「ガチ!」BOUT. 272
日本画家 千住博に聞く
NYで日米および世界の友好に貢献した人をたたえる日米特別功労賞受賞
数々の国際的な芸術賞を受賞する世界的アーティスト、日本画家の千住博さん。ニューヨークを拠点に世界に向け作品を発表する一方、京都造形芸術大学の教授として若き芸術家の育成にも携わっています。昨秋、ニューヨークの日本クラブでの講演会後、お話を伺いました。現代のアートシーン、アーティストとしてのこの街の魅力、そして芸術とは何かを語って頂きました。
(聞き手・高橋克明)
講演、非常に面白かったです! 何より「芸術」という、ややもすれば高尚に感じるものが先生の話で身近に感じられることができました。
千住 アートにしても、サイエンスにしても、もともと難しい話をいかに易しく話せるかというのが、僕は学者の価値だと思うんですね。難しい話を難しく話すのは、大学生でもできる。芸術とは何か、美とは何か。そんな本、山ほど出てるじゃないですか。でも(そんな類の本の)多くは読めば読むほど分からなくなりますよね。
特に素人の僕たちには。
千住 でも、それだと意味ないですよね。僕も、積み上げたら自分の身長を超えるくらい「美学」の本を読んできました。でも、当時は何も分からなかった。誰も分からなかったと思います。でも、今になって「美」っていうのは、生きる喜び、ということなんだと分かります。「おいしかった」「元気になったぞ」「明日から頑張ろう」そういう気持ちが「美」なんです。こう話して、誰からも反論を受けたことがない。著名な美術史学者とかに「美しいという感覚は、おいしいって感じることと違いますか」って聞くと、「それでいいと思う」ってみんな言ってくれるんですよ。
実績を持つ、千住さんに言われると、これ以上なく説得力があります。先ほどの講演会でも「芸術」は「平和」のためのもの、「美」とは「生きていく力」だと言い切られていたことが強烈に印象に残りました。
千住 3・11(東日本大震災)の後、何か力になりたいと被災地に行ったんですよ。その時に僕が驚いたのは、仮設住宅の人たちに何がほしいか聞くと、美しい絵がみたいって話されたんですよ。これが人間なんだなって僕は思ったんですね。
物資が最も足りない場所で。
千住 そう。実際に会った、全てを失ってしまったおじいさん、おばあさんが「美しい絵が見たいですね」って。「美しい音楽聴きたいですね」って。その時に、芸術とは何か、僕は本当に分かった気がします。教えられた気がします。
これ以上のない正解ですね。
千住 なので、そのレベルで考えた時に、僕はある種の現代アートに対して、とても疑問を持ってしまうわけです。例えば、第二次世界大戦の時に、ナチスの迫害からみんな逃げるわけですよね。その時に、今の現代アートを持って逃げるのか。醜悪なブラックジョークみたいな、悪ふざけみたいなものを「アート」と呼ぶなら、(それらを)コートの内側に忍んで、ナチスから夜汽車で逃げるでしょうか。
まず、想像できないですね。
千住 逆を言えば、その時に、持って逃げてもらえる物が、歴史を作った本物なんですよ。それが、パウル・クレーであり、ジョルジュ・スーラであり、ヨーロッパの近代絵画なんですね。つまり美しいものが何かって言ったら、「生きるために必要なもの」なんです。今の現代アートって生きるために必要なものもある「かも」しれない。でも、ほとんどが病気自慢にしか見えない。「私はこんなに精神が病んでます」とか、「私は過去こんなひどい目に遭いました」って作品ばっかりじゃないですか。
ただ、それらがメディアで取り上げられたり、オークションですごい値段が付くと、途端にすごい「アート」になってしまいますよね。「(良さが)分からない」と言うと「見る目がない」と言われてしまう風潮というか…。
千住 うん、それはね、それが画商たちにとってビジネスだからなんですよ。オークションで、絵画コレクターたちが、現代アートを何百億で買ったとかよく聞きますよね。でも、彼らは、それをそのまま包んだまま倉庫に入れて、値段が上がるのを待っていたりする。部屋に飾ることすらしない。なので、それらは、絵画とかアートの話ではない、ビジネスの話、と僕は思っています。
完全にビジネスシーンであって「芸術」の話ではない、と。
千住 オークションで100億円で落とされたなんて現代アーティストがいても、その人たちの展覧会が開催されていないですよね。それでいて、その人たちが今の時代を作ってるなんて、ありえない。50年もたてば、全てはひっくり返ります。
先ほどの「芸術」の定義からすると、資産に影響を与えても、人の心には何も影響を与えてないですね。
千住 本当のアートっていうのは、例えば料理ですよ。おいしいものを作って、私はこれがおいしいと思います。皆さんどうですか。それがシェフじゃないですか。僕たちも、こんな絵を描きました。これが美しいと思っています。どうですか。同じですよね。なるほど。
