばれたほか、第38回得ランドール賞・新人賞、第22回橋田賞・新人賞を受賞。主演映画「そこのみにて光輝く」が第38回モントリオール世界映画祭にて最優秀監督賞を授賞、同作品が15年米国アカデミー賞外国部門の日本代表作品にも選出され、第88回キネマ旬報ベスト・テン、第69回毎日映画コンクール、第36回ヨコハマ映画祭など数々の映画賞で主演男優賞を受賞。16年以降は「リップヴァンウィンクルの花嫁」、「64 -ロクヨン-」(前編/後編)、「怒り」「新宿スワン2」などがある。
公式サイト:http://tristone.co.jp/ayano/
〈監督紹介〉
白石和彌(しらいし・かずや) 初の長編映画監督作「ロストパラダイス・イン・トーキョー」(10)の後、ノンフィクションベストセラー小説を実写化した「凶悪」(13)は、第37回日本アカデミー賞優秀監督賞ほか、各映画賞を総なめした。最近ではNetflixのオリジナルドラマ「火花」(190カ国配信中)の監督も務めた。twitter.com/shiraishikazuya
〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。
(2016年7月16日号掲載)