倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第163回
去る8月末に、マヤ人の子孫を含む4人のメキシコ人を招き、富士山麓で3日ほど共に過ごした。ある1人のプレゼンテーションの中に、「われわれはトウモロコシの民」「トウモロコシの元は宇宙から来た」とあったので驚いた。興味を抱いて植物の本をいくつか見たが、この植物は謎に満ちていて、大変に面白い。
たとえば日本人が常食しているイネには野生のイネが、コムギにも元になった類似の先祖種がある。ところがトウモロコシは、中米が原産の作物だが、その祖先種が何なのか皆目わからない。
一般的に植物は、1つの花の中に雄しべと雌しべがある(両性花)。イネ科植物の多くもそうだが、イネ科に分類されていながら、トウモロコシは茎の先端に雄花が咲き、茎の中ほどに雌花ができる。皮を剥くと出てくるあの大量の長い糸(絹糸)が雌しべで、それを使って花粉をキャッチする。やがて1本1本の絹糸の元の部分が実に育ち、それをわれわれは食べている。
植物はみな子孫を残すために種子を散布し、そのためにいろいろ工夫している。タンポポのように綿毛で種子を飛ばしたり、オナモミやメナモミのように動物の体に種子を付着させたり…。ところがトウモロコシは、散布しなければならない種子を皮で包んでいるので、それでは種子を落とせない。ならば子孫を残せないのだが、それは人間がやってくれる。そもそも作物として食べられるために作られたかのような植物がトウモロコシなのだ。まるで家畜のようではないか。
さらにトウモロコシは、種まきをしてから収穫まで約10月10日かかり、人間の出産とよく似ている、とメキシコ人の1人が言っていた。
マヤ文明の伝説によると、人間はトウモロコシから作られた。神々がトウモロコシを練って人間を創造したのだという。人種により肌の色は多様だが、トウモロコシも黄色や白だけでなく、黒や小豆色や紫色のものがあるのも面白い。
コロンブスの航海以後にトウモロコシはヨーロッパに持ち込まれたけれども、自然の理に反する奇妙な穀物と思われたのか、受け入れられなかった。日本にはポルトガル船によって16世紀後半に伝えられ、水田を拓けない山間地で食糧として栽培されていく。モチモチしたそれを、新しいもの好きな織田信長は愛好したという。
ともかく現在、世界で最も多く作られている農作物がトウモロコシなのだ。とくに家畜の飼料として大規模生産されている。平素はあまり食べない人も、肉類を食べたり牛乳を飲むことで、間接的にトウモロコシを食べていることになる。さらには様々な加工食品や工業品の原料としても多用され、かまぼこやビールにまでトウモロコシは入っているという。
一説によると、現代人の体のおよそ半分は、トウモロコシから作られている。だとしたら、「神がトウモロコシから人を作った」というマヤの伝説と、少しも変わらないように思えてくるではないか。
(次回は11月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。最新刊『朗らかに生きる』(倫理研究所刊)。