〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(28)

返事を書こうとするのですが、人間の複雑な心境を文章にするのはむずかしい。たとえ万言を費やしたとしても、気持ちとのあいだの乖離は埋められない。自分の気持ちが定まっていないときはなおさらです。前の晩、一生懸命書いたのに朝になったら投函したくなくなった、という経験をした人は多いでしょう。
いっそのこと電話をかければいいのですが電話は相手の気持ちを聞きながらしゃべるので話がスムーズにゆきやすい反面、相手の感情に引きずられて、つい本音とは違うことを言いかねず、あとで悔いることもしばしばです。
ヨーロッパの旅のあと日本に帰るという選択肢もあったのですが、さらに旅をつづけるために再びアメリカに戻って、お金をつくるという選択をしました。
お金を貯めたあとは南米(またはアフリカ)、中東、アジア経由で日本に帰るのがいちばんいいでしょうが、それだけのお金を貯めるのは半年では無理です。そこで今回は南米だけ行って、またアメリカに戻ってこようかとも考えました。しかし戻ってくる場合はビザを取り直さなければならないので、取れなかった場合の想定もしておく必要があります。
ヨーロッパで語学力不足を思い知らされたから英語学校にも行きたいと思っていました。そして実際行くのですが、そのうち大学院に行こうかという、とんでもない料簡を起こしました。アメリカ文学は興味があるし、日本に帰ったとき英語教師になるという手もあると。
アメリカに戻ってきて、選択肢が広がったのです。選択肢が多いということは、それだけ自由だということで、ありがたいことなのですが反面、どれも選択できないという危険もはらんでいます。つまり、どれも選択できずに、ずるずるとアメリカに滞在してしまうをことです。
ようやく返事を書くことができました。〈黒崎の家が焼けたと聞いて、いろいろな思い出まで灰になってしまったような気分です。飛んで帰りたい気持ちは十分あるのですが、いまは日本が遠い。日本に帰るというのは東京から九州に帰るのと違って、清水の舞台から飛び降りるくらいの覚悟が必要なのです。それだけの覚悟ができたら、あるいは考え方を変えるなどして気軽に帰れるようになったら、必ず帰ります〉
(次回は6月22日号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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