倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第166回
経営でも学問でも、どんなジャンルにおいても、成功への王道は、成功するまでやりつづけることである。
なぁんだ当然じゃないか、と嗤(わら)うなかれ。多くの人は知ってか知らずか、この王道を踏み外している。
何をどうするかは、必要に応じて選択したらいい。変えることなく持ち続けたいのは、その志である
筆者には40年来、身近で親しんできた老先生がいる。江戸っ子のその人は、子供の頃に東京大空襲で生死の境をさまよった。詩人の素養を有し、仏文学を学んで大学院を出たあと、フランス政府給費留学生としてパリに赴き、そのまま11年も滞在。行動する作家で文化担当大臣のアンドレ・マルローと交わり、その研究者と知られ、言論人としても活躍する。日本アジアユネスコ事務局長をへて帰国してからは、筑波大学の教授になられた。
その頃に筆者は知り合った。竹本忠雄というその教授は、一貫して成し遂げたい志を有しておられた。それは、青年期からのスピリチュアルな体験の、その不思議の意味を尋ねつつ、一つの霊性文明論を書き上げるという試みである。2021年秋、ついにそのライフワークは『未知よりの薔薇』全8巻として世に出た。
それまでの長い間に、いくつもの仕事をこなされた。アンドレ・マルローとの貴重な対話集を出したり、日仏の架け橋となる画期的な国際シンポジウムを企画実現させたり、美智子皇后陛下(当時)の和歌を仏訳して出版したり…。憂国の情やみがたく、どれほど多くの警世の文章を綴り、内外に発信されたことか。筆者の属する倫理研究所の客員教授、研究顧問に就任いただいてからも久しくなる。
ライフワーク完成のあとも、竹本翁の創作意欲は衰えなかった。現在92歳の老翁の『フランス詩華集』はまもなく3月に発刊される。それに合わせたかのように「ルネサンスフランセーズ大賞」が同月にフランス大使館で授与される報が届いた。立志の実現に挑みつづけてこられた老翁は、まぎれもない人生の成功者といえよう。
粘り強い意志は、病気をも克服できる。食生活にまったく気遣うことなく、運動もほとんどしないのに、翁の心身の健康は維持されてきた。しかしさすがにライフワークの完成が近くなってから、前立腺ガンに冒された。しかし強い抗ガン剤を使わなかったのは、それによって書く体力が低下するのを怖れたからだ。結局、ホルモン療法だけであっさり治ってしまった。
自宅で転倒して、肋骨が何本か折れても、病院のベッドで執筆をつづけた。心筋梗塞を発症して緊急搬送され、ペースメーカーを埋め込んでも、病室を書斎にされていた。「やることがあるうちは、命は与えてもらえるのだよ」とは、翁から頂戴した箴言の一つである。
世の中の色々な領域で、志に生き、成功を手にした先師たちは大勢いる。要は、小事にとらわれず、粘り強く進むしかないようだ。あとは天の導きに委ねたらいい。
今年こそ、成功への王道を堂々と歩んでいきたい。
(次回は2月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。最新刊『朗らかに生きる』(倫理研究所刊)。