NY倫理友の会「春のランチョン」、ゲストスピーカーにカニングハム久子さん

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異文化の環境で生きるヒント示す

講演をするカニングハム久子さん。日本人がかつて持っていた「目に見えないものへの畏敬の心」が近年の若者の間で減りつつあるとも話した=12日、ニューヨーク(撮影:野村)

講演をするカニングハム久子さん。日本人がかつて持っていた「目に見えないものへの畏敬の心」が近年の若者の間で減りつつあるとも話した=12日、ニューヨーク(撮影:野村)

ニューヨーク倫理友の会(理事長・リンゼイ芥川笑子氏)は12日、毎年恒例の「春のランチョン」をマンハッタンの新橋レストランで開催した。今回は、コミュニケーション・セラピストのカニングハム久子さんをゲストスピーカーに迎え、昨年10月に出版された同氏の著書「異国に生きる 愛と魂の軌跡」の出版記念としての講演会を行った。

会場では多くの参加者が熱心に耳を傾けた=12日、ニューヨーク(撮影:野村)

会場では多くの参加者が熱心に耳を傾けた=12日、ニューヨーク(撮影:野村)

リンゼイ理事長司会の下、登壇した久子さんは、多種多様な病理性の絡むコミュニケーション上の問題に取り組む「コミュニケーション・セラピスト」として、障害児の教育に携わってきた。1992年にUnited to Serve Americaから 米社会への貢献が認められダイアモンド賞受賞。92年日米教育交流の促進に尽力したことにより外務大臣賞を受賞している。講演では、久子さん自身が育ってきた環境や体験を振り返り、異文化の交じり合う環境におかれた参加者たちへ人生のヒントを提示した。

長崎県五島列島で生まれた久子さんにとって、最も大きい影響を与えたのは実の父親だった。当時、女性は勉学などせず男性の後ろで大人しくするのが良しとされる中、父だけは「女であればこそ、学問をし自立(律)すべきである」と9歳の久子さんに説いた。周囲と違った考えだったが、終戦後の日本の状況で「男も頼りにならんのは分かろうが」という父の説明で「自分は自立(律)した女性になる」という覚悟が座った。その後、同志社女子大学を経て観光ガイドや通訳の仕事に就く。そして就職して3年目の春に交通事故に遭い、片足切断という運命を背負った。障害をきっかけに方向転換を考え、重複心身障害児の研究をするために渡米したのが67年だ。久子さんは「女性、日本人、障害者、アメリカ文化」という四つのアイデンティティーをもって異文化で生きる自らを支えているのはやはり父だと述べ、社会の倫理を知る男性の哲学で、子供を教育することがいかに大切かを話した。また「苦しみは、魂の成長のために与えられた課題であるため、そこから逃げることは魂の成長を妨げる」と苦境においての乗り越え方も示唆した。

講演を終え、笑顔を見せるカニングハム久子さん(右)とニューヨーク倫理友の会のリンゼイ芥川笑子理事長=12日、ニューヨーク(撮影:野村)

講演を終え、笑顔を見せるカニングハム久子さん(右)とニューヨーク倫理友の会のリンゼイ芥川笑子理事長=12日、ニューヨーク(撮影:野村)

講演後には、参加者から「自立と自律の違いとは」「子供の早期英語教育について」などの質問が投げ掛けられた。参加者らは久子さんの人生を通した哲学に真剣に講演に耳を傾けたほか、本格的日本食を堪能できる新橋レストランの食事を楽しみつつお互いの親交を深めた。

(2016年5月21日号掲載)

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