〈コラム〉人口移動の要因

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人手不足(3)

「HR人事マネジメント Q&A」第15回
HRMパートナーズ社 社長 上田 宗朗

前回=6月25日号掲載=は、ただいま起きている米国内地域別人口の変化について触れ、大都市圏では都心近くから郊外への人口移動が顕著になっていること、また州別でみると、カリフォルニア州・ニューヨーク州・イリノイ州が人口流出トップ3州であり、対する人口流入トップ3州がフロリダ州・テキサス州・アリゾナ州であることをお伝えしました。

ではそもそも、なぜ北部あるいは都市圏から人口が流出し、南部諸州への移入の傾向が見てとれるのか? もちろん気候や生活費が要因なのも大きく占めるでしょうが、この原因を私なりに考えると産業革命時代まで遡る必要があります。

ここアメリカでの18世紀の終わりから20世紀初頭の間に起こった産業革命の時代、その産業勃興期に時同じくして起こり始めたのが労働運動。一時期は世界恐慌時に雇用を安定させる手段として重宝されたりもするのですが、しかし同運動が全米に広がるに連れて労働組合が強い力を持ち始め、労働運動それ自体が過激なストライキを打ったり暴力的になったりと負の影響を与え出したことは皆さんもご存知の通りです。とにかく先鋭化するこの労働運動に向けて一部諸州ではRight to work法を策定し対抗し始めたのですが、この同法が人口移動の要因の一つであると私は捉えています。

Right to work法は日本語では「労働権法」とも「働く権利法」とも訳せますが、現時点ではおよそ28州で可決されています。同法を一括りに説明すれば「労働組合に強制加入させられずに働く(労働者の)権利」です。

早くから工業が発展し、古くから自動車製造工場などの産業が多かった北部地域が同法を施行し始めたのは、例えばミシガン州は2012年、インディアナ州やウィスコンシン州が15年、ケンタッキー州が17年と割と最近になってからであり、冒頭で取り上げた人口流出トップ3州であるニューヨーク州、イリノイ州、カリフォルニア州のほか、ニュージャージー州、ペンシルベニア州、オハイオ州、コロラド州、オレゴン州、ワシントン州などでは今以て施行されていません。対する南部諸州では、人口流入トップ3州のフロリダ州とアリゾナ州が1944年に施行、テキサス州が93年、その他にテネシー州・アーカンソー州・ジョージア州が47年、アラバマ州が53年、ミシシッピー州が54年と、テキサス州を抜かせば凡そ半世紀前には既に可決し施行されています。

比較的最近になって同法を施行し始めた北部諸州ですが、企業誘致を考えれば当然ながら出遅れた感があり、対する南部諸州ではかなり以前に同法を施行していることから、組合活動は振るわず、労働運動そのものも起こりづらく、また割高な賃金を払う必要もない。このようなことから製造業が多く進出しまた引き続きそのような風土ゆえに、特別な事情がない限りはいずれの企業も今後の工場の立地先として先ずは南部地域を候補に挙げるであろうことは明らかです。

このような労使の歴史ならびに南部諸州が今以て緩い労働・雇用関連法であることから、サプライヤー企業も周辺地域に入り、多くの雇用が生まれる体制になっていくのと相まって人々は自ずと南を目指すのではないかと考えます。

(次回は8月27日号掲載)

上田 宗朗

〈執筆者プロフィル〉うえだ・むねろう 富山県出身で拓殖大学政経学部卒。1988年に渡米後、すぐに人事業界に身を置き、99年初めより同社に在籍。これまで、米国ならびに日本の各地の商工会等で講演やセミナーを数多く行いつつ、米国中の日系企業に対しても人事・労務に絡んだ各種トレーニングの講師を務める。また各地の日系媒体にも記事を多く執筆する米国人事労務管理のエキスパート。

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