〈リアル〉File 4 映画作家 想田和弘さん

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〜映画「選挙」で「ピーボディ賞」を受賞〜

見た物をリアルに構築 どう感じるかは観客次第

米放送業界における最も権威のある賞「ピーポディ賞」を日本人が受賞した!このニュースはすでに日本でも報道され、一躍「時の人」となったドキュメンタリー映像作家、想田和弘監督。授賞式には受賞作「選挙」で主役を張った“山さん”こと山内和彦さんも同席。受賞直後、東大の同級生というお二人にお話を伺った。全く違うキャラながらそこには「最強の同級生」の2人がいた。なお、想田監督の最新作、「精神」が13日から東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムを皮切りに全国順次公開される。
―たった今、授賞式が終わりました。まずは率直なお気持ちをお聞かせください。
想田 そうですね(受賞の)このニュースを知ったのが4月1日だったので、最初はエイプリルフールだと思って信じていなかったんですよ(笑)。そのくらい考えられない事でした。
―この作品のどういったところが受賞につながったと思いますか。
想田 それぞれの国で民主主義のシステムにほころびが生じていたり、岐路に立たされていると思います。この映画は日本の選挙を題材にしているんですけども、それを通してアメリカの選挙システムをもう一度考え直す機会になったという側面もあったんじゃないでしょうか。
―なるほど。
想田 あとは、(主演の)山内さんの人柄っていうか非常に人間的なところが、全世界の皆さんに共感していただいたんだと思います。
―その山内さんにお聞きしたいのですが、実際に市議会議員に当選されたときと、今回のピーポディ賞受賞とどちらがうれしかったですか。(笑)
山内 むーずかしいですねぇ。どっちもそれなりにうれしいですけど、でも今は議員とは関係ない生活をやっていましたので、今回の賞は寝耳に水というか、光栄すぎてびっくりしています。
想田 だいたい、映画になるってことを(本人、)信じてなかったんですよ。撮っている時って、僕一人でカメラを回しているもんですから、映画だよって言っても信じてくれなくて。出来上がった時に「え!ホントだったの」って言われたくらいですから。
山内 だって、ほとんどホームビデオ感覚で撮っているみたいだったから(笑)。出来上がりを見てプロの映像は違うと分かりました。
―(笑)。映画の中の主役のご自身を見てどう思われましたか。
山内 いやあ、最初は…。
想田 (割り込んで)めちゃくちゃ怒ってた。(笑)
山内 いや!あぜんとしましたね(笑)。これ、公開するのは勘弁してほしいなっていうのが最初の感想だったので、彼に食って掛かりましたね。
想田 もう、こことここはカットしてくれって、いっぱい言ってきましたねぇ。特に奥さんとのけんかのシーン。
―あはははは。(笑)
山内 あれはハイライトです。
想田 まあ、でも2日がかりで説得したんですよ。いや、これはどうしても必要なんだ、と。最終的にはちょっとサジを投げた感じで「分かった、お前の映画だしな」って言ってくれて、
山内 もう国際映画祭に出品が決まっていたから、今更文句言ってもしょうがないというか、やったもん勝ちみたいなとこもあって。
―カットしてほしかったところが世界中で上映されました。
想田 ははは。
山内 もう今更どうでもいいやって感じです。(笑)
―でもこの映画をきっかけに、ずいぶんと人生も変わったんじゃないですか。
山内 ガラっと変わりました。僕はもう議員は辞めちゃったんですけど、今でも政治の勉強会に誘われることも多くて、特殊な映画な分、政治関係の方は皆さん、けっこう見ていただいてるみたいですね。行った先々で「山さん、山さん」って声掛けられて、ホントにありがたい限りです。
―この映画と一緒に、映画祭出品先の国々にも回られてました。
山内 もう、僕の知らないところでどんどん作品が巨大化していっているんで、どこで僕の事を知っている人がいるのか、ちょっと怖いんですよ。(笑)
―そうですよね。(笑)
山内 でも、この映画が公開されて2年経つんですけども、日本の政治状況も少しづつ変わってきているなー、と。「皆さん選挙に行きましょう」という流れができつつあるので、僕はもうそれだけでこの作品の価値があるなぁと思っています。監督にはいい風を作ってくれたなあ、という感謝の気持ちですね。
―監督に質問ですが、撮影中は、こういった海外での賞とか意識されていましたか。
想田 全然していないです。僕はもう自分が撮りたいから撮っただけで、自分でカメラ回して、音も録音して、選挙カーにもお願いして乗せてもらったりして、すべて手作りだったのでこんな賞をもらえるとは全く思ってなかったですね。
―この作品を通じて伝えたかったメッセージは何だったんでしょうか。
想田 いわゆるメッセージというのはないんです。この映画に限らず僕がつくる映画っていうのは、自分の見た物をリアルに構築していって見ている観客に追体験してもらうっていうのが趣旨なんですね。追体験をしていく中で何をどう感じるかはお客さん次第なんですよ。だからこれを感じてほしいというのは、ないです。
―その上で本当に栄誉あるピーポディ賞を受賞されました。
想田 そうですね、この賞をいただいたのは本当にうれしいんですけれども安心しちゃいけないな、と。もっと頑張るように言われてるんだと思っているんですね。だからこれが終わりじゃなく、どんどん継続していい作品を作っていきたいなとい思っています。

〈profile〉 そうだ・かずひろ 栃木県出身。東京大学文学部宗教学科卒。SVA映画学科卒。1993年ニューヨークに移住。97年、監督した短編映画「ザ・フリッカー」がベネチア国際映画祭銀獅子賞にノミネート。96年、長編「フリージング・サンライト」がサン・パウロ国際映画祭「新進映画作家賞」にノミネート。95年の短編「花と女」はカナダ国際映画祭で特別賞を受賞。これまでにNHKのドキュメンタリー番組を合計40本以上演出する。公式サイト:http://www.laboratoryx.us
(2009年6月13日号掲載)

作品

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ドキュメンタリー映画「選挙」(2007年公開)
 自民党に白羽の矢を立てられ、縁もゆかりもない川崎市議会議員の補欠選挙に出馬することになった男の選挙活動を負ったドキュメンタリー。政治に関しては全くの素人である山内和彦を当選させるため、元首相・小泉純一郎を筆頭に多くの著名人が奮闘する。ベルリン映画祭をはじめとした20ヵ国以上の映画祭に招待され、BBCなど200カ国近くでテレビ放送された。

 

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