〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(47)

ちょっと目を離したすきに怪しいと睨んでいた女がいなくなったので、あわてて女が座っていた隣の客に「何か盗られていませんか?」と訊くと、客は「あっ!」と叫んで、バッグがないと顔色を変えた。女は車に乗りこむところだった。仲間が待っていたらしい。信号に引っかかると思ったから、つい夢中で駆けだした。案の定、引っかかった。よし、と車のドアに手をかけたようとした瞬間、気が変わった。客のバッグを盗んだのは女だが運転手はたぶん男である。ドアを開けた途端に刺されてはかなわない。逃すしかなかった。
一度、マジッシャンのような男も見た。こいつは怪しいと睨んで、男がよく見える席に座った。男の隣には男の客がひとりいて、カメラを椅子に掛けていた。カメラを絶対狙っていると思ったから目を離さないようにしていた。男は出て行った。おれが見ていたんで盗れなかったな、と思っていたら、客がカメラがないと騒ぎだした。ちきしょう!
釣り銭サギも多かった。両替してほしいと十ドル紙幣を出すので、一ドル札で十枚出すと、渡したのは百ドル札だった、と言う。いま、あんたは、その百ドル札をトレイの下に置いた、とまで言う。トレイを出して見せた。もちろん百ドル札はない。まだだれも大きなお札で支払っていなかったのだ。
逆に一ドル札、二十枚持ってきて、父の日にプレゼントしたいから、きれいなお札と換えてくれないか、と言った男もいた。アメリカ人女性がキャッシャーをしていたが、男はじつにフレンドリーだったという。適当に相槌を打ちながら彼女は比較的きれいな二十ドル札を渡した。すると反対の手に持っていたにちがいない十ドル札を出して、これ十ドル札だよ。彼女は地方から来て、まだ間がなかった。疑いもせず、あらためて、きれいな二十ドル札を渡した。騙されたと知ったのはレジスターを閉めたときです。十ドル足りなかったのだ。
(次回は4月第4週号掲載)

〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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