〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(21)

九月X日
女は隣の部屋で寝ているようだが、おれの部屋にはドアがないので黒のタイツ姿で歩き回る彼女の姿が目に飛びこんで、こちらは気もそぞろ。――女はおれのほうを見向きもしない。たぶん見られていることを意識しているからだろう。風邪気味で外に出るのが億劫で終日、ミュンヘンからのオリンピック中継を見る。ヨーロッパではオリンピックに関心がない国が多い。深夜まで長引いたバスケットの決勝、アメリカとソ連の試合は、一点を争う好試合で手に汗を握って見守った。リードされていたアメリカが試合終了直前シュートを決め逆転、館内興奮のうちに放送も打ち切られた。

九月X日
朝起きてテレビをつけると、またアメリカとソ連のバスケット。きのうのビデオだろうと思いながら見ていると、前夜終わったはずの試合が、そのあともまだつづいている。わけがわからなかった。女の部屋には魔物が住んでいる。妖しげな姿とテレビで客をたぶらかそうとしているのかもしれない。あわててパスポートと金の入ったカバンを握りしめた。言葉はわからないが画面を食い入るように眺めていたら、ようやく合点がいった。あのあと何秒かのロス・タイムがあったというソ連の抗議が認められて試合が再開されたらしい。しかし優勝の興奮に沸くアメリカ選手が守備につくかつかないうちにホイッスルが鳴り、ソ連チームのロングパスとシュートで、あっさり逆点。と同時に試合終了のホイッスルが鳴って優勝は一転してソ連になった。アメリカが怒るのも無理はない。(あとで聞いたところによれば、彼らはこれに抗議して表彰台に上がらなかったという。)十五時三十五分発の列車でブタペストを出る。ブタペストでは二泊したのに、ほとんど見学らしい見学はしなかった。ブタペストの印象は、女の部屋に幽閉されていた四十八時間の内側の世界のみ。切符は前々日ブタペストの駅で国境のキャレビオまで買っていたが、車中の検札で有効期間が過ぎているから無効だと言われる。有効期間がたったの二日とは知らなかった。しかし負けてはいられないので、食い下がると、おやじは私のパスポートを取り上げ、切符を目の前で破いてしまった。それでも金を払わないでいると、向こうも根負けしたのか、国境を超えたところでパスポートを返してくれた。午後七時、スボティカ着。駅でマドリードのユースでいっしょだった日本人と偶然逢った。彼は共産圏を旅行するときは、常にカーボン紙を携帯するという。共産圏は一日いくら使うという最低限度が定められている国がほとんどだが彼は最低限度だけ交換して、のちにカーボン紙でゼロをひとつ加えるらしい。つまり、たくさん交換したように見せかけ、ブラック・マーケットで有利に交換した金で豪遊するというわけである。ブラック・マーケットでは、USドルは銀行レートの三倍から四倍で交換してくれる。ユースがわからず野宿。
(次回は3月9日号掲載)

〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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