マクロビオティック・レストラン(46)
レジスターはいつも鍵をつけたままにしているので、だれでも簡単に開けられます。私がキッチンにオーダーを入れに行っているすきに、カウンターの外から手を伸ばした男に、まんまと札束を抜かれたこともあります。そのときカウンターには何人か客がいたのですが、だれも気がつきませんでした。私も警察に言われるまで気がつきませんでした。警官が突然、入って来て、
「いま男がひとり、あわただしく店から出て行ったが、変わったことはなかったか?」
「いいえ何も」と言いながらレジスターを開けたときのショックは、ある意味では、ピストル強盗のとき以上でした。一ドル札と小銭を除いて、すっかり抜かれていたのです。
「そうえん」は性格上、固定客が多いので知らない顔の客が入ってくると緊張します。
男とは限りません。犯罪者の半分は女です。女はたいてい、ドレスアップしています。まわりに不信感を抱かせないためでしょう。そして絶対食べません。メニューを見ているフリをして、そのあいだに仕事をすませるのです。空いている席がいくつもあるのに、わざわざ混んでいる席を選びます。ドレスアップしているから客は油断しますが私は騙されません。怪しいと睨んだら目を離しません。私も仕事をしながらだから、しょっちゅう見ているわけにもゆきませんが、それでも隣の客の荷物を足で自分のほうに引き寄せたり、こうもり傘のさきで隣の客の荷物を引き寄せているのを何度も目撃しました。失敗すると、すまして出て行きます。
(次回は4月第2週号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。