勘九郎さん「父にささげる」
2012年に死去した歌舞伎俳優・中村勘三郎さんが始めた「平成中村座」のニューヨーク公演が7日、リンカーンセンターのローズシアターで開幕した。ニューヨーク公演は3回目だが、勘三郎さんがいない「平成中村座」の舞台は初めて。父の遺志を継ぎ、長男の中村勘九郎さんが座長を務め、次男で女形の中村七之助さんと中村獅童さんらが出演する。演目は「怪談乳房榎」で12日までの全8回公演。公演の詳細はwww.lincolncenterfestival.org/current-season/heisei-nakamura-za参照。
〈写真はいずれもニューヨーク・リンカーンセンターのローズシアターで行われた、平成中村座「怪談乳房榎」のリハーサルで=7月7日(撮影・工藤)〉
【初日直前に行われた記者会見から】
(リハーサルでの)演技中、お父さん(中村勘三郎さん)の声と姿に非常に似ているなという印象を受けました。お父さんの遺志をどのような形で、1週間のニューヨーク公演で伝えたいというふうにお考えですか
中村勘九郎 そうですね、このニューヨーク公演というのは、平成中村座として3回目で、今回僕たちを呼んでいただいたことに本当に感謝しています。父の遺志を継いで、このフェスティバルのディレクターも父にささげてくれるって言ってくださいましたけれども、僕たちも父にささげるつもりで、やっております。そして父の遺志というのを現すというのは、やっぱり熱さですよね。演劇としての熱さもそうですけれども、日本の伝統の歌舞伎をニューヨーカーたちにも楽しんでもらいたいという、気持ち、熱さを持って、1週間公演をしたいと思いますね。
どうしてニューヨークなんでしょうか
中村勘九郎 それは俺も聞きたい(笑)。うちの父が本当に好きだったんです。きっかけはもちろんですね、2004年のリンカーンフェスティバルに、中村座を招待してくださって、公演をするっていうことだったんですけれども、日本の歌舞伎の話は、今回も子供を殺そうとしたりとか、理不尽なことがあって、アメリカよりもヨーロッパに通じる部分っていうのがすごくあって、ニューヨーカーたちにはどうなるんだ? って思ったんですけれども、「夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)」というのを最初に持っていった時に、本当にニューヨーク・タイムズに「スパイダーマン2より面白い」っていう劇評が出て、すごくフィーバーしたっていうんで、これはもうニューヨークでまたやりたいっていうのが、父の思いで。07年にまたやってくれて、今度は「法界坊(ほうかいぼう)」を英語でやるっていって。で、今回は父が亡くなってしまって、いない中でも僕たちを呼んでくださるっていうのは本当にありがたく感謝したいことでもありますし、やはり父の魂というのがここに生きてるんだなっていうのは思いましたね。
お父さんが亡くなられてから、平成中村座としての公演は、今回が日本国内外も含めて初めてですが、それがこの海外だっていうのは…。
中村勘九郎 そうですね。もう意図してないです。平成中村座っていう名前でリンカーンセンターが呼んでくれているんで、前回、前々回の功績というか、中村座のカンパニーが良かったからということで、なんだと思います。
今回の演目で、観客に何か伝えたいことはありますか
中村勘九郎 以前の「法界坊」はダークなどろどろした部分? 人間の闇の部分とかが、串田(和美)さんの演出であったり、「夏祭浪花鑑」だと、躍起になった若者たちが必死に生きる生きざまで、今回は日本の歌舞伎の古くからあるエンターテインメントを伝えられたらなって思いますね。すごくアナログな感じになっているので、もちろん滝の水とか使いますけれども、プロジェクションマッピングを使ったりとか、映像を使ったりとか、もちろんしないですし、早変わりだって、ただ走ってるだけだし。着物を着替えてるだけだし(笑)。アナログな感じというのを見てほしいですね。
アメリカでやる以上、英語の台詞(せりふ)なんかを入れたらずいぶん印象が変わってくるんじゃないかなと思うんですけども、いかがでしょうか
中村獅童 幕間の役者さんにお願いして、英語の部分を作ったりして。転換の間にそういうお芝居をしたりするんですけど、僕の役柄自体が英語をしゃべると…、やっぱり日本でやってる歌舞伎をそのままお見せしたい。なのであえて僕は英語の台詞っていうのは考えてないです。
