実業家 大根田勝美さんに聞く

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努力と誠実さで進めばチャンスの神がやってくる

〈リアル〉File 9

oneda

〜中卒の組立工、NYの億万長者になる〜

アジアの中で最も富裕層を輩出している国・日本。その中でも3000万ドル(約27億円)以上の資産を保有する者は、日本人の人口約1億2000万人の中のわずか0.01%にも満たない。中卒で組立工として単身渡米し、ニューヨークで億万長者となった大根田勝美もその1人だ。その資産は100億円以上とも言われており、人並みはずれた反骨精神のたまもの以外の何ものでもないだろう。そんな大根田初の自叙伝とともに、72年間の人生を振り返りながら話を聞いた。

◆ ◆ ◆

「中卒の組立工、NYの億万長者になる。」―。
タイトルのインパクトはもとより、読んだ人すべてに大きな可能性と夢を与えてくれる1冊だ。著書、大根田勝美のその波瀾万丈な人生は想像を絶する。
「今ホームレスじゃないのが不思議なくらいですよ」と笑って話す大根田だが、思わず「そうですね」とうなずいてしまうほど苦しく厳しい幼少時代、そのさまざまな苦難がこの本には描かれている。
東京の床屋の長男として生まれ、小学校の時に長野県に疎開。ただ生きるためにヘビやコオロギなどを取って食べたこともあるほどの貧困生活。そんなある日、決して忘れる事の出来ない光景を目にする。妹が、おにぎりを持った女の子と遊んでいた。その子が「チョット、これ持っていて」と、おにぎりを妹に預け、用を足しに行ったのである。おむすびなど食べた事の無い妹は手の中に有るおむすびを食い入る様に見ていた。戻って来た女の子は、「有難う」と言って、妹の手からおむすびを取ると、そのまま自分の口に持って行った。手の平に残った米粒を懸命に食べる妹の姿を見た時、「どうにかしなければ」と思わされた。この瞬間こそが、大根田の億万長者へのスタートラインだったのかもしれない。
「一番儲かったのはドジョウ取りです。子供への同情心からか、いつも高値で買ってくれる(魚屋の)おじさんがいたんですが、まだたくさん残っている時に売りに行っても買ってもらえない。かと言って、なくなってからではほかの人から買ってしまうかもしれない。だから、学校帰りにおじさんの在庫をチェックして、減っている時を見計らってさっと持って行ってましたね」と、その当時から敏腕ビジネスマンの素質を覗かせる。そんな貧困生活の中でも両親の愛情には飢えることはなく、反骨精神だけがむくむくと育っていった。もうひとつ。貧しい幼少時代も、そして大人になってからも大根田を支え続けたのが「チャンスの神」という言葉。「僕は『人間万事塞翁が馬』と、小学校の教頭先生から聞いた『チャンスの神』という言葉が好きでね。苦境に立つとチャンスの神が必ず良いことをもたらしてくれると信じて努力し続けました」

◇  ◇  ◇

中学卒業後、オリンパスの伊那工場に組立工として雇われ、顕微鏡の組み立てや修理に従事。その傍ら、学歴社会への反発と幼いころからの反骨精神から、独学で英語を身に付け、昭和39年、出世コースと言われる駐在員の辞令を見事手にする。
渡米後も決して順風満帆だったわけではない。エリートばかりが顔を並べる駐在員の中で、身に付けた英語力と組立工時代に培った知識を発揮するも“中卒”というハンディキャップから、役付きになれなかったのを機に退職を決意したのである。
「これまでの人生の中で一番ドキドキしたのは、オリンパスを辞める時ですね」と目を細める。苦境に耐え、現状を維持していくべきか、もしくはまったく新しいものを作り上げていくか…。当然、反骨精神あふれる大根田は後者を選んだ。その後、オリンパスの競合会社である町田と手を組み「マチダ・アメリカ・インク」を設立。さらには旭ペンタックスと提携し、一気に事業を拡大していった。

◇  ◇  ◇

そして、大根田の人生を劇的に変えたのが、ユダヤ人のビジネスパートナーのルイス・ペルー氏との出会いだった。35年間、お互いを尊敬し合い、またお互い妥協し合い、今や二人とも巨万の富を持つ資産家として大成した。「仲良くやっていくためには、コンプロマイズ(妥協)なくしてあり得ない。ペル氏も女房も僕もみな、何かしらコンプロマイズしていたからうまくいったんですよ」と長年連れ添う秘訣を話す。そんな最愛の妻の淑(すみ)さんが4年前に体調を崩したのを機に、企業戦士から“家政夫”へと大転身を遂げる。
今後について聞くと、「日本での貧困時代はどこへも行けなかったので、漁村や小さな島を訪れたりと、日本中を旅してまわりたい」と語る。その一方、「引退した今でも、しばしば引っ張り出される事が有り、簡単には引退させてくれないですねぇ」と仕事の話題をふると、目をキラキラ輝かせて話し出すあたりは根っからのビジネスマンの顔をいまだに覗かせる。
72歳とは思えないバイタリティと見た目について尋ねると、「You are what you eat, 医食同源という言葉が有りますね。身体に優しい物を食べ、規則正しい生活習慣を実行しているからでしょう。いつまでも、かっこ良くいたいですから」という答えが返ってきた。
「72年間、本当にラッキーだったなと思うことが多い。どん底の貧乏も味わったけど、私の叫びはちゃんと目に見えぬ神に届いていました。神が与えてくれた貧困や飢餓のすべてが今の自分を作っているわけだし、苦労した少年時代がなかったら今の自分はなかったですよ」と今までの人生を振り返る。そして、成功の方法について、「努力しかない。逆境にいるからといって諦めてしまったら終わりです。とにかく努力し、何に対しても誠実に接していれば、必ずどこかで人が見ているし、チャンスの神が自分に向かってきますよ」とエールをくれた。(敬称略)
〈profile〉おおねだ かつみ 1937年東京生まれ。投資家。実業家。中学卒業後、組立工としてオリンパスに入社。独学で英語を学び、組立工出身としては初めて海外駐在員に抜擢され、NYへ渡る。ビジネスパートナーとともに、医療機器関連の最新技術を製品化する会社の立ち上げをサポートし、事業が軌道に乗ったところで売却するというビジネスにより、巨額の資産を築いた。2006年に引退し、今は日本と米国を行き来する生活。

書籍紹介

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「中卒の組立工、NYの億万長者になる。」
中卒の組立工として社会に出た著者は、猛烈な努力で米国駐在員に抜擢され、セールスマンとして大成功を収める。その後、十社以上の会社を起業、億万長者となる。スーパービジネスマンが初めて明かす成功の秘密。(角川書店)

(2010年5月8日号掲載)

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