甲斐よしひろ インタビュー 情熱みたいなものを、46年、47年と続けていきたい

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甲斐よしひろ

BOUT. 289
ロックミュージシャン 甲斐よしひろに聞く

思い出深いNYで熱唱

今年デビュー45周年を迎えた「甲斐バンド」のボーカル、甲斐よしひろさん。日本の音楽シーンにおいて、洋楽志向の若者たちをも魅了し、まさに日本のロック黎明(れいめい)期に偉大な足跡を残した伝説のロックバンド、ミュージシャンとして今も活躍を続けている。今年5月に開催された「ジャパンデー」に出演するため、ニューヨークを訪れた甲斐さんに、お話を伺った。(聞き手・高橋克明)

今回、「ジャパンデー」でのコンサート。ニューヨークでの日本のイベントで歌われるお気持ちはいかがですか。

甲斐 みんなこんな雨の中来てくれて、それを見ると、僕らも頑張ってやんないとって思っちゃいますね。日本のコミュニティーだけじゃなく、いろんな国の人たちも来てくれるんで、呼んでいただいたことは、光栄なことですし、楽しもうと思っています。

甲斐さんはすごくニューヨークと縁のあるイメージがあります。

甲斐 最初の海外(旅行)もニューヨークだったんです。43年くらい前かなぁ、プラザ(ホテル)に泊まって。その時は40年ぶりの大寒波で、ハドソンリバーが波の形のまま凍ってるのを見て、すごくびっくりしたのを覚えていますよ。

それ以降も、よく来られている印象が…。

甲斐 1981年からずっと10年ほど毎年来てましたよ。ザ・パワー・ステーション・レコーディング・スタジオ(現・アバター・スタジオ)っていうスタジオで、当時、エンジニアのボブ・クリアマウンテンと仕事をしてました。彼は、ブルース・スプリングスティーンとか、ザ・ローリング・ストーンズとか、デビッド・ボウイとかもやってたエンジニアで、毎回そこでやってましたね。で、そのボブとそこから10年近く仕事をしました。来たら1カ月くらいみっちり(レコーディングを)やってました。

当時のことはよく覚えてらっしゃいますか。

甲斐 そのころはまだね、ニューヨークも、非常に緊張を強いられる地区があって、アルファベットアベニューも、アベニューBまではなんとか入れた。でもそれより先のC以降は入っちゃダメって、そんな感じでした。ジュリアーニ(市長)の(政策)後ですかね、本当にきれいなすごくいい街になりましたもんね。

当時の空気とは、今は全く違う街ですね。

甲斐 でも、昔、行けない地区とかにも、僕ら、行ってたんで(笑)。まぁ、みんなが生活しやすくて、清潔な街になってることは、いいことですよね。

変わらず、お好きな街、だと。

甲斐 もちろん。80年代最高のエンジニアだと言われてるボブ・クリアマウンテンの本拠地がニューヨークだったというのが一番大きい(理由)ですけれども、それ以降、ずっと大好きな街ですね。

甲斐よしひろ

そして、今年は甲斐バンド結成、45周年です。日本でも記念コンサートの真っ最中ですね。

甲斐 45年間、自分たちの思い一つでここまでやってこれているってことですから、その(45年という)歴史以上に自分たちのね、その情熱みたいなものを、46年、47年、と続けていきたいんで。あの、ソロプロジェクトもずっとやってるんでね。総合的な形で、皆さんに楽しんでいただけたらと思ってます。

最後にニューヨークに住んでいる日本人にメッセージを頂けますか。

甲斐 いやー、僕はね、10年近くここにずっと住んでいるような時期があったんで、もう皆さんがすごくうらやましいです。みんな、すごくハツラツとして、すごくエネルギッシュじゃないですか。住んでる人もそうだし、街自体もそうだから。その中で生きていけるって、うらやましいくらいですよね。だから、今日のこの後のコンサートも、楽しんでいただきたいと思っています。

 

★ インタビューの舞台裏 → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12462392748.html

 

甲斐よしひろ(かい・よしひろ) 職業:ロックミュージシャン
1974年に甲斐バンドを結成。同年11月シングル「バス通り」でデビュー。セカンドシングル「裏切りの街角」の大ヒットで一躍人気ロックグループとなる。79年「HERO(ヒーローになる時、それは今)」がチャート1位を獲得。180万枚を超える大ヒットとなる。その後も「安奈」「アウトロー」「ビューティフル・エネルギー」など次々にヒットを飛ばし、80年代にはパワーステーション・スタジオを拠点に、ボブ・クリアマウンテン、ニール・ドーフスマン、ジェイソン・コーサロの3大名エンジニアとタッグを組んだ最強のニューヨーク・プロジェクト「虜」「GOLD」「ラヴ・マイナス・ゼロ」NY三部作を発表するなど、名実ともにトップバンドとして活躍してきた。甲斐よしひろ公式サイト:http://kaisurf.com/

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セントラルパークで行われた「ジャパンデー」の大トリで演奏した「甲斐バンド」=5月12日、ニューヨーク(Photo by GION)

セントラルパークで行われた「ジャパンデー」の大トリで演奏した「甲斐バンド」=5月12日、ニューヨーク(Photo by GION)

ニューヨークのセントラルパークで5月12日の母の日にJapan Day @セントラルパーク2019www.japandaynyc.org/2019)が開催。13回目を迎えた今年は、あいにくの雨天となり、例年の半数程だったが、2万5000人が来場した。
同イベントは日米市民の交流を目的にニューヨークの日本総領事館と日系企業が官民一体で主催するイベントで、今年も日本の文化をニューヨーカーに紹介するため、ニューヨークの日系社会が集結し伝統文化から現在の日本までさまざまな〝Japan〟が披露された。

(2019年7月13日号掲載)

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〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

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