観客が日本人だけではありませんが、そこをあえて意識するのかそれとも全く意識しないのか、日本と同じようにこれが日本のトラディションだと、ということで演技をなさっているのでしょうか。
中村勘九郎 そうですね、なるべく意識はしないようにしますけど、オーバーにならないように、分かりやすいように簡単にしてしまうと、とてもつまらないものになってしまうので、日本の持っている良さ、歌舞伎の持っている良さとを大事にしながら、でもニューヨーカーたちに分かるように、やっぱりイヤホンガイドだけなんで、ちょっとアクションを大きくしてみたりっていうのは意識はしますね。ニューヨークの皆さまは芝居を見慣れている方が多いので、変にその分かりやすく分かりやすくってしようとしたら、チープ(安い)なものになってしまうと思うんですね。芸術でも何か分からないけど感動するってこともいっぱいあると思うんですよね。僕たちも一生懸命、力をパワーをつけて、ニューヨークの人たちにそれを伝えるのみだと思います。あの私の役どころも、英語をしゃべるということは僕はないなと。幕間に場のつなぎとして、ちょっと力が抜けるような、ほっとさせるようなところで英語を使うというのはすごくいい使い方かもしれませんけども、本編で、あの「too much sake」っていうところくらいかな、とは思ってます。
今回の演目は生前の勘九郎さんから、直接ご指導受けたと伺ってるんですが、そういった思い入れのある演目をニューヨークに来てやるということについてどのような思いでしょうか
中村勘九郎 これはね、うちの父親の提案なんです。あの、次のニューヨーク公演の話がもちろん決まっていた時に「乳房榎」をやろうと、でダブルキャストでやろうと、お前と俺のダブルと、(中村)橋之助のおじさんと、獅童さんたちのダブルキャストで、若者チームと年寄りチームで戦おうじゃないかっていうのは、うちの父が言っていたんですよ。だから本当にその演目もそうですし、このフェスティバルに呼んでいただくってことも、本当にやっぱり父の魂っていうのが全部こもった、今回の公演になってくんじゃないかなと思いますね。
欧米は、歌舞伎と同じような舞台芸術、オペラですとかミュージカルがありますが、そういうものを見ることによってインスピレーションを得ることはあるんですか
中村勘九郎 もちろんもちろん、やっぱりいろんなものを日本にいても観ますし、こっちに来ても昨日も七之助が、マクベス「sleep no more」を観に行きましたが、ずっと走りっぱなしだったから、今日は筋肉痛だって言ってました
中村七之助 昨日、獅童さんとそのあと話したんですけど、ああいう異空間でお客さんと演じてる役者さんとの距離が、これくらいだから見えるし、歌舞伎でも出来るんじゃないかって2人で話してました。で、現代劇になってしまうとお客さんが触ってしまうかもしれないですけど、シェイクスピアだったり昔の古典芸能をやってるっていうのが、観てて、あ、これ歌舞伎でも長屋を作って、そこでこっちの長屋では井戸端で、なんか重要なシーンがあってっていうのは、できるんじゃないかなって思うんですけど。やっぱりそういうのはすごく芝居を観るのは大切なことです。
ここ(ローズシアター)はジャズの殿堂という劇場ですが。
中村勘九郎 とてもいい劇場だと思います。音の反響がすごくいいですね。小さな音というか拾ってくれるんですね。やりやすいですし、07年のエイブリーフィッシャーホールって、横にすごく広いとこ(ステージ)だったんですけど、今回はコンパクトになったおかげで、とても歌舞伎に向いている、芝居小屋という雰囲気が出せる劇場なんじゃないかなって思いますね。父もたぶん、ローズシアターみたらすごく喜ぶ思いますね。
3役早変わりが、分かってもらえるのかっていう心配なされたりしてましたけど、どうでしょうか
中村勘九郎 やっぱり父っていうのはすごく感の鋭い人で、「乳房榎」を持ってこうと思ったっていうのは、僕なんかは早変わりをしても分からないんじゃないかって思ったんですけど。ゲネプロ(リハーサル)と昨日の稽古の時に、何人か観てくだすって感想を聞いたんですけど、すごいアメージングというか、素晴らしいってことで、照明さんまでね、混乱してたので、誰を照らすとこかって聞かれて、私たち分からないけども、凄すぎるっていうのね、言ってくださってたんでね、面白いですね。(公演は)8回ですけれども、その8回の、1回1回に魂をぶつけてニューヨークの人々に楽しんでもらえるような、歌舞伎をやりたいと思っていますんで、どうぞよろしくお願いします。