マクロビオティック・レストラン(25)
ユーゴスラビアではチトーが、スペインではフランコが権力を奮っていた時代です。ベルリンの壁も、もちろんありました。内戦の激しかったころのベルファーストではガソリンスタンドが爆破されたときちょうど近くにいたし、リスボンでは知らずに危険地域のアルファマのシェルターで宿泊したり、アムステルダムではヒッピーたちといっしょにマリファナを吸ったり、マドリードではスウェーデン人の男と警察に連行されたり、ユーゴスラビアでは十代のクロアチア人と恋愛したりと、いろいろなことがありました。(二人の子の母親になった、そのクロアチア人女性から二十一年後に突然日本の実家経由で手紙がニューヨークに回送されてきたときは、旅はまだ終わっていなかったのだと感動しました。東日本大震災のときにも心配してメールをもらいました。)
ウイーンで受け取った母の手紙で友達の死を知り、声を上げて泣いたこともあります。〈闘病していたSちゃんは、とうとう亡くなりました。お母さんは大変お悲しみのようすで、あなたのことも訊かれました。子を思う母の気持ちは、みな同じ。お母さんの悲しみが、わたしにはよくわかります。Sちゃんのことを考えたら、どこにいたっていい、元気でいてくれたらいい。そう願わずにはいられません。〉
七か月の旅は、ふつうの生活の何年分に相当するといっても過言ではありません。ちょうど列車から見る外の景色のように私の目に映る景色がつぎつぎと変わってゆく、――つまり、しょっちゅう違う人たちと接触するから出会う物語も多くなるというわけです。
旅は人との出会いを紡ぐ場です。どんなに美しい景色も人には敵いません。
人はまた、生きた教科書です。いろいろなことを教えてくれます。
人間の常識、価値観、ものの考え方などは、人間の顔や性格がそれぞれ違うように人によってその判断基準はまちまちで、しかもそれぞれ自分が正しいと思っているという現実、――これには参りましたが、よく考えたら価値観に絶対的な基準なんてあるわけない。小さな領域における約束事か暗黙の了解みたいなもので、いつでもどこでもだれにでも当てはまるというものはすくない。
他人をジャッジすることの危うさを学んだのでした。
(次回は5月11日号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。