〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(15)

「ぼくが行ってみよう」代わりに澤田君が立ち上がった。「いま、八十五ドル出せば、空席があるから、乗せてやると言っている」新しい情報を掴んで彼は戻ってきた。私が不満そうな顔をしているのを見て、「出発までに君が行った旅行社から、だれか来れば、いちばんいいがとりあえず、もうすこし待ってみよう」
必死で貯めたお金です。二度も払えません。いっしょに待ってくれる彼らには悪いが、待つしかなかった。
飛行機はさらに二時間遅れて、出発は午前一時半になった。澤田夫妻はふだん、十一時には寝る。妻は椅子にもたれて半分寝ている。見兼ねて帰るように言うが、「大丈夫だ。出発できるまで頑張る」と彼が言えば妻も目を開けて、「そうよ」と頷く。
結局、その晩は乗れず、私はふたりに「バンコートランド」まで送ってもらい、Sの部屋に転がりこんだ。
翌日私は怒りに充ちて旅行社を訪ねました。ひょっとしたら、もぬけのからになっているかもしれないと心配していたが顔触れも前とまったく変わっていず、とりあえずは、ホッとしました。私がのっそり入ってきたのを見て、
「なんだ、行かなかったのか?」赤茶色の髪の男が言った。
「行ったんだ! 行ったけど、名前がなくて乗れなかった!」
「そうか、それでは仕方がない」男は平然としたようすで受話器を取り上げた。「まあ、そこに突っ立ってないで座れ」と電話をあちこちかけながら男は言った。「今日の十二時はどうだ?」
「冗談だろう。あと、一時間しかない」私は半分あっけにとられて言った。
「遅れることもある」男はのんきに言った。
「遅れることを、あてにはできない」
私が承知しないのを見て、
「そのあとは、木曜日しかないぞ」男は言った。
「それは困る。今晩か、せいぜいあしたの飛行機がいい」
「無理だ」男はあっさり言った。
「無理を言っているのは、そっちだ」
「木曜じゃあ、どうしても駄目なのか? あと三日だ」
「絶対、駄目だというわけではないが、それまで滞在すれば、また金がかかる。アパートはもう引き払ったんでね」
「すこし飲むか?」
「今日はいい」言いながら頭を巡らした。「だが、どうしてもと言うんだったら、待ってもいい。そのかわり、条件がある。運賃を、あと二十ドル負けてほしい」半ば冗談で言ったつもりでしたが言ってみるものです。
「よかろう」と二十ドルあっさり返してくれたのです。これには私のほうがおどろきました。こうして私のロンドンまでの旅費は五十五ドルになったのです。
(次回は12月1日号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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