〈コラム〉身上調査における「危うい無知」(1)

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人手不足(6)

「HR人事マネジメント Q&A」第18回
HRMパートナーズ社 社長 上田 宗朗

前回=9月24日号掲載=の記事にて、現在のような人手不足が常態化した時期にあるならば、見つかった候補者が自社のオファー額よりかなり高値であっても端(はな)から対象外とせず有力候補者として採用検討することが肝要。反面、当人の職務遂行能力が会社の期待値を下回っていた場合は採用して間もない時期であろうと早々に見切りをつけ解雇を決意するとの即時即断型に転換していくべきである、と説きました。

背景には、依然として全米失業率3.5%/9月との完全雇用(就労を望む失業者数0)で売り手市場の状態であることに加え、候補者に対して2次・3次面接を促したり条件交渉している間に他社に決まってしまう…とりわけオンライン面接で日に数度も面接を受けられる昨今は候補者も時間も待ってはくれない…との一刻を争う事情も絡んできます。

続けて、「採用即解雇」を実践すれば米国でならば「遣り手」と映るも日本の親会社からは候補者の適性を見抜けない「ダメ駐在員」のレッテルを貼られる恐れもあるため、親会社に対しては日頃から陰に陽に米国の現状を知らしめておかねばならない、とも説きました。

そんな中、自社の求人広告に応募があれば歓喜し、一定の警戒はするものの他社に先んじるべく候補者が用意した履歴書の情報と(オンライン)面接での印象を主軸に採用を急いてしまいがちです。今の状況では致し方ない面もありますが、そこで即時即断型にて採用促進を推し進めるあまり、逆に「雇用」において重大な結果をもたらしかねない「危うい無知」について取り上げたいと思います。

皆さんもご存知の「バックグラウンドチェック(身上調査)」は30年程前から広がってきたのですが、予めバックグラウンドを調べたならば決して採用しなかったであろう候補者の身元を調査せずに採用した結果、以前と同様の問題を起こし周囲が被害に遭うことで会社側に対し「Negligent Hiring」を理由に被害者側からの訴訟が増えたことが普遍化した発端でした。

和訳すれば「怠慢なる雇用」とも「過失採用」ともなりますが、要は、(1)薬物を摂取し問題行動歴のあった者を雇い職場で事故を起こした(2)飲酒運転やスピード超過歴のある者を雇い配送時に事故を起こした(3)かつて詐欺行為を働いた者が会社のお金を横領した─等が顕著ゆえ、「一定の警戒」を怠らぬよう今ではバックグランドチェックは採用手順に不可欠となりました。(現在、犯罪歴調査実施には制約あり)

更にそこに以って、1995年にオクラホマシティー連邦政府ビル爆破テロ事件、次いで2001年に同時多発テロが起きたことにより、規模の大小を問わず多くの会社や組織が同調査を実施するようになったのが今日迄の経緯となりますが、とりわけ前者は当初、外国のテロ勢力の仕業だと推測されていたのが実際は元は優秀な陸軍兵士の犯行であったこと(後に民兵組織ミリシアに属していたことが判明)から、米国全体が「実は同僚のプライベートを何も知らない」と省みるようになったことで導入に一段と拍車がかかることになりました。(このあと一部業種や政府系機関では義務化に至った)

この不可欠な身上調査にこそ危うさがあるのですが、それについては次回に解説します。

(次回は11月26日号掲載)

上田 宗朗

〈執筆者プロフィル〉うえだ・むねろう  富山県出身で拓殖大学政経学部卒。1988年に渡米後、すぐに人事業界に身を置き、99年初めより同社に在籍。これまで、米国ならびに日本の各地の商工会等で講演やセミナーを数多く行いつつ、米国中の日系企業に対しても人事・労務に絡んだ各種トレーニングの講師を務める。また各地の日系媒体にも記事を多く執筆する米国人事労務管理のエキスパート。

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