〈コラム〉悪の力に打ち克つ強さを

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第162回

パリ五輪の開会式では、異様な光景が見られた。

ステージで、首を切断されたまま歌う者、最後の晩餐を嘲笑するドラァグクイーン(誇張した女らしさや性表現(女装)でパフォーマンスを行う人物)、あるいは挑発的に踊るひげを生やした「女性」。さらにそこには古代中東の神バアルあるいはモレク(モロク)への崇拝を祝う場面も──。

異様な出し物に驚いた友人が知らせてきたので、録画された映像を見て驚いた。ヨーロッパはいまや悪魔に身を売ろうとしているのではないか、と。

数年前から筆者は「悪の力」について、書いたり話したりしてきた。キリスト教社会では、救世主に対抗する悪魔は実在すると信じられている。バチカンでは悪魔払いの資格を持つ者(エクソシスト)が増えているとも聞く。

唯一神Godに対しては、かならずアンチ・キリストの悪魔(サタン)が現れる。ナザレのイエスはサタンの誘惑に打ち克って、新しい福音を伝えたという。

東洋の教え、たとえば仏教では、悪魔は人々の心のなかに住むという。その一方で出家したゴータマ・シッダールタは悪魔と厳しく対峙して悟りを得たと、古い仏典は伝えている。悪魔の存在を疑う宗教はないであろう。

その悪魔について色々と調べていて、「悪の力」の本質や正体とは何かがわかるようになった。ひと言でそれは「分断─対立─破壊」である。

人間集団は調和や統一を必要とする。まとまっていた集団を二つに分断すれば、両者は対立し、それが激化すれば集団は破壊に至らざるをえない。そう導く力が世の中には存在する。人の心も同様で、欲望によって心の統一が失われれば、対立葛藤が激しくなり、やがて心は破滅してしまう。

世界を見渡すと、欧米諸国では「悪の力」が猖獗しているように思えてならない。アメリカの政治的分断は絶望的に深く、もはやドリームは消え、自由を謳歌できる国ですらなくなった。フランスでもイギリスでも極右とか極左と呼ばれる対立勢力がそれぞれに力を得て、混乱が広がっている。資本主義の名のもとに、強欲な株主たちが支配する世界経済にも、「悪の力」が顕現している。

近代オリンピックはフランスの教育者ピエール・ド・クーベルタン(1863〜1937)の提案にもとづき、1894年6月に誕生したという。その精神は「スポーツを通して心身を向上させ、さまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること」とされる。

だれもが共感するその精神とは裏腹に、世界は悪魔に魅入られたかのごとく、破滅の道を突き進んでいるのではないか。

これから何をどうしたらよいのか、具体的なことはわからない。しかしまずは、相手の正体をしかと見極めることから始めたい。甘い心に悪魔はつけ込んでくる。日常生活でも気を引き締めて、「悪の力」に対抗できる強さを身につけていきたい。

(次回は10月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。最新刊『朗らかに生きる』(倫理研究所刊)。

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