なるほど。
千住 美しい絵が否定されるのだったら、おいしい料理も否定されるべきです。芸術なんだから、ショッキングなもの食べればいい。同じように美しい音楽を聴くことも否定されるはずですよね。「(例えばクラシックのような)美しい音楽を聴くなんて、お前は現代を生きてない!」とか、ありえないですよ(笑)。真逆ですよね。人間からおいしい料理をとったら、それは餌になりますよね。餌と食べ物の違いはそこです。美しい音楽然りです。つまり人間として生きたいかどうかです。
ただ、先生が25年活動されている、ここニューヨークのアートシーンも、非常にビジネス色が強い印象を勝手に持っているのですが。
千住 ここはデリケートなところで、きちんと説明しないといけないところなのですが、この街にビジネス色の強い画商が多いことも事実です。と同時に、一人ずつコレクターにいい絵を紹介する良質の画商もこれまた多いんですよ。ニューヨークってね、実は「流行なんてない」んです。「流行」を作り出しているのは画商たちの勝手なビジネスなんですね。例えば、チェルシーでも、トライベッカでも歩いたら一目瞭然ですが、画廊ごとに傾向全部違うじゃないですか。つまり、この街は「多様性」なんです。例えば、経済力のある画商が、「これが今のトレンドだ」と打ち出すことがある。売るためです。で、それを真に受けて「自分が流行遅れだ」と悩むアーティストがいたとしたら、大きな勘違いなんです。だってそもそも「トレンド」なんてないから。
なるほど。いいものであれば、全てを受け入れるのが、ニューヨークである、と。
千住 だって、昔、国吉康雄という日本人画家がニューヨークにいて、一世を風靡(ふうび)したんですけれど、同時代にはジャクソン・ポロックも、ベーン・シャーンも、エドワード・ホッパーもいたんですから。
全員、全く違う。(笑)
千住 それこそが、多様性なんです。ニューヨークなんです。いいものはいいものとして、全て受け入れる。つまり、ニューヨークは「流行って」ないってことなんです。画廊ごとに違う傾向であり、それがニューヨークの画廊なんです。そして、それこそが、ニューヨークの本物の面白さなんですね。
日本でよく目にする「今、ニューヨークで流行ってる」というプロモーションに、今まで違和感を抱いてきた理由が、やっと今、分かった気がします。
千住 ここは「それだけじゃなく、他にもある」ということなんです。でも、日本に行くと「今、コレがニューヨークで流行ってます!」という触れ込みで、まるごと一つ、ドーンと日本中を支配して、他を許さない風潮だったりする。
多様性こそが、ニューヨークの本物の魅力であるにもかかわらず。
千住 イタリアとパリのファッションの話にも通じるかもしれないですね。なんでもある。その時はこれが出ちゃうだけで、他だってあるんです。ヨージだってアルマーニだって同時にある。その根元にクリエーターの僕たちは居るべきなんですね。末端にいちゃうと「今、コレが流行ってる」っていう一つの画廊の影響だけをもろに鵜呑(うの)みにしてしまう。他のものはもう全部古いとか、もう遅れてるとか、勘違いをしてしまう。そんなことは決してないんですよ。
先生がこの街を活動拠点にされている理由がよく分かりました。
千住 流行に乗りたいからいるわけじゃなく、むしろ逆ですね。多様性に満ちているからこそ、いつでも学べる。ただその分、ニューヨークにきて、ゼロから学ぼうとする若い人たちは大混乱するんですよ。あまりにも多様に満ちた答えがあるから。何をやっていいのか、どこに向かっていいのか、分からなくなっちゃうみたいなんですよね。なので、自分をきちんと確立してからでないと、ニューヨークは来てはいけない街かもしれないですね。
それは、アーティストの世界だけでなく、僕たち一般人にも言えることかもしれないですね。
千住 自分が未完成のままここに来ると、あらゆる可能性の中であらゆる成功をしている人たちを見てしまうので、ますます分かんなくなっちゃうんです。答えが一つだったら、そこに向かって進めばいい。でも、この街はそうじゃない。全部アリなんです。だから自分を確立して、そこから勝負をしにくる場所。それがニューヨークだと僕は思ってます。
ゼロから学ぶ場所ではなく。
千住 そんな生易しい街ではないんです。学ぶのは自分の地元でしっかり自分のアイデンティティーを見つめて、その風土の中で、自分にあるものは何か、あるいは、ないものは何かを学んで、そして、それを発表し、さらに学びにくる場所だと思いますね。
人間の目的は「生き続ける」こと。そのためにアートはある
それでは、すでに世界的に評価された、先生の行き着くところはどこになるのでしょうか。先生が頭に描くゴールはどこでしょう。
