作曲家・ピアニスト 中村天平さんに聞く

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世界中の人たちに自分の曲を弾いてもらいたい

〈リアル〉File 20 

 

(c)misaki matsui

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世界で活動を続ける作曲家でピアニストの中村天平さんが3月、ニューヨークで4番目のアルバム「Vortex」リリース記念コンサートを開催する。ニューヨーク、東京、パリを主な拠点とし、世界中で演奏する中村さんの活動は日米欧の多くのメディアに取り上げられている。やんちゃな少年が世界的ピアニストになるまでの軌跡や音楽にかける思いを伺った。(聞き手・野村京子)

教師の言葉がきっかけに

天平さんが本格的に音楽と向き合ったのは、18歳の頃だ。5歳でピアノを習うが、中学では完全に離れ、高校を中退し解体業で生計を立てていた。17歳で軽音楽の専門学校に入るものの、バイクに乗ったりアルバイトにあけくれるなど、音楽に集中していなかった。1年経った頃、担当の教師から「真剣にやれば伸びるのに」と言われる。それまで他人から期待されることなどなかったため、はっとした。誰かに期待される事で自分の中に宿る少しの才能に気がついた。そこからが、音楽家への本当のスタートだった。猛練習の末、大阪芸術大学演奏学科ピアノコースへ入学した。努力は入学後もさらに続く。専門学校時代はバンドでキーボードを弾いていた天平さんは、すでにクラシックをたしなむ他の学生たちに大きく遅れをとっていた。しかし練習は楽しく、日に10時間という練習量も苦ではなかった。到底弾けないと思っていた曲が練習するたびに弾けるようになる。「人間には限界がない」とさえ感じた。そして、同コースを首席で卒業した。

ニューヨークからヨーロッパ、世界へ

「世界でやっていく」と決めて、ニューヨークに渡ったのは2006年のことだ。天平さんの音楽の中にはクラシック、ジャズ、プログレの要素が色濃く宿っている。そういう音楽を追求するには、伝統のあるヨーロッパより多様性のあるニューヨークがいいと思った。その後08年にCDデビュー、09年にニューヨークで生まれた楽曲を主に収録した2番目のアルバム「翼」をリリースした。10年にはカーネギーホール(Weill Recital Hall)でのソロリサイタルも実現する。

同時に、日本やヨーロッパにも活動の場を広げていった。天平さんにとって、ニューヨークは多様な人が集まるチャンスも多い街だが、いい曲が作りやすいのはヨーロッパだという。アコースティックな音楽が人々の「生活の一部」として浸透していて、それが作曲家の想像力を掻き立てるのだ。毎年3カ月ほどかけて行うヨーロッパ・ツアーでは、インスピレーションを大いに受けている。3番目のアルバム「火の鳥」は、その代表的な曲を収録したものだ。

日本での活動

日本の活動への思い入れも深い。ボランティアで行う世界遺産・熊野古道での「紀伊半島秘境コンサートツアー」は、先人が開拓した自然の風景と仏教や神道の歴史のある場所で、精神的な一体感や懐かしさを感じて演奏できる。07年に自ら村役場などにかけあい実現して以来、昨年で5度目。廃校になった小学校に置き去りにされたグランドピアノを復活させての思い出深いコンサートとなった。また、震災復興支援として被災地にピアノと音楽を届けるプロジェクト「ライジングサン」を立ち上げ、東北や熊本への支援活動を続けている。

曲を生み出す人との出会い

作曲の原動力となるのは、人生の中での「心に残る体験」。「技術や理屈ではないんです。こんなに素晴らしい体験をして、思いを込めて、作れないはずがないと思ってしまう」と語る。体験の多くは旅先での人との出会い。コンサートツアーをする中で、その街の景色や料理といったこと以上に、「どんな人たちと会って、その人たちがどんなふうに思ってくれたか」が思い出になって感動を呼び、新たな曲が生まれるという。人とのつながりを最も大切にしている天平さん。「幸せが連鎖するような人間でありたい」という。演奏は自分のためだが、周りの人が喜んでくれたら幸せと思いながら続けている。

そしてこの先目指すのは、音楽家として世界中をツアーし、多くの人たちに自分の曲を弾いてもらうこと。今はその目標の半分にも達していないと言う。常に未来を描きながら残りの道を達成していく。飛躍の旅はまだ続くようだ。

〈profile〉 なかむら・てんぺい 作曲家・ピアニスト。神戸出身。中学時代に阪神大震災で自宅が全壊。高校は半年で中退。家を出て解体業に従事しながら生計を立てる。中学から完全にピアノと離れていたが、音楽専門学校から大阪芸術大学演奏学科ピアノコースに進学、同コースを首席で卒業。国際的な音楽家を目指し、2006年よりニューヨークヘ留学。08年にEMIよりCDデビュー。10年にはニューヨークのカーネギーホール(ワイルリサイタル)でのデビューを果たす。毎年ヨーロッパ・ツアーも行っており、オランダのコンセルトヘボウ、パリ日本文化会館、ベルリン日独センター、などで演奏のほか、スペイン、ベルギー、ポルトガル、イタリア、オーストリア、ルクセンブルグ、エストニア、スロバキア、ウクライナ、ベラルーシなどの欧州各都市でも演奏し、世界を股にかけ活動中。日本国内では世界遺産・熊野古道での「紀伊半島秘境コンサートツアー」も実施。12年より、東日本震災復興支援として、被災地にピアノと音楽を届けるプロジェクト「ライジングサン」を続けており、兵庫県芸術家協会から奨励賞を授与された。


※天平さんは3月11日と26日、ニューヨーク、マンハッタンで記念コンサートを開催。詳しくはこちらから。

 

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