〝トランジション〟(10)-後継者の育成(1)〜自己認識力〜
「対話で変える!」第30回
「プロ経営者」という言葉を、日本でも耳にするようになりました。その背景には、トップを担うリーダーを社内で育ててこなかった、という事情もあるようです。「カリスマ経営者」の在任期間の長期化や影響力の強さゆえ、後継者人材を見出せず、組織に停滞といった悪影響が出ている上場企業もあるのではないでしょうか。
一方、トップが後継者育成を重要な経営課題として捉え、自ら中・長期的視点で後継者育成に力を入れる企業もあります。
ある日系企業では、社長自らが後継者育成をミッションとして取り組んでいます。かつて自らの経験を共有するメンター方式や、背中を見せて後継者に学びとってもらうことも試しましたが、なかなか理想とするリーダーを育てることはできませんでした。
そこで、この社長は自身にエグゼクティブ・コーチをつけ、後継者候補にどう関わるかを探ることにしました。コーチと対話を続けた結果、経営トップの育成には、「上から教える目線」や、従来の「経営者育成論」は機能しないこと、それ以上に、候補者自身が「リーダーとして周囲から認められる存在になること」が、最優先事項だと考えるにいたりました。なぜなら、リーダーシップは、「自分がリーダーだ」と宣言すれば発揮できるものではなく、周囲から認められ、支持されて初めて、リーダーたりえるものだからです。
周囲から認められるためには、まず「自分は周囲からどう見えているか」をできるだけ正確に捉える必要があります。この「自己認識力」を高めることで、周囲に対してどう振舞うべきなのかを明らかにし、周囲との「関係構築力」の向上へとつなげていきます。
この社長は、候補者がこれらの能力開発を進めていけるように支援する覚悟を決めました。その後、候補者と一対一で対話するプロセスを通して、周囲からリーダーとしてどう見られているかという「現実」に、候補者自身が向き合うことから始めました。すると、候補者の自己認識は、周囲の認識と必ずしも一致しないことが判明したのです。
今や、後継者自身もこの自他認識のギャップを埋めることが「周囲から認められ、支持される」リーダーにむけたプロセスであることを理解し、周囲とのコミュニケーションの量や時間を意識するようになってきています。
コーチングでは、アセスメントやリサーチを通じて、周囲からどう見えているのか、理想の状態と現実の乖離はどの程度で、その原因は何なのか、というフィードバック・サイクルを回していきます。それに基づき、トップ同士が定期的に対話をしながら、後継者候補のリーダーとしての能力アップを図っていきます。
【執筆者】
竹内 健(たけうち・たけし) エグゼクティブ・コーチ(COACH A USA 取締役 CFO)
PricewaterhouseCoopers LLPにて異例の日米5都市を異動しつつ、公認会計士として日米欧の企業や経営者を20年近くサポート。その経験を通じ、ソリューションの提供だけでなく対話を通じた人や組織への投資があってはじめてクライアントのパフォーマンスが継続的に発揮されることを痛感。これまた異例の会計士からの転身をはかり現職。