千住 それはね「生き続けていくこと」、なんです。生きていくこと自体がやっぱり人間の目的であり、一日でも長生きするということが、とても大切な根本だと思うんです。美しい音楽を聴くのも、おいしいものを食べるのも、死ぬためじゃないですよね。生きるためじゃないですか。だから、無駄な命の落とし方をしないということですよね。栄養のあるものを食べよう、美しいものを見よう、そして人生を楽しく過ごそう。これらは全て生きていくための豊かな心を持つ発想じゃないですか。そして、そのためにアートはある。首を吊(つ)るためになんてアートは存在してないんです。
芸術が人間にとって必要だということを、これだけ分かりやすく説明してもらったことは、過去、書籍でも、映画でもありませんでした。
千住 ただ、実は人間にとって必要じゃないアートも、世の中にいっぱいあるんですよ。この絵見ると気が狂っていくとか、人を殺(あや)めたくなるとか、そう扇動していくようなアート、欲情、欲望をそそるようなアートがあるのも、また事実なんですね。きれい事だけで生きていけないのも、これまた人間で、だからこそ、そういったアートが存在するんですね。病気自慢みたいな現代アートも、しかしそれを評価する人がいることも事実なんです。なぜってその人も病んでるから。だから、アートって、世の中が病んでるかどうかのバロメーターでもあるんですね。でも、そういうのが目の前に出てきた時に、これは良くないっていうふうに健全に思えるってことが大切なことだと思うんです。「そうではないですよ、こっちですよ」って(本物の方に扇動する)のも、芸術家の役割じゃないかと思うんですね。
なるほど。自殺を促すものではなく、自殺を思いとどめさせるものこそが…。
千住 アートなんです。それこそが、アートが何万年もやってきたことなんです。今日(こんにち)においてもそこはいささかの力を失ってはいないし、つまりそれこそを「美」と呼ぶのだと思います。つまりは、生きていく希望ですよね。人間は、旧石器の時代から、なんとか自分が生きていくため、周囲と情報交換をしていて、答えが返ってこなくても宇宙との問い掛けをしていました。ここの空間は一体、どうなってるんだ。あの動物たちは一体、どこ行っちゃったんだ、と。そんなふうなことを、みんなで、なぜだろうって言い合ってる、その姿自体が人間なんですよ。コミュニケーションする人たち。人の間。それが人間である、と僕は思います。それらは生きてくっていうことを前提にした、一つずつの出来事であり、その全てが僕は「アート」だと言っていいと思うんです。
人が生きていくことに、必要なものだと今日あらためて教えていただきました。それでは最後に、ニューヨークに住む日本人にメッセージをお願いします。
千住 日本文化に対して誇りを持ってもらいたい。世界で成功している建築家もデザイナーもアーティストも、みんな足許(あしもと)の日本を直視している人たちです。そしてやはり1に自信。2に勇気でしょうね。うん、やっぱり最後はその二つじゃないでしょうか。よく、芸術家はね、1に自信、2に勇気、そして三つ目に「ニューヨークに住んでいること」って言われるんですよ(笑)。つまり、ずーっとこの街に居続けるということ。そうすれば、必ず誰かの目に止まり、引っ張り上げてもらえるチャンスが巡ってくるってことなんですね。多様性に満ちている街だからです。今、まだ世の中に出ていない人の中にも、次に出てくるかもしれない。そういった事実がこの街にはあるんです。しかしそのためには、自信と勇気で、自分をよく見てこつこつやるしかないのです。これが大変なんですが、皆来た道です。近道ってないですから。皆苦しんで世の中に出てますから。
千住博(せんじゅ・ひろし)職業:日本画家
1958年東京都生まれ。東京藝術大学大学院修了。95年第46回ヴェネツィアビエンナーレ東洋人初の名誉賞(イタリア)。2006年第6回光州ビエンナーレ(韓国)。10年瀬戸内国際芸術祭。11年第5回成都ビエンナーレ(中国)。15年第56回ヴェネツィアビエンナーレ。16年大徳寺聚光院に奉納した襖絵を狩野永徳の国宝障壁画とともに特別公開。平成28年度外務大臣表彰。薬師寺「平成の至宝」に選出され、収蔵。17年ロサンゼルス・カウンティ美術館、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)常設展示。イサム・ノグチ賞。18年優秀芸術賞(フィラデルフィア日米協会)。日米特別功労賞(イーグル・オン・ザ・ワールド・アワード、JCCI)。「高野山金剛峯寺襖絵完成記念千住博展」全国巡回展開催中。19年ブルックリン美術館(ニューヨーク)収蔵作品が展示予定。活動は国際的でニューヨーク、ロサンゼルス、香港、シンガポールなどで個展を開催。
公式サイト:http://www.hiroshisenju.com/
(2019年1月1日号掲載)
〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。