時代が流れても変らない志
「ガチ!」BOUT.29
日米のみならず、欧州、南米から極真空手の強者が、頂点を目指してぶつかり合う選手権「All American Open 2008 Karate Championships」(9月20日開催)。ハンターカレッジでの大会開催直前に控え、国際空手道連盟極真会館の松井章圭館長にお話を伺った。
(聞き手・高橋克明)
「All American Open 2008 Karate Championships」開催
押忍! 館長にお会いできて非常に光栄です。今日は宜しくお願い致します。(ガッチガチに緊張して)
館長 こちらこそ(にっこり)。
まず最初に今月20日に開催される「All American Open 2008」についてですが、世界各地で催されている極真のトーナメントのなかで今回の大会はどういった位置づけでしょうか。
館長 オールアメリカンといっても、日本、ヨーロッパからも世界レベルの選手が参加するので、ある意味国際大会と言ってもいいかもしれませんね。マンハッタンという地で15回目を迎えたという意味ではシンボライズ化された大会でもあると思います。それと同時にニューヨークという街でやってきたわけですから活気のある大会と言っていいと思いますね。ただ、(欧米では)30年前にひとつのブームの波があって、今はひと息ついた状態ですから、やはり「All American」と銘打っているかぎり、アメリカ、カナダの選手には頑張って欲しいと思います。非常にいい素材はたくさんいると思うので。
なるほど。大山先生が極真魂というものを提唱されてから時代は今、強さを求めるよりエクササイズ、運動不足解消の手段として道場通いをする人も多くなりました。その状況をどうお考えでしょうか。
館長 もちろんそれはとても歓迎すべき状況だと思います。一般に指示されて多くの人に影響を与えることは素晴らしいことだと思いますから。ただオリンピック競技でもない、プロスポーツでもない我々の求めるものはある意味で「最強」ということなんですね。そこに象徴されるわけです。それを横において物事は言えないんです。やはり強さを求めないという訳にはいかない。精神性、社会性を裏付けるのはやはり強さだと思っています。それは時代がどう流れても変らない我々の志(こころざし)ですね。
館長自身が空手を始めたきっかけについてお聞きしたいのですが、当時周りの子供がサッカー、野球と他の選択肢を選ぶ中なぜ空手だったのでしょう。やはり強くなりたい一心からでしょうか。
館長 そうですね、強くなりたかったというのは裏をかえせばやっぱり自分は弱かったと思うんです。肉体的にも精神的にもね。それを自覚した時にやっぱりもっと強くなりたいと思うじゃないですか。でも他の子供が憧れるようなウルトラマンやスーパーマンは作られたキャラクターですよね。でも「空手バカ一代」の大山倍達は実在する。実在するなら自分にも(そうなれる)可能性はあるんじゃないか。その事実のインパクトは当時の自分にとっては相当強かったんでしょうね。
あの、これは一番お聞きしたかった質問なのですが、いま格闘技界はK-1でありMMAであり当時と比べ圧倒的に他流試合においても確立されていますよね。もし、館長がいま現役なら出場されていらっしゃいますか?
館長 うーん、何とも言い切れませんが(しばらく熟考して)…やっぱり無視はできませんよね(キッパリ)。ただね。ただ、当時も実際は(道場の中は)同じですよ。いろいろなことを想定し稽古してましたから。ま、公開の試合ではないにせよ。柔道出身とかレスリング出身とかいろいろな人間がいましたから、基本的にあらゆる意味で無差別の中でやっていたと思います。
すごそうな日常ですね。館長は「百人組手」を達成された数少ない空手家ですが、当時のことを思い出されることってあるのでしょうか。
館長 経験したことのないような肉体の状況なんですよ。当時、全日本チャンピオンになってからでしたから、肉体的にも精神的にも自分では強いと思っていたんですね。でも度重なる打撃を浴びて、肉体的にも脱水症状になってそれでもさらに動かないといけない。ある意味軽く精神が錯乱してくるわけですよ。で、攻撃的でなく自己防衛的な動きになってしまう。もう来ないで欲しい、もう触らないで欲しい、泣き出したくなる、何でこんなことやってるんだろう、とかね。(武道として)本来ならば尊重しなきゃいけない相手に憎しみすら持ってしまう。
技術的や肉体的に向上させるものではないというか…。
館長 ま、肉体的には悪いでしょうね(アッサリ)。肉体の限界を超えていきますから。だから必ず「百人組手」をやった人間はその後、急性腎不全になります。たたかれた所の細胞が破壊されて、その破壊された細胞が血中をまわり腎臓の弁に詰まるんですよ。で、腎臓が機能しなくなる。もうこれは肉体的には絶対よくないですよ。それに加え全身打撲と脱水症状と。
…凄まじいですね。
