嬉しかった娘の結婚、私のDUTYも遂に完了
(前回からの続き)
私がこんなにアバウトで、人から見たら「えー」って思うようなことでも気にならないのは、やっぱりうちの母のボトムラインが「生きていればそれだけで十分でしょ」だったおかげです。これが人間形成にものすごく影響したので、私も自分の娘にできるだけ、そういう自由な環境を与えて上げたいなあと思って育ててきて、その娘が去年結婚した時、これで私のDUTY(義務)も遂に完了かしらと思ったら本当に肩の荷が下りました。
結婚した相手のジョンは彼が19歳、娘のまりが20歳のときからのお付き合いで、3年間は一緒に暮らして、それから結婚しました。去年からうちのお隣で暮らしています。19歳の彼に初めて会った時から、この子は前世で私の息子か私の弟か、肉親だったんじゃないかな?と思うほど親しさを感じる相手だったので、若い二人だからどこまで続くか分からないわと思いつつも、翌年日本に招待しました。
横浜のみなとみらいの「ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル」で窓の外の港と観覧車を見ながら鉄板焼きを食べたあと、「こんな時が自分に来るなんて夢にも思わなかった。本当にどうもありがとうございます」と彼が言ってくれて、素直でなんていい子なんだろうと思って、それで帰ってから、「二人のリレーションシップと、私とあなたのリレーションシップは別。二人に何があっても、あなたは私の息子だわ」って言ったのです。きっとプレッシャーも感じているだろうし、「必要なときはいつも私に相談に来てね」と、それだけは言っておいてあげたかったのです。
「二人は喧嘩するの?」と聞いたことがあって、すると20そこそこなのに「喧嘩はしません。もし何か意見が合わないことがあっても、僕はまりが納得できるまで色々説明して、二人で納得できるポイントができるまで話し合うから僕たちは喧嘩しないです」って言ったのです。すぐにそんなにクリアに答えたので彼がいつもそう思ってることが分かりました。そういう考え方の彼氏を見つけて、本当に良かったなと思っていて。長い長いお付き合いの末、ゴールインした二人、本当に嬉しかったです。
(次回は10月第2週号掲載)
かわの・さおり 1982年に和包丁や食器などのキッチンウエアを取り扱う光琳を設立。2006年米国レストラン関連業界に貢献することを目的に五絆(ゴハン)財団を設立。07年3月国連でNation To Nation NetworkのLeadership Awardを受賞。米国に住む日本人を代表する事業家として活躍の場を広げている。
(2019年9月28日号掲載)