館長 でもその中でやはり精神の極限状態に立った時その人間の本性が出ますから、否応なく自分の本性と向かい合わなければいけない。その時に自分はこんな強いはずだったのに、なんでこんなに弱いんだとか、なんでこんなに情けないんだとか、そういった意識とも向かい合わなくちゃいけない。でもそれでも逃げられない、やらなきゃいけない、貫徹しないといけない精神と向かい合うわけです。すると100人の流れの中で技術的にもいままでフォーカスが合わなかったものがどんどんピチっとあってくる瞬間がある。30、40人から40、50人の間。いわゆるランナーズハイのような状態と云っていいかもしれない。もう息は上がってるけどこのままずっと続けられるんじゃないかなという感覚です。ただ、最後はもうボロボロになりますけどね。
…(唖然)
館長 でも人間の身体は記憶力が良くて、その時のことをちゃんと覚えているんです。だから総裁の大山先生も重量挙げの練習の時、あがらない回数になると奥さんにキリを持ってこさせてね、お尻をつかせて、そうしたらぎゃっとあがるでしょう。その勢いを身体が記憶する。すると次はあがるんですよ。僕らも腹筋をやってね、お尻の皮がやぶれるくらい腹筋をやって、身体がぶるぶる振るえてもうあがらなくなる。その時に師範が来て、竹刀で思いっきりおへそのところをばんと殴ったら、ばちーんと起き上がるんですよ。これがね、20回くらいあがりますよ。1回ごとに叩かれると。精神も身体も限界って自分が考えるよりずっと遥か先にあるんです。そんな体験を通じて(自分で)知ることが出来るんです。ひとりではなかなか出来ないですよ。
今この現代ではなかなかそこまで自分の精神と向き合える機会はないですよね
館長 なかなかね。自分自身の力に自分自身が驚くことがあるとしたら「百人組手」はその最もたるものでしょうね。
なるほど。最後の質問ですが極真会館館長にとってニューヨークとはどういった街ですか。
館長 私にとってはニューヨーク、特にここマンハッタンというのはアメリカじゃなく、「世界」だと思っています。この一つの小さな島が、です。ここはもうね、世界の縮図なんですよ。人種、民族、宗教、文化、芸術。最高の物と、最低のものが混在して、ひとことでいうと地上最強の都市ではないかと思ってるんです。この先10年後、20年後はわかりませんが今の僕の中では世界で最強の街なんですよ。だから僕自身がここに住みたかったんですね。いま空手を通じて国際的な事業に従事していますが自分の子供達もどんな仕事であれ国際人になって欲しいという思いがある。それでここに拠点というか家をおいているわけです。
ニューヨークは何か目的を持って日本から来ている人が多いと思います。そんな読者に最後にメッセージを頂けますでしょうか。
館長 ニューヨークが最強の街であるならば,ここに来る人たちはそれなりの大志を抱いて、それなりの大役を担って来ているんだと思います。そういう意味でもここで達成するか、挫折するか、これは2つに1つなんですよ。100で達成というならば99は達成ではない、挫折ですよね。この2つに1つは決して他者に導かれるものでない。自分自身が結果を導き出すものだと僕は思っています。だから必ず達成する側に立つ意識を常に持っていて欲しいなと思います。そういう人達がやっぱりニューヨークを支えるんだろうしね。逆にいうとそういう人達がこの国際社会の中で存在感を得るんだとも思いますよね。
◎インタビューを終えて
テレビは連日、コメンテーターやいわゆる常識人と呼ばれる人々、はてはミュージシャンまでの「大切なのは結果じゃない」「人生はレースじゃない」「元々特別な個性で云々」といったフレーズを流しています。そんな時代において館長ははっきりと「我々はあくまで勝敗にこだわっていく生業ですから」と言いきられました。全世界1000万人以上いる極真空手のトップでもあり、全日本だけでなく全世界選手権をも制した男は「百人組手」完遂の話の際「やはり僕は弱かったんでしょうね」と笑いました。多分かっこいいとはこういう事だ、と「ガチ」連載史上最も鳥肌の立った回でした。
松井章圭(まつい しょうけい) 職業:国際空手道連盟極真会館館長
1963年東京生まれ。76年、13歳で極真空手に入門。入門後約1年で初段を取得。80年、17歳で第12回全日本大会に初出場第4位入賞。85年には第17回全日本大会で優勝を飾る。86年空手界最大の荒行といわれる「百人組手」を完遂する。87年、第4回全世界大会でついに優勝を修める。94年、大山倍達総裁の生前の遺志に基づき館長に就任する。現在、組織運営のかたわら世界各地を訪問し、技術指導、後輩の育成にあたる。国際空手道連盟 極真会館公式サイト:www.kyokushinkaikan.org
〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。
(2008年9月14日号